「……あなたの“目覚めの一杯”は、あの人のとはまるで違うわ」
セレナの声は静かだったが、そこには確かな怒りが込められていた。
その言葉に、慧臣は肩をすくめる。
「まぁまぁ、そう言わずに。
せっかく淹れたんだ。――ほら、とりあえず、こっちにでも来たら?」
俺たちは、扉の前から一歩も動かなかった。
空気が張り詰めている。
慧臣はわざとらしくため息を吐いた。
「んもぉ〜、つれないなぁ」
そう言って、椅子にふわりと腰を下ろすと、テーブルの上に置かれていたチーズケーキにフォークを突き刺し、ひと口。
口の中で転がすように味わいながら、ぽつりと呟く。
「それにしても……銀の神子はまだ分かるとして――
さすがだよね、“トレイナが作った最高傑作”。」
――その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。
怒りというより、本能だった。
俺の身体は、影に溶けるように動いていた。
思考よりも先に、殺意が走っていた。
瞬時に影を渡り、慧臣の背後を取る。
同時に、自らの影でその動きを縛り、完全に封じた――はずだった。
だが。
「んっ」
動揺したのは、俺の方だった。
気づけば、俺の首元には――
さっきまでチーズケーキを食べていたはずのフォークが、ぴたりと当てられていた。
椅子から一歩も動いていない。
視線すら変えていないように見える――
いや、最初から来ると分かっていたのかもしれない。
「やっぱ、“素材”いいんだァ〜」
無邪気な声で、慧臣は笑った。
その顔には、微塵の緊張もなかった。
ただ、玩具を試すような、好奇心に満ちた目をしていた。
ゆっくりと立ち上がり、俺の顔を覗き込む。
舐め回すように俺の瞳を見つめながら、楽しげに言う。
「ねぇ、エンド君。君さ、すごく綺麗な目をしてるよ。
光の中でも、闇の中でも、ちゃんと“揺れてる”んