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第8話 ダンジョンマスターの言葉




「ああ、そう言えば喋ってなかったっスね。それじゃあ少し長くなるけど聞いてもらおうかな。俺の仕事、そしてダンジョン探索をする理由を」


 アイリスに尋ねられたとあっては答えない訳にはいかない。俺はひとまず仕事について話す事にした。


「俺の今の仕事はアニメ・漫画・ゲームなどを紹介するフリーライターだ。とは言っても動画や音声サービスが主流の現代では文字媒体以外にも力を入れなきゃいけない。だから出版社やゲーム会社の人達と一緒にラジオとかもやってるぞ。まぁオタク宣教師ってやつだ」


「アニメ? オタク? う~ん、ニルトカシムには存在しない言葉だなぁ。後で詳しく教えてね。それじゃあダンジョン探索をする目的はなに?」


 折角の機会だからダンジョン・スターのルール確認も兼ねて1から目的について話しておこう。


 ダンジョン・スターは全世界で何億人もの冒険者がいるものの、クリアをした者はまだ1人もいない。それどころかクリア条件すら分からないのが現状だ。アプリのヘルプ欄曰く




――――クリアしたパーティーには4つの大秘宝の中から1つを与える。4つの大秘宝はどれもが貴方達の世界では手に入らない。最上の宝となるだろう――――




 と仰々しく書かれている。いつもの俺なら何億人もライバルがいるような競争でトップを狙うほど自信家でもなければ行動的でもないのだが、今回だけは頑張らなければならない理由がある。


 それは俺の婆ちゃんがダンジョン・スタ―の影響で石化しているからだ。ペナルティによる石化日数は個人差こそあるけれど数百日から数年で解除される仕組みであり、頭上に解除までの日数も表示される。だから普通なら孫の俺がリスクを背負ってまで頑張る必要はないだろう。


 しかし、俺の婆ちゃんの石化だけは例外だった。世界で唯一人、解除までの日数表記が『?????』となっていたのだ。


 これではいつ解除されるのか分からないし、最悪解除されない可能性もある。そう考えた俺はどうにかできないかと色々調べまわった。だが、そもそもダンジョン出現自体が超常現象といってもいい出来事だ、ダンジョンの存在理由や出現理由を明確に答えられる者など世界中の何処にもいない。


 だったら俺がすがれるのはダンジョン・スターのクリアで手に入る4つの大秘宝だけだ。大秘宝の中にはもしかしたら婆ちゃんの石化を解く何かがあるかもしれないのだから。


 仮説に仮説を重ねるような話ではあるが確率が0ではない以上、挑まない訳にはいかない。これらの事情を説明するとアイリスは両方の拳を握りしめて気合を入れる。


「凄いよ! カッコいいよオジサン! 自分の為じゃなくて家族の為にリスクを背負うなんて。それにしても私とオジサンの目的が部分的に重なっていてよかったよ。お互いに鍵はダンジョンにありそうだもんね。でも、こんなリスキーな冒険へ本当に付いてきて貰ってもいいんですか狐崎さん?」


「もっと砕けた喋り方でいいよ、アイリスちゃん。アイリスちゃんの言う通りリスクがあるのは分かってる。でもね、私も薫ほどじゃないけどダンジョンに拘る理由があるの。とりあえず口で説明するよりも観てもらった方が早いかな、ちょっと待っててね」


 アイリスが頷くと利奈姉はソファーから立ち上がり、隣の部屋からノートパソコンを持ってきてアイリスに見えるよう画面を開いた。


 そして『※※ダンジョン・マスターの言葉※※』と書かれた動画をクリックするとダンジョン冒険者なら誰もが1度は見たことがある映像が流れ始める。


 映像には仮面とローブを被り、ダンジョン・スターの説明を続ける2人の男の姿が映っている。アイリスは食い入るように観ている。


 2人の男は声を加工をしているうえに平坦な喋り方をしていて人物像が特定し辛い。撮影場所も薄暗くて色々な物が乱雑に置かれている廃墟じみた場所だ。今見てもどちらの世界で撮影したのか見当すらつかない。


