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 次の日も深たちは同じように午前中のメニューをこなした。

 午後になって全員が再び地下の訓練場に集まり、少し遅れて長谷川も姿を現した。


「はい、じゃあ今日もやるわよ!」


 心なしかやる気の感じられる長谷川の声。その原因が深によるものだと気づいた一同であったが、周りの人物がふと深の方を見ると、当の本人は後ろの方で子供のように木刀を振っていた。


「あと、深君」

「はい?」

「今日はあなたもいっしょにやりなさい」

「あ、はい……えっ?」

「だから、今日はあなたもみんなに混ざって。私にかかってきなさい!」


 そして深は困惑する。周りのメンバーが(あぁ、そういうことね。長谷川さん……だからあんなに機嫌よさそうに……)といったことを考えていたが、深にとっては降って湧いたような話であった。

 深は周りを見渡しながら不安そうに言い返す。


「わかりました。でも……大丈夫っすかね? 俺……みんなの邪魔にならないっすかね」

「ふふ。大丈夫よ。あなたの思う通りにやりなさい」

「はぁ」


 深は納得できないような表情を浮かべたが、長谷川はそれを意に介さず、周りにいるメンバーに大きな声で言った。


「というわけで、今日からこの子も入るから。みんなしっかりフォローしてあげてね」


 しかし、長谷川はわかっていた。フォローする側はむしろ深であることに……

 そしてもちろん、他のメンバーも似たような予想を頭に浮かべつつ、長谷川に対する敵対心と深に対する対抗心を混ぜた鋭い目つきに変わる。

 その後、全員が長谷川を取り囲むように配置し、それぞれの武器を慣れた様子で構え始めた。


「じゃあ、始めるわね!」


 嬉しそうな長谷川の掛け声とともに全員が臨戦態勢に入る。次の瞬間、とてつもない量の霊粒子が訓練場を埋め尽くし、激しく飛び交う霊粒子の真ん中に初めて立った深は周りのメンバーが放つ霊粒子の迫力に気おされていた。


(すげぇ……ちょっと後ろで様子を見よう……)


 霊粒子の攻撃性に対する耐性がついたとはいえ、この状況はさすがに少し怖い。

 そう思った瞬間、背後からものすごいスピードで近づいてくる霊粒子の存在に気づき、深はあわてて体を横にひねる。深の脇を通ったその物体は長谷川に襲いかかった後、きれいに弾かれて飛んでいった。

 その物体が壁に刺さったのを確認し、それが春の放った矢ということに気付いた深は後ろを振り返る。メンバーの最後方に移動していた春が笑いながら話しかけてきた。


「大丈夫よ。深君に当てはしないわ。それより気合入れてきましょ!」


(いやッ! 狙った狙った! 避けなかったら当たってたからッ!!)


 しかし、委縮中の空は余計な反論など出来ずに小さくうなづく。


「うぃっす」


(なんか……後ろでこそこそ見ようと思ってたの、春さんにバレたのか…?)


 もちろんただの偶然であるが、深は後ろに隠れてしばらく観察していようとしていたのをやめ、前を向いて木刀を構えることにした。


(ふーう……ふーう……)


 そして緊張を解きほぐすための深呼吸。

 深が再び長谷川に意識を戻す頃には、長谷川は3人に囲まれての激しい攻撃を受けていた。その中には、瞬もいるようである。

 深にとってはかろうじて見える3人の攻撃であるが、それらを受けている長谷川は冷静に、そして完璧に攻撃を処理していた。

 しばらくした後、瞬を含めた3人が長谷川からの反撃を受け、それぞれが後方に5メートルほど吹き飛ばされる。


 と同時に長谷川に駆け寄る人物がまた1人。礼子が右手に持った大きな武器を大きく振りかぶり、そのわずかな間に、春とは別のメンバーが矢を放った。

 長谷川はその矢をはじきつつ、礼子の攻撃を大きく回避する。


「あいかわず……なんて破壊力だよ……」


 礼子の武器が地面に衝突し、直径3メートルにも届きそうなクレーターが出来上がる。その感想を深が小さくつぶやく頃には土埃が激しく飛び散り、深の顔にも勢いよく降り注いだ。


(あれ……人間が受けたらどうなるんだろ?)


