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第17話 寝起きとか新たなる戦いとか


「……あっちぃ……重いぃ……」


 身を覆う熱気と圧迫感に顔をゆがめつつ、礼は目覚めた。

 季節は夏の半ば。

 雨なんてものはここしばらく降った記憶がないぐらい、蒸し暑い日々が続く8月の上旬。東向きの礼の部屋は朝方だけ異常に暑くなるため、部屋中の窓を全開にして寝るのが最近の流行りである。

 しかし、この日の朝はそんな流行すら無にしてしまうほどの熱気が礼の体を覆っていた。


(あぁっ。くっそうっ! 暑すぎだぁ)


 寝起きから徐々に意識がはっきりしてくる途中、礼はあまりの熱気にいらだちを覚えるが、さらにワンテンポ遅れて礼はその熱気の原因に気づく。


(ん?)


 自分の体にまとわりついて寝ている烙示と鎖羽。

 飼い主に甘えるかのように自分の体に抱きつき、すやすやと眠りこんでいるこの感じは非常にかわいらし――くはない。

 冬ならばそれなりにメリットがありそうであるが、夏まっただ中のこの時期は命の危険に関わる行為であった。


(ふーう……今日もやるか。むしろ、そろそろ『殺る』か)


 そしてそれに気づいた礼が寝起きからハイテンションで暴れ出すのが、ここ最近の朝の儀式である。毎朝必ずと言っていいほど発生するこの事件の偶然性を考えると、烙示と鎖羽の寝相の悪さはもはや奇跡のようなものであるが、なにはともあれ恒例のイベントはここからが盛り上がりどころであった。


「うらぁーーーー!! お前らぁ! あっちぃんだよ!! 俺のこと殺す気かぁーーー!!」


 最近はこの叫びがないと起きた気がしないとか感じ始めてしまっている辺り、礼もそれなりにこのイベントを楽しんでしまっている気が否めない。

 それ仕方ないとして、自身にまとわりつく熱気が烙示と鎖羽によるものだと理解するや否や、礼は親の仇をとるかのような勢いで暴れ出した。


「うぉぉぉぉぉおおぉぉっ! 寝てるときに俺にまとわりつくなって、何回言ったらわかるんだぁ!」

「ん? おっとっ! うおっ! だ、大丈夫だって。今日の予想最高気温は35度だからっ! 1日で一番熱くなる時間帯でも、お前の体温よりは低いからぁ!! だから殴んなって! つーか本気で殴んな!」

「理由になるかぁ!! おらぁっ! 死ねぇ!! ん……? 鎖羽ぇ!? 何こっそり逃げようとしてんだぁ!!」

「ひっ! いえ、決して逃げてるわけじゃ……ただ、今朝の礼様はいつも以上に冷静さを欠いているようですので、この本棚を倒して、烙示もろとも身動きとれなくしておけばと……」

「よーしわかった! 反省の色は無いんだなぁ!? まず先に鎖羽を血祭りに上げてやるぅ!」


 叫びながらも礼はあくまで冷静。烙示の動きを数秒間だけ封じるため、烙示のわき腹に強めの一発を打ち込むのも忘れない。


「ごふっ……」


 その後、礼は鎖羽の方向に向けて忍者のような身のこなしで床を転がり、鎖羽の尻尾の先をむんずとつかむ。うねうね抵抗する鎖羽の体を慣れた様子で取り押さえ、綺麗な玉結びを作った。


「ふーう。次は……」


 もちろん部屋の角で礼のパンチを受けたダメージに耐えている烙示である。そんな烙示にとどめを刺すべく、礼は再び鋭い視線を向けた。


「……ん? おいっ! なんだその目は!? 怖えぇよ! つーか俺の分はさっき終わっただろっ?

 いやっ! マジでそれ以上近寄るな! 怖えぇってば!

