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『エンド:夜を継ぐ者』
『エンド:夜を継ぐ者』
yoU
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月27日
公開日
9万字
連載中
読め、この傑作を。 裏切られ、堕ちた少年。 赦しと孤独を超えて、夜を歩く物語。 「皆の憧れのお前らが……生者を殺すのかよ!!」 これは、現代日本――夜が始まる物語。 かつて『光滅騎士団《こうめつきしだん》』は魔王を討ち、世界に光を取り戻した。 だが、吸血鬼《ヴァンパイア》だけは滅びず、政財界の裏側で人間を喰らい続けていた―― 騎士団に憧れていた少年は、理不尽な運命によって命を落とす。 だが彼は“グール”として蘇らされ、“エンド”という名で闇の世界に放り込まれる。 「進化し、吸血鬼となれ――」 謎の老人に課されたのは、魔物を狩り、力を奪い、怪物として“進化”すること。 自分を殺した“正義”に牙を剥き、彼はかつて魔王に並ぶ“夜の王”へと歩み始める。 人として死んだ少年は、“吸血鬼”として――何を選ぶのか。 光を憎み、闇に抗う。 裏切られた世界に、もう一度問い直す。 ――殺すべきか、赦すべきか。 これは、赦されなかった者が“裁きの刃”を携えて、夜を歩く術を手にする物語。 今、少年は夜を歩き出す。 赦しと孤独の果てに、彼は――何を選ぶのか。 ◆第1章 完結済 ◆第2章から、“吸血鬼としての選択”が本格的に始まります 善と悪の区別がつかなくなった時、君は誰を赦す? ストック80話以上あります カクヨムとなろうで同時連載中

第28話 夜を歩く術

 四ノ宮が“人形の仮面”を視認した瞬間、反射のように身体が前へと走っていた。


「……根津さんの仇!!」


 叫びとともに、彼は隊列から一人だけ飛び出す。


「待て、四ノ宮!」


 荒井の制止の声が飛ぶが――遅かった。


 夜の帳が落ち、仮面の奥の深紅の瞳が、微かに光をたたえる。


 その刹那。


 闇に紛れるように、響華の影が疾走した。


「……速い」



 荒井が短く呟いたときには、すでに響華は地面を蹴っていた。

 その動きは風のようだった。


 左手の刃が地を払うように走り、右手の剣が鋭く、荒井の首を狙って振り抜かれる。


「来るぞ!」


 荒井が叫ぶよりも早く、穿鋼が唸る。

 腕に装着された杭型のレヴナントが爆音とともに飛び出し、響華の一撃を紙一重で受け止めた。


 ガンッ――!


 火花が散る。その直後、背後から四ノ宮が迫る。


「根津さんの仇……!」


 その叫びとともに振り下ろされた大剣が、地を裂くような衝撃とともに響華を捉えようとする。


 だが――

 すでに、彼女の姿はそこになかった。


「“速さ”だけは、負けないからね」


 耳元で響く少女の囁き。四ノ宮が反射的に身をひねった刹那、頬を掠めるように斬撃が走る。


 返すように、荒井が杭を突き出す。

 だが、響華はすでにそれを見切っていた。着地と同時に膝を沈ませ、刃を盾のように構えて突進する。


「ちょこまかと……!」


 怒気を含んだ声とともに、四ノ宮の大剣が火花を散らす。

 だが、それすらも舞うように躱していく響華の足は止まらない。


「なんで……私達が、こんな目に遭うのよ!!」


 叫びとともに、響華の二刀が二人の間を縫うように連撃を放つ。

 その剣閃には、怒りと悲しみが込められていた。


 斬撃、跳躍、回転――

 目にも止まらぬ速さで繰り出される攻撃に、荒井と四ノ宮は防戦一方となる。


「お前らが“正義”? だったら、なんで柚葉さんを殺したのよ!!」


 その名を叫ぶと同時に、響華の背後で血が膨張し――


 バン、バン、バンッ――!