 礼子の攻撃に対して長谷川が大きく距離を置いた理由に納得の表情を浮かべるが、各メンバーによる波状攻撃に圧倒されていたため、深は無意識に構えを緩める。

 しかし次の瞬間、長谷川の背中が深の視界の真ん中にあることに気づく。礼子の攻撃を回避した長谷川は2、3度の移動を経て、深の正面に移動していた。


「しゃあ!」


 深が大きく叫んで飛びかかる。


 がんっ!


 そして両手にしっかりと握って振り下ろした深の木刀は、片手で木刀を操る長谷川に簡単に弾かれた。と同時に弾かれた深の木刀から昨日より数段上の威力を感じ取る。


(くそっ! 昨日のもまだまだ全力じゃ……)


 明らかに今まで感じたことのない長谷川の強さ。今は相手が多いので力加減を調整する余裕がないとも考えられるが、どちらにせよ深と1対1で戦っている時よりも上の強さを持っているということである。


「深君? 本気でいいわよ!」


 他のメンバーと戦闘をしながら、長谷川が深に向かって叫んできた。


(本気? 俺の本気? どうやって?)


 今はまだ頭が重くなってきてはいない。そして木刀も何も主張していない。

 深自身は実感していないが、周りのメンバーが言うには、深はそれらの現象が起きてから新人離れした動きを見せるとのこと。

 つまりたった今長谷川に向けて放った一撃は、常人のレベルを超えないものであり、長谷川が求める深の『本気』とは、不可解な現象が起きている時の深のことである。


 長谷川の木刀により体ごと後ろに押し返されていた深は体勢を整えながら長谷川の言葉を聞き、武器を構え直して動きを止める。少しの間、昨夜長谷川の部屋で話し合ったことを思い出すことにした。


(そう……頭に霊粒子を集中させる……)


 とりあえず瞳を閉じ、体の中の自分の霊粒子を感じ取る。


(いや、俺……自分の霊粒子とか感じたことねーし……まぁいいや。なんとなく……)


 心の中で自分にツッコミを入れつつも、感覚的に霊粒子を頭に送るイメージ。深の頭が変な違和感に包まれ始めた。


(きたッ! よしッ!)


 深は目を開き、長谷川に向かって走り出した。




「来たわね」


 そして対する長谷川は礼子の2度目の攻撃を避けながら、駆け寄ってくる深の姿を視界の隅に確認した。

 先ほどの深の一撃は大したことがなかったが、しかし次は違う。深の頭から霊粒子が放出されているのを確認し、深の攻撃に備えた。

 次の瞬間、深が長谷川に切りかかる。それらを綺麗にさばきながら、長谷川は深の観察を始めた。

 と同時に周りに援護を求める深の視線に気づく。


 (だれか……援護……)と言った感じの視線。


 しかし、この2人がやりあうとあまりの速さにつけいる隙がなく、周りの新人から見ると2人の間合いに入り込むだけでどちらかの攻撃を受けてしまうほどの激しい斬撃応酬であった。

 もちろん、多くの人間は手を出せずにただ構えるのみであるが、そんな中、長谷川は新たな人物に警戒を向ける。

 その相手は1度長谷川に挑んだ後に後ろに下がり、静かに隙をうかがっていた瞬である。

 深と同じくスピードを得意とするため、他のメンバーが足を止めているこのタイミングで動き出す可能性が高かった。

 案の定、長谷川が背を向けた瞬間を狙って、瞬が攻撃を仕掛けてきた。


(この2人を同時に相手するのは……ちょっとまずいわね……)


 長谷川が背後から攻撃してくる瞬に気づき、深の攻撃の合間を縫って瞬に仕掛けた。

 しかし徐々に速度の上がる深の動きがそれを阻み、長谷川は挟み撃ちを警戒して後方に10メートルほど移動する。

 とはいえ深と瞬の追撃は停まることがない。後方に跳躍した長谷川が地面に着地するのを待たず、それぞれが距離を詰めてきた。


(やっぱり……深君が入るとやっかいだわ。どうしたものかしらね)


 その後も続く深と瞬の猛攻をさばきながら長谷川は考える。


(そろそろ、本気で行こうかしらね!)


 その瞬間、驚いた顔をしながら深が後ろに離れた。


(あら、勘のいい子ねぇ)




(やばい!)


 一瞬、長谷川から刺すような霊粒子を感じ取り、深は慌てて後ろに跳躍した。


(なんだ?)