 礼っ!? 頼むっ! そんな目ぇしながら俺に近づかないでくれぇ!」

「知らない……もし、あの状態で1時間……そう、もう1時間長く寝てたら、俺は2度と目覚めることはなかったかも……脱水症状とか熱中症とか、そういうのなめちゃだめだって。マジで死ぬんだから、人間は……。

 それで……そうだな。さすがに1週間も連続でこんな嫌がらせされたら……殺人未遂が7件。合体技で殺人完遂が2件ぐらいって考えてもいいかな……? ふっふっふ。法律とかよくわかんないけど間違いなくそれぐらいの罪だよねぇ……烙示たちには、それにふさわしい恐怖を」


 礼は悪い顔をしながら、1歩また1歩と烙示に接近する。対する烙示があわてて壁の向こう側にすり抜けようとするが、体の全てが壁に消えるより早く、礼の右手が烙示の尻尾をとらえた。


「うぉっ! ちょ……離せっ! ん? まさかお前っ? 俺に『力』使う気じゃ!?」


 もちろんその通り。礼はもがき苦しむ烙示を力任せに押さえこみ、氷のような声で小さく呟いた。


「烙示のセーブデータ。全部消したから……そう思い込んで……今から10分間……『悲しめ』……」


 ちなみに、礼の言葉の力が及ぶ対象は生身の生物や烙示たちのような不可思議な存在に対してのみである。金属とプラスチックで構成されているゲーム機本体と、その中に保存されているここ1ヶ月の烙示の努力の結晶は消えることはない。というかアカウントが一緒であるため、礼がそのゲームのセーブデータを消し去る可能性は皆無であった。

 しかし、このときの礼の力によって一種のマインドコントロールを施された烙示は礼の嘘を強制的に受け入れてしまうこととなり、力を抜き取られたかのようにぐったりとしてしまった。


「あ……あぁ……俺の……俺のデータが……」


 これにて儀式は終了する。

 もぬけの殻となっている烙示はもちろんのこと、動くたびになぜか結び目がきつくなってしまい、1秒ごとに苦しみを増している鎖羽の様子を確認し、礼は勝者の雰囲気に酔いしれた。


「ふーう……とりあえずエアコンつけよっかな。

 窓は……もう少ししてから閉めよう。

 あと……そう。腹減ったな……じゃあ朝飯ってくるから、烙示はそれまでに立ち直っておいて」


 礼はエアコンのスイッチを入れながら機嫌の良さそうな笑顔で烙示たちに話しかけ、その後、部屋のドアに向かう。


「……礼さ……ま……? ほ……本当に助けてください……」

「あっ、鎖羽にも言っておかなきゃ。鎖羽? どうせ俺が部屋出た後、幻になって脱出するつもりでしょ? それ、10分間『禁止』ね?」

「んなっ! なんでバレ……いや、なんと残酷な……げほっ……」


 最後に鎖羽に対しても抜かりない対処を施しつつ、礼は部屋を出た。



「烙示? 烙示? お気を確かに……戻ってきてください。ゲームデータは消えておりません。あなたが獲得した勲章は、今も確かに存在しています。あっちの世界では幾多の戦友たちがあなたの帰りを待っていますよ? 烙示? 烙示?」


 礼が部屋を出て、階段を降りる足音が消えるのを待つこと数秒。身動きのとれない鎖羽が烙示に話しかけていた。


「……」


 しかしながら、対する烙示は悲しみによって自我が崩壊し、鎖羽の言葉に答えるどころか視線すら合わせようとしない。


「だめだこりゃ……」


 自身の体が着々と締め付けられる苦しさに耐えながら、鎖羽は諦めたかのように呟く。自分の力を封じられた以上、手足のない鎖羽にこの状況を打開するすべなどなく、礼の力が効果を失う10分後までおとなしくするしかなかった。


 そこまで理解し、鎖羽は深いため息を吐く。


(でも、こんな短い期間であれだけ見事に能力を使いこなせる才能はなかなかのもの。

 単純に戦いに応用できる能力ではありませんが、経験を積めば複数部隊合同の大規模任務でも、重要な配置をこなすことができるでしょうね。

 さすが六憐様のご子息……いや、やはり賞賛すべきは六憐様。この部屋の書籍の多さからして、『言葉』に対する礼様の訓練も早期に始めていたのでしょう)


 次の瞬間、鎖羽は瞳の奥に妖しさを漂わせる鋭い視線を灯し、礼が姿を消した部屋のドアを見つめた。


(私たちの姿が見えるようになった時も、礼様は私たちの風貌に臆することなくすぐに触れてきた。度胸も並大抵のものではない。いろいろと将来が楽しみです)


 そして鎖羽は体の力を抜きながら、瞳を閉じる。


(そう……私たちの姿に……まったく臆することなく)


 最後に、礼が初めて鎖羽と烙示の本当の姿を見た時に礼が見せた本当に嬉しそうな顔を思い出し、鎖羽は心の中で笑みをこぼした。



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