 血の弾丸が連続して荒井を襲う。

 穿鋼が唸り、激しい火花を上げて弾丸を叩き落とす。


 その間に――


「見えた!」


 響華が瞬時に四ノ宮の背後へと回り、喉元を狙って刃を突き出す。


 しかし――


「……浅いな」

 四ノ宮の声が、刃を凍らせるように冷たく響く。

 響華の剣は、防刃加工を施されたレヴナントスーツの下で止められた。

 手に伝わる“止まった感触”――それは鉄ではなく、氷のようだった。

 衝撃よりも、その“冷たさ”が、響華の動きを一瞬奪った。


 次の瞬間、腹部に膝蹴りが突き刺さる。


「ッ――ぐはっ……!」


 響華の体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。


「立てよ、“吸血鬼”。口ばっかりで終わるなよ」


 荒井が、無感情に穿鋼を構える。


 だが、響華の体はふらつきながらも立ち上がる。

 膝が震え、呼吸は荒く、仮面の内側で苦痛に歪んだ息が漏れる。


「……なんで……吸血鬼ってだけで……」


 唇から血が零れ落ちる。


「お前は、もう人間じゃない。“ただの化け物”だ」


 四ノ宮の目は冷酷だった。


「根津さんの背中……あの人の命を、あんたが喰らった。だから俺は、お前を殺す。それだけだ」


 大剣が振り下ろされる。響華は転がるようにしてそれをかわす――が、


「逃がさない」


 今度は荒井が、横から穿鋼を突き出した。

 横腹を掠めた衝撃が、響華の身体を弾き飛ばす。


 転がりながら地面を滑る。

 体勢を立て直すことすらできず、そのまま膝をついた。


「ハァ……ハァ……!」


 両手をついて立ち上がろうとするが、肩が震えている。

 それでも――


「……ねえ、教えてよ」


 仮面の奥から、かすれた声が漏れる。


「なんで……吸血鬼ってだけで、こんな目に遭わなきゃいけないの……?」


 歯を食いしばる音が、微かに漏れた。

 感情をこらえるたびに、奥歯の軋む音が胸の奥にまで響いていた。


 その問いに、答える者はいなかった。


 ただ、穿鋼と大剣が再び、彼女を仕留めるために振り下ろされようとしていた。


 それでも、響華は立ち上がった。


「……ほんと、クソみたいな世界だな」


 追撃の刃が響華に迫ったその瞬間――





 夜空を裂いて、黒い影が舞い堕ちた。












 第3区を見下ろす、高層ビルの屋上。

 砕けた街の喧騒が、遠く夜風に乗って届いてくる。


 ――悲鳴。怒号。焼け焦げた金属の匂い。


 その中に、かつて守りたかったものがある。

《Yume》。

 芳村さん。

 響華。

 そして、“人としての僕”。


 それらが、また壊れていく音がする。


「……こんなはずじゃ、なかったんだ」


 祐という名を持ち、人として立ちたかった。

 誰かを救いたかった。

 でも――手を伸ばしても、届かなかった。


 優しさだけでは、守れないものがある。

 正しさだけでは、救えない命がある。


 それを、俺は……いや、“僕”は、痛いほどに知っていた。


 ポケットから取り出した仮面を、しばらく見つめる。

 漆黒の面に走る、一筋の紅。

 それはまるで、祈るような怒り。

 泣きたかったけれど泣けなかった、あの日の涙の跡。


「もう……“僕”じゃ、意味がないんだ」


 静かに、そう呟いた瞬間。

 僕の中で、何かが確かに“終わった”。


 祐という名の、優しすぎた亡霊に、別れを告げる。

 弱さも、迷いも、優しさも――全部抱えたままでいい。

 ただ、それを超える“意志”を持てばいい。


 だから、僕は選ぶ。


「これが……僕の、選択だ」


 仮面を顔にあてがう。

“仮面”ではなく、“覚悟”として。

 冷たい面が肌に触れると、迷いも痛みも、すべてが音を立てて静かに崩れていく。


 夜の風が頬を撫でる。

 だがもう、それに目を細める“僕”はどこにもいない。


 ゆっくりと、ビルの縁へと歩く。

 足元に広がるのは、闇。

 その下には、戦場と――壊されかけた大切な居場所。


「……あぁ、そうか」


 低く、そして静かに、僕は呟いた。


「僕?……違うな」


 言葉とともに、夜へと身を投じる。


「――俺は、“吸血鬼ヴァンパイア”だ」


 それは墜落じゃない。

 過去を断ち切って、未来へ踏み出す、跳躍だった。


 まだ終わらせない。

 まだ、守れるものがある。

 俺にはその力がある――だから、行く。


 もう“祐”ではない。

 ここから先は、“エンド”が生きる。

 夜が俺を迎え入れるように広がった。





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