 他の新人に比べ、長谷川は最初からずっと刺すような鋭い霊粒子を放っていた。しかし、それとは全然種類の違う今の気配は、殺気ともとれるものである。


「瞬さんっ! あぶな……」


 深があわてて叫んだが、時すでに遅し。

 長谷川の攻撃を受けた瞬が後方に弾き飛ばされ、受け身もとれずに地面に打ちつけられる。

 瞬のもとに即座に移動し、せき込む瞬を起き上げながら話しかける。


「大丈夫っすか?」

「げほっ…… かはっ…… だ……大丈夫……」


 瞬の無事を確認し、深は長谷川に視線を戻した。


(これがこの人の本気だ……ついに見せた……)


 そんな深の想像に答えるように、長谷川が離れたところから深に話しかけてきた。


「わたしもね、負けず嫌いなのよ!」


(上等だ……)


 深が闘争心をむき出して長谷川に飛びかかる。


「うらぁ!」


 その叫びを聞き、瞬が吹き飛ぶ姿を見ながらあっけにとられていた他のメンバーが我に返る。

 そして全員が気づく。長谷川がついに本気になったことを……。

 いや、深が加わったことで、本気にならざるを得なくなった。

 全ての原因は深。


(負けてられない……)


 各々が構えを引き締め直す。先頭を切る深の攻撃を追うように全員が後に続いた。




 それからおよそ1時間。戦いは激しさを維持していた。

 深は他のメンバーの動きを背中で感じながら、時には同時に、時には誰かをサポートしながら攻撃を仕掛ける。

 深自身は他のメンバーが攻撃を行っている場合――つまり、長谷川の周りに深が入るスペースがない時に数秒の休憩が得られ、この点は1対1よりいくらか楽であった。

 逆に長谷川はいつもより激しく呼吸を乱し、苦戦を強いられていた。


 その原因も深である。

 彼自身の戦闘能力に加え、深は周りの動きに合わせて絶妙なタイミングで攻撃を重ねてきていた。


(いえ、むしろ他の子が彼に上手に誘導されながら攻撃をしているようにも見える。

 全ては昨日彼が言っていた能力。背後の味方の動きも詳細に把握できるから、ある意味この訓練を上から全て見渡せるようなもの。

 そのせいで、まるで深君がオーケストラの指揮者のように……)


 我ながらいい例えだ。とか思いつつ長谷川は時計を見ると、まだ1時間しかたっていない。


(本当につらいわね。これはもってあと1時間ぐらいかしら。その前にこの子たち全滅させてあげなきゃね)


 物騒なことを考え始める長谷川であったが、表情もそれに似合った不敵な笑いを浮かべ、長谷川は全員をつぶしにかかることにした。


 そして先ずは一番厄介な存在。

 長谷川は深に狙いを定め、たまたま木刀を突いてきた深の胴体に渾身の1発をお見舞いする。



 そして、その1発をなんとか避けつつ、しかしながらまたまた膨れ上がった長谷川の威圧感に押されるように後方に逃げた深は、1度20メートルほど離れた訓練室の壁を経由し、緩やかな動きで地面に着地した。

 もちろん無我夢中だったので、自分が20メートルの大ジャンプをしたことなどどうでもいい。


(くっそう)


 問題は今の攻撃が今日の長谷川の中でも最も鋭い斬撃だったこと。

 どうやら長谷川にとっても今の一撃が避けられるとは思っていなかったらしく、驚き半分、悔しさ半分の表情でこちらを見ているが、深はその視線を無視し、きょろきょろと周りの味方を見渡す。