 流している映像を見た大半の人間は2人の男がダンジョン・スターを作った人物もしくはラスボス的存在ではないかと予想している。しかし、利奈姉だけは別視点で動画を見ていたようで、動画の再生を終えてからアイリスに説明を始める。


「これを見てもただのチュートリアル動画としか思えないよね? でもね、世界でただ1人、私だけが『ある物』に気が付いたの。この動画は床に物が乱雑に置かれていて分かりにくいよね。アイリスちゃんには動画の左端をよく見て欲しいの」


「えーと……これは人形? 人形にしては少し雑な作りだけど。なんとなく大人の男性を模している感じがするかな」


「鋭いねアイリスちゃん。そう、この人形は当時7歳の女の子が父親にプレゼントした物でね、その女の子っていうのがアタシなの。薫はその時4歳だから覚えていないだろうけど一緒に作ってプレゼントしたものだから強くアタシの記憶に残ってるわ」


「つまり、ここに映っている男の人のうち1人が利奈ちゃんのお父さんってこと?」


「あくまで可能性の話だけどね。もしかしたら父さんがダンジョン・スターに何かしら関わっていて画面に映っているのかもしれない。何か事件に巻き込まれて大事にしていた人形だけが残って映像に映っている可能性もあるわ。アイリスちゃんが現れたことで別世界の存在が証明された訳だから仮説はいくらでも立てられるわね。本人に直接電話して聞けるものなら聞きたいのだけど行方不明になって随分と経つからね」


「行方不明……家族がそんな大変な事になっていたなんて。利奈さんは手作り人形という手掛かりから父親を追いかけたいんだね。大事な父親を取り戻せるかもしれないって考えたら探索に協力してくれるのも納得だよ」


「大事な父親か……うん、そうね」


 利奈姉は複雑な表情で頷きを返す。利奈姉が歯切れの悪い返事をするのには理由があった。


 元々、利奈姉の父親はアニメ・漫画・ゲームなどのいわゆるオタク趣味が大嫌いなタイプの人間だった。仕事でも表現規制などに介入する活動に尽力する筋金入りのオタク嫌いだった。


 15年ほど前にはアニメなどの表現規制を中心に活動する団体、通称『トゥルー・エクスプレッション』を作り上げたほど活動的で世間の注目を浴びていた。


 直訳すると『真の表現』らしく、当時の俺は虫唾が走るほど嫌いだった。だが、行方不明になってからは恨みを買って誰かに攫われた、もしくは殺されたのかもしれない……と考えるようになり少し可哀想にも思っていた。


 人形の存在に気が付いた数年前から利奈姉は必死になってダンジョン・スターを攻略している。そんな利奈姉を手伝いたい気持ちはあったけど、利奈姉は自分よりも俺や仲間の事を優先してしまう優し過ぎる人間だから俺個人の事に巻き込むのが怖くて仲間に誘えなかった。


 でも、今は目の前にいる小さな女の子の帰郷を叶える最優先の目的が出来た。この最優先事項さえあれば利奈姉と俺が互いにかばい合ったり気を遣いすぎることはないと思う。アイリスを守る戦士2人として迷いなく行動できるはずだ。


 人によっては関わった時間の少ない少女より自分の祖母を優先するべきだ! という人間もいるだろう。俺だって本当は今すぐにでも婆ちゃんに会いたい。でも、俺の婆ちゃんなら必ずこう言うはずだ『苦しみ悲しんでいる人間や未来ある子供から優先的に救いなさい』と。


 いつも誰かの為に一生懸命だった婆ちゃんを知っているし、そんな婆ちゃんの孫だからこそ俺は婆ちゃんの生き方をなぞるつもりだ。


 自分の中で一層決意が固まった俺は動画を見終えたタイミングで利奈姉にもう1つのお願いを申し出る。


「俺達3人が同じパーティーでやっていくと決まったところで利奈姉にはあと1つ頼みたいことがあるんだ」


「仲間に引き込んでから2つ目のお願いを言うなんて薫は中々の交渉上手ね。で、頼みって何かしら?」


「利奈姉にはアイリスたんを預かってほしいんだ」





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