「こうして、ここもこうすれば、うふふ」
――あん?
そう言えば、力が抜けたんだっけ。
――その先が思い出せない。
「次はこっち。こうして、こんな感じかな。うふふ」
まだ全身が麻痺している。
しびれの酷いやつって感じ。
これって、美咲に何かを飲まされたってことだよな。
それしか無いか。
美咲……。
まさかこういうことをする子だとは思わなかった。
それにしても、意識が戻ってきているのに身体は痺れたままとは。
動けないし声も出せないんじゃどうにも詰んでるな。
「これでサダメちゃんが起きても大丈夫。うふふ」
へ?
何かをされたのは分かるけれど、目も開かないからさっぱりわからない。
「素敵。はぁ、いつまでも見ていたい……」
うー、どういう状況なんだろ。
段々怖くなってきちゃったよ。
感覚無し、声が出せない、目が見えない……。
これで耳が聞こえて意識があるってのは怖すぎるよ。
「キスもゆっくり出来た。はぁ、幸せ」
キスしていたのか。
おいおい。
ほんとに感覚が無いんだが。
これから何をされるのか考えたくないな。
いっそ意識が無い方が良かった……。
なんで耳まで聞こえるんだ。
それなら少しは身体が動いてくれてもいいじゃないか。
「サダメちゃん、そろそろ聞こえているのかな」
なんだって!?
この感覚は意図的にされたことなのか。
一体どうやって……。
「考えても答えは出ないでしょうから気にしないの」
全てお見通し?
「あなたは私のモノなの。何も考えないで」
そう言われてもさ。
恐怖心があるんじゃ考えないわけにはいかないぞ。
「今はね、頭を撫でているだけよ。怖くない、怖くない……」
いや、怖いから。
めっちゃ怖いから!
「サダメ?」
咲乃の声だ。
様子を見に来たのか。
「あれ? サダメ~。美咲~」
美咲はなんで返事をしないんだ?
ああもう。
朝起きた時の弟妹にしがみ付かれているのとは大違い。
自分から何もできないのは辛すぎるよ。
こんなことしなくても美咲になら……。
「ねえ、二人共いるよね? 大丈夫?」
「どうしたの咲乃ちゃん」
「あ、カルラちゃん。二人共何の反応もないんだ」
「お取込み中だったとか?」
「物音一つしないんだよ」
オレは動けないから音も出せないけど、美咲はどうしたんだ?
オレに話しかけていたのに……。
「ボク、嫌な予感がする……」
「どういうこと?」
「もしかして、美咲が飲み物を持って行った?」
やっぱり飲まされたのか。
咲乃が気づくってことは初めてじゃないってこと!?
「うん、サダメに飲み物持って行くって」
「何を持って行った?」
「何って、ココアとミルク」
「あ! そっか……」
何か混ぜたことの確認にしてはおかしい。
だって飲み物の種類って関係無いだろ。
「まずいなぁ、サダメが無事ならいいんだけど、物音無いし」
「まずい状況なの!? 中に入ろうよ」
カルラが開けようとしているけど、鍵を掛けていたみたいだな。
オレを閉じ込める気満々だったのか。
「鍵掛かっている?」
「大丈夫。これで開けられるから」
「ヘアピン!? まるでスパイね」
「そんなことないわ。家の中の鍵って、キーが無くても開けられるから」
そうだった。
ウチのドアは全部中から鍵が掛けられるけど、外側は浅い鍵溝がある。
確かにヘアピンがあれば開けられる。
「サダメ? 美咲ちゃん? ええ!?」
ええ!? ってなんだよ。
もっと怖くなっちまうだろうが。
「ああんもう! サダメごめん! すぐ外すから」
外す!?
固定されていたのか。
そこまでされなくても動けなかったけどな。
どうやらオレはベッドの四つ角にガムテープで手足を固定されていたらしい。
美咲はミルクを飲むと独占欲が覚醒するんだとか。
なんだよそれ。
オレと二人きりになることで緊張が限界を超えた。
それを誤魔化そうとお酒のような気分でミルクを飲んだと。
それが逆効果になったようだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「わかった、わかったから。悪気は無かったわけだしさ」
「でも、でも!」
「初めて会った時から物凄く緊張する子だってのは知っているから」
「はあ。また兄ちゃんの異常な優しさが出てる……」
「ツィスカ、そこが好きなんでしょ?」
「カルラもじゃん」
「わたしは全部好きだから。サダメのために産まれたんだもの」
「はいはい。それにしても美咲ちゃんにそんな技があったなんてね」
技ってなんだよ。
確かに全く歯が立たなかったけどさ。
戦うつもりはなかったぞ。
「サダメ、美咲を嫌いにならないでね」
「大丈夫だって。理由が分かれば問題ない。そりゃ怖かったのは確かだけど」
「今日の夜は精一杯お相手させていただきます!」
「あの、程々でいいから。ほどほどで」
「はい! 精一杯尽くします!」
だめだ。
聞いてくれない……。
「しょうがないわね。ドアの前で寝るから、何かあったら呼んでよね、兄ちゃん」
「お前、いや、お前らどうせ全員ドアの前で様子を伺うつもりだろ」
「当然よ。見張りは大事」
カルラの発言にツィスカと咲乃が大きく頷いている。
なんだこいつら。
だったらみんなで寝ればいいのに。
「美咲ちゃん、やらかしちゃったね」
「タケル君、やっちゃった」
タケルは美咲がこうなる性質を知っていたってことか。
あいつ。
話した時に言えよな!
オレが恐怖体験をしただけの一日だった。
酷いよ……。