 その時、たまたま後ろに立っていた春と目が合った。


「春さん。ちょっと……」


 深は長谷川の位置を確認しながら春に近寄る。長谷川は復活した瞬を含めた数人の相手をしているため、こちらに移動してくる様子もない。


「どうしたの? 怪我?」


 汗まみれの顔で春が聞いてくるが、深はにやりと笑う。


「いえ、ちょっと作戦が……」

「なに? なに? 聞かせてみて!」


 もちろん春も深の思惑に気づき、悪い顔を浮かべる。

 長谷川の方に視線と構えを向けながら、深が小声で言った。


「俺、後ろからの攻撃も感じることが出来るんで。春さん、長谷川さんとの間に俺がいたら普通に矢撃ってください。俺のこと気にしないで。

 ぎりぎりでかわしますんで。カモフラージュとかになりそうじゃないですか? 長谷川さんびっくりさせましょ」

「おもしろそうだけど……ほんとにいいのね? 背中に当たっても知らないわよ」

「大丈夫っす。怪我したらまた看病してくださいね。じゃ……」


 そして深は礼子の元へ向かう。



 一方、離れたところで攻撃のチャンスを見計らっていた礼子は、ふいに深に話しかけられ、少し驚いた。


「礼子ちゃん礼子ちゃん」

「ざろゃっ?!」


 いや、どうやらかなり驚いたらしく、日本語とは思えない言葉を返してきたが、それもそれで見事に礼子っぽいので深は余計なリアクションはせず、すぐに本題に入る。


「ちょっといい? まだ動けそう?」

「はい。まだなんとかぁ。今日はなんだか疲れるの早いですけどねぇ」

「あのさ、俺と瞬さんで挟み撃ちするからさ。その隙狙ってもらえるかな」

「はいぃ。いいですけどぅ。そんなの何回もしてますよぅ? 長谷川さんには通用しないんじゃ?」


 そう言って礼子は不思議そうな顔で首をかしげる。

 しかし、深は笑みを浮かべた。


「攻撃のタイミングは春さんが矢を放った後ね。思いっきりね」

「はいぃ。わかりましたぁ」


 その後、深はすぐに礼子から離れて行った。




 そして長谷川は気づく。

 深が攻撃に参加してこない。それどころか深は春と何かを話し、その後、礼子のところに移動していた。


(何か仕掛ける気かしら。おもしろそうね。なんでもきなさい)


 長谷川はにやりと笑いながら瞬の攻撃をかわす。

 次の瞬間、長谷川は背後から迫りくる気配を感じ取る。首を少しだけ回し、その気配を視界に入れてみると、深が回り込んで接近していた。


(早速来たわね)


 深が攻撃を仕掛け、それを予想していた長谷川が即座に反応する。体を反転し、瞬に向けて放った一振りの流れで深の攻撃を防御した。

 しかし、次の瞬間に長谷川の右側にいた瞬が長谷川の背後に移動した。

 長谷川から見て、常に深と反対側。どちらかが長谷川の背後を取り、180度の角度を維持しながら2人で同時に攻撃をする。

 前もって言い合わせたことではないと思われるが、訓練の途中から2人はこのような動きを始めていた。

 もちろん最初はぎこちないコンビネーションであるが、2人の動きは徐々にシンクロを始める。

 しかしそんな2人のコンビネーションをわざわざ崩すように、深が長谷川の左に回った。


(なんで?)


 ここにきてコンビネーションを崩すような深の動きに、瞬と長谷川は一瞬不思議に思う。長谷川を挟み込む状況を維持するために瞬も左に回るが、不可解な深の動きにより長谷川に一瞬の余裕が生じた。


(深君は無意識に動いていただけかもしれないわね……まぁ、初心者だし……今日だけでここまでコンビネーション完成させたのはむしろ立派なことね!)


 そう思って攻撃を再開しようとした長谷川であったが、深が再び不可解な行動を起こす。

 あまりにゆっくりな攻撃。それまでは瞬と……いや、瞬以上にスピードとキレのある動きをしていた深であるが、ここにきてなぜか木刀を大きく振りかぶった。


(深君? 急にどうしたの?)


 しかしそんな大振り攻撃を待っている間にも、瞬が攻撃をしようと右のこぶしを振りかぶっていたため、長谷川は瞬に向けて武器を構えた。


 と同時に深が数センチメートル横に移動した。

 そして春の放った矢が深の腕の脇を通り抜け、長谷川めがけて接近する。


(やられたわ)


 そう思いつつ、いくらか余裕を持って長谷川は春の矢を防御した。

 しかし気づくのがあまりに遅すぎたため、その衝撃から長谷川は態勢を崩した。


 そしてそのチャンスを深は逃さない。大きく振りかぶった両腕の肘を曲げ、態勢の崩した長谷川に向かって鋭く振り降ろしてきた。

 その斬撃を木刀で防ぎつつ、しかしながら長谷川は地面に背中をつく。


「よしっ!」


 深が満足そうな声を出しているが、長谷川は落ち着いた様子で右手の木刀を離し、手のひらを地面に着いた。


(背中ついちゃった。でもね、戦場ではそれで終わりではないわ。油断して攻撃を緩める辺りも詰めが甘いわね。すぐに起き上がれば……)


