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第A−6話 少女からの猛攻撃

「本当に、本当にごめんなさい!」


 我に返った裸体の少女が、近くにあった青いバスタオルで体を隠し、ぺこぺこと龍牙りゅうがに謝っている。


「ごめんですんだら、閻魔えんま大王はいらん!」


 プンプンという擬音を発して腕を組み、床にあぐらをかき、大人げなく腹を立てている龍牙。 

 でも、明らかに彼が悪いのだが……。


「……分かりました。私、観念して罪滅ぼしとして、舌を噛みきります!」

「ちょっと待てぇー、それはマジで死ぬぞ!?」


 追い詰められた少女の予期しない行動に、肖像画の角アタックで髪の毛がぼろ雑巾と化した龍牙が青ざめて止めに入る。


「分かりました。私は、まだ生きていても良いのですね」

「当たり前だ!」


 目にうるうると涙を浮かべ、天を仰ぐかのように両手をあげて、はりつけにされたキリストのような行為をする少女。


 それを見て、ほっと息をつく龍牙。


 流石さすがに舌を噛まれたら、重大問題である。

 別に婚約もしてないのに、夫婦漫才な展開でもあった。


「……それよりも、見ていて恥ずかしいから、これ着てろよ」


 龍牙が着ていた作業服の上着を脱ぎ、そっとバスタオル姿の少女の肩に被せる。


「あっ、ありがとうございます。

……でも、汗臭いです……」


 少女が、龍牙から後ろを向き、そのサイズの大きな服を着るが、小さな可愛らしい鼻をつまんで、露骨ろこつに嫌そうな表情をした。


「贅沢を言うな。いくら夏とはいえ、風邪でもひかれたら困るからな。

今から俺の部屋から俺の着替えで良かったら持ってくるからさ。

それまで、この服で我慢してろ」


 そう言って、健全な賢者タイム対応な行動をした龍牙は小さな女体から離れて、いそいそと部屋の出入り口へと向かう。


「あなたはお優しいのですね」

「女性には優しくしろと死んだ両親に教わったからな」

「……あっ、ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまいましたね」


 龍牙が扉の前で立ち止まり、少女の方へくるりと振り向く。


「大丈夫。そんなに謝らなくていいさ。

それより俺はあなたじゃない。

名前は龍牙だ。

君の名前は?」

「えっ、

私の名前ですか?

……えっと、思い出せません……?」


 少女がうーんと腕組みをしながら悩んでいる。


 龍牙による体をまさぐられたショックが大きすぎ、一時的なパニックによる記憶喪失か、または記憶障害だろうか……。


「分かった。

じゃあ、記憶が戻るまでユミでいいか」

「……えっ、ユミですか?」

「ああ、俺の元カノの名前だけどな」


 そう言うと、今度はユミに振り向かず、勢いよくドアを開けて、渡り廊下へと滑り込んでいく龍牙。


 気のせいか……龍牙の逞しい大きな後ろ姿が、もの悲しい雰囲気にも見えた。


(龍牙さん……)


 自分の体の安否を再度確認しながら、ユミは地べたで体操座りのまま、両ひざへと顔を沈める。


(明るくて優しい人だけど、あんな寂しい顔もするんだ……)


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