 正確には長谷川は右腕の力だけで自分の体を数メートル浮かせる事が出来るため、その腕力で地面を弾き、地面から指が離れた瞬間に先ほど離した木刀を掴み取り、空中で体勢を整える計画であった。


 しかし、次の瞬間に長谷川は驚愕する。

 視界の隅に飛び込んでくる礼子の姿が見えた。




 深が「よしっ!」と叫んだのは、長谷川を地面に倒したことではない。

 深が体から感じる礼子の霊粒子が完璧なタイミングで接近していたこと。

 結果、長谷川は礼子の攻撃を避けることが出来ずに、殺人的な爆発に巻き込まれることとなる。


 立ち上がる砂煙。その空間を避けるため、深と瞬が後ろに飛んだ。


 地面にできた穴が砂埃の中に見えるまでの数秒。その場の全員が息をひそめて動かない。

 しばらくして砂塵の中から西洋式の大きな剣を振りおろしたままの礼子の姿が見え、その下から咳をする声がした。


「げほっ」


 礼子が後ろに下がると、長谷川がクレーターの真ん中でうずくまっていた。


「ちょ……ちょっと……待って……」


 もちろん礼子の攻撃をもろに受けたとあらば、長谷川といえども無事なわけがない。その衝撃が体に残り、長谷川はうまく呼吸できないようである。


「はぁはぁはぁ……」


 礼子が武器を置き、長谷川の背中をさする。それで訓練が中断したことを察した他のメンバーも臨戦態勢を解き、2人の元に近寄った。


「……うん……大丈夫……だけど……」


 まだ上手く呼吸ができないらしく、長谷川は起き上がらない。

 その姿に深も少し心配するが、少しして長谷川の呼吸が戻り、ゆっくりと起き上がった。

 顔にいっぱいの笑顔を浮かべながら。


「ふーう。ついに負けちゃったわね。でもよかったわ、今の攻撃! さすが礼子ちゃんね」


 地面に数メートルの跡を残す礼子の攻撃を受けながら、この程度のダメージで済む長谷川の方がすごいと思った深であるが、長谷川に褒められてにっこりとしている礼子の姿を確認し、何も言わないことにする。

 長谷川の無事を確認した後、一同はついに長谷川に一撃を与えたことを認識し、その喜びを体で表現し始めた。

 そんな歓喜の雰囲気の中、春が深に近寄る。他のメンバーは今回の勝利は4人のフォーメーションによるものだと思っていたが、それを実行した本人たちは作戦の立案者が誰なのかを知っていた。


「すごいわ。さすがね、深君」


 そう言って春は深の肩を軽くたたき、すぐに瞬も近づいてきた。深に向かってこぶしを突き出す。


「うぃっす」


 深もこぶしを突き出し、瞬のそれを軽く叩いた。

 その後、春と瞬の2人は長谷川を支えている礼子に近づき、彼女の頭を撫でた。

 礼子は満面の笑みを浮かべ、しかしながらふと思い出したように口を開く。


「でもぉ、今回は深さんが指示したんですよぅ。ほんとの手柄は深さんのものなんですぅ」


 長谷川が笑顔で返す。


「えぇ、知ってたわ。深君が裏でこそこそしていたのは。見事だったわ、深君」

「はい。自分も負けず嫌いなんで……」


 長谷川を真似するような深の言葉を受け、長谷川も小さく笑う。その後すぐに天井を見上げ、悔しそうにつぶやいた。


「あーぁ、悔しいわ。まさか2週間かそこらでやられちゃうとは。私も歳かしらねぇ……」


 その言葉に今度は一同が笑ったが、深は気づく。


(ほんとに悔しいんだろうな。やっぱりあの瞬間からこの人は本気を出していた。あのレベルに1対1で勝てるようになんなきゃな。当面の目標だ)


 そんな深の思いにも長谷川だけが気づいているようであり、周りが笑いを続ける中、長谷川は深を見つめ返す。

 そして、笑いが収まるのを待って長谷川が真面目な声で言った。


「さすがにもう同時に全員の相手は出来ないから、明日からは少し人数を減らすわね」


 メニューが次の段階に進むことを告げ、全員が真剣な顔に戻りながらそれぞれしっかりとうなづいた。その後、緊張の糸がとれたように全員が力なく座り込み、しばらくの休憩となった。



 ちなみに今日の脱落者は無し。深が積極的に攻撃の隙間を埋めたため、他のメンバーの負担が極端に少なくなったためである。

 少しの時間をおき、長谷川が全員に向けて軽いアドバイスを済ませる。

 最後に深に向かって話しかけた。


「あと、深君。明日の午前中ちょっといいかしら?」

「はい?」

「武器の申請まだでしょ? 他のみんなは6月の頭にもう済ませてあるの。今日の様子じゃ実戦デビューも近そうだしね」

「武器の申請?」


 深が首をかしげる。


「えぇ、実戦で使う本物の刀。あなたのも選ばなきゃね。銃刀法の関係で防衛省の本部に行かなきゃダメだから、朝一で行こうかしらね。9時でいいかしら?」

「あっ、はい。わかりました」

「私の部屋に来てちょうだい。花南ちゃんにも伝えとくわ」


 いきなりの話題だったため深が考え事を始めるが、その瞬間を狙って瞬が会話に割って入った。


「長谷川さん。私も行っていいですか。やっぱり……短い剣みたいなの……そう、サバイバルナイフみたいなの使おうかなって」


 武器を持たずいつも素手で戦う戦闘スタイルだった瞬。ここにきて戦闘スタイルを変える様である。

 しかし、そんな瞬の提案にも長谷川は驚く様子を見せない。


「わかったわ。じゃあ、瞬ちゃんも一緒に行きましょう。9時にね」


(まるで瞬さんがそう言い出すのを予想していたみたいだな。長谷川さん。やっぱ戦闘のプロフェッショナルなんだろうな……)


 少しずれた観点から深がやたらと感心していたが、長谷川は最後に「今日はこれで解散!」とだけ言い放ち、訓練場を後にした。




 それから1時間後、長谷川は再びサイの部屋を訪れていた。


「してどうじゃった? 何かわかったのか?」

「それより先に……」


 長谷川はここ数日の深の成長ぶりを報告する。すでに今年度の新人の中心メンバーとなっていることも過不足無い評価でサイに伝えた。


「かっかっか。それぐらいしてもらわないと困るぞい。わしの部屋をあれだけめちゃめちゃにしといて」


 そこらへんはどうでもいい。そう思いつつも長谷川は笑みを浮かべた後、先日深から聞いた話をサイに話し始める。


「というわけで、表面的にはいくつかの能力を持っているように思えますが、私には……その……もとは1つの能力から派生した能力のように思えます……そう……単純な1つの能力……」


 サイも考え込む。


「戦闘に関する才能には問題なさそうじゃな」

「はい。先ほど話した通り、十分過ぎる才能があります。天才と呼べるほどに……」

「うーむ。まなみの話を聞く限りでは、わしにはあやつの能力が占術士のそれに似ているような気がするぞ。いや、占術だけじゃないわい。結界術士の能力のようでもある」


 長谷川が驚きの表情を見せる。


「といいますと?」

「まずじゃな、わしら占術士は占術媒体に自分の霊粒子を送り込んで占いを行う。わしが水晶を用いるようにな。そして、その媒体を通して周りの現象を感じ、占うのじゃ。その点があやつの感知能力に似ておる。あやつはそれを自分の体で行っているようじゃ。おぬしらは自分の体や武器を通じて霊粒子を表面から放出するが、あやつは内部に霊粒子をためる。周りの霊粒子を感じやすいように体の表面には霊粒子を送らない。そうして周りから情報を得るではなかろうか」


 長谷川がうなずく。


「次に結界術士の場合じゃ。あの連中は体内や物体に霊粒子を送るが、より精密に霊粒子の量や密度を調整することができる。また霊粒子の性質を変えることで、自身や空間に新たな効果をもたらす。それらを用いて様々な種類の結界を張ることができる」

「はい」

「深の場合じゃと、武器や体の内側には高密度の霊粒子を蓄えとる。おぬしが驚くほどに密度が高い霊粒子ならやはり戦闘術士の基本的な能力じゃが、そこまで微細に霊粒子の密度を調整できるとなるとやはり結界術士の才じゃけぇ。

 体の表面に霊粒子を放出して強化しない代わりに、内部には相当の霊粒子を張り巡らせ、強度を高める。これならば、かすり傷は負っても、相手の刃は筋肉まで届くことはない。そう簡単に致命傷にはならんじゃろう。

 同様に、刀にも霊粒子を送りその強度を高めておる。おぬしらのように武器の外側に霊粒子を張り巡らすのではなく、武器の内部に霊粒子を送って本来の能力以上の力をもたらしていると見ていいじゃろう」

「なるほど」

「さらにじゃ、あやつは頭に霊粒子を集中させることで……また、霊粒子の性質を変えることで脳に働きかけ、時間の認識を変えてるのではないかのう?」

「頭に霊粒子を集中させて……脳細胞を活性化させてるのでしょうか……あの……交通事故とかで、車にひかれる瞬間に周りがゆっくり見えるっていう……ああいった現象に似ているものでしょうか?」

「多分そんなんじゃな」


 サイは続ける。


「見事なもんじゃ。あやつ自身が大した霊力を持ってなくても、これでかなりの防御力と持久力。あと攻撃力もじゃな。それらが格段に上昇する。この考え、どうじゃ?」


 最後に意見を促されたが、長谷川はやはりサイに相談を持ちかけてよかったと感心するのみ。戦闘術士である長谷川にはたどり着けない結論である。


「はい。異論はありません。納得です。やはり、サイさんは知識が豊富で」

「持ち上げんでええ。老人のたわごとじゃ」

「しかし、やはりその洞察で正解でしょうね。さて、どうしましょ? 彼になんて説明したらいいでしょうかねぇ……」

「なぁに、あやつもそれを無意識にわかってるから、そういう戦い方なんじゃろうて。

 適当でええじゃろ! 霊粒子を自由に扱うのがおぬしの能力じゃ。とかいうてな。かっかっか」


 長谷川はまたもサイの洞察が見事だと思った。

 おそらく深は本能のレベルで自分の能力を理解している。そんな彼の成長を助けるためにある程度の助言は必要だが、ここまで複雑な能力だと、むしろ簡単に説明するぐらいがいいのかもしれない。

 サイの言葉によりそこまで考えをまとめ、長谷川はすっきりとした笑顔になった。


「ありがとうございました。本当に助かりました」


 しかし、感謝の気持ちを心の底から出しているであろう長谷川に対して、サイはしみじみとつぶやく。


「なぁに。かわいいまなみの頼みじゃ。わしがこの歳まで生きながらえておるのもおぬしのおかげじゃけぇ」


 サイのその発言に対して、長谷川はなくなった左腕の肘を触る。サイの顔の傷を見つめながら、小さな声で言った。


「いえ、そんな。私たちのせいであなたにも傷を……」


 そして2人が昔を思い出すように沈黙し、しばらくして暗い雰囲気に耐えられなくなったサイが口を開いた。


「ところで、まなみよ。おぬし、B級に戻る気はないかのう? この間、恵子が来たときにな? 望美が話していたそうじゃ。望美は覚えておるじゃろ?」


 恵子というのは深の能力覚醒の儀式を行ったB級結界術士である。


「はい。同期です。というか半年ほど前に会いました。その流れで軽く手合わせなんかも。なんで塩田さんが望美さんをご存じで?」

「あの2人は今一緒に出雲で任務しておるのじゃ。しかし、それでかのう。

 望美が言っていたそうじゃ。おぬし、もう腕を失ったあの頃と同じぐらい、いや、それ以上に強くなっているそうじゃのう? 前線に出る気はないのか?」

「そうでしょうか……自分ではわからないものですし。今の任務も気に入ってますけどね。今の子たちのカリキュラムがすべて終了したら、来年の春まで時間は空きます。その時は前線に出てもかまわないでしょう。大詔時代が本格化したら局に所属する戦力は総動員になるかもしれませんし……でもさすがにB級の実力とまでは……」

「謙遜せんでもええわい。まあ、考えといてくれ。新人の世話は他でもできるけぇ。わしらも経験豊かな人材が必要なんじゃ」

「はい。考えておきます。まぁ、もうすぐすごい子たちがデビューしますよ」

「そのようじゃの」


 ここで会話は終わり、その後サイは関西支部との調整会議の為オンライン会議室に向かう。

 長谷川はいろいろなことを考えながら自宅へと帰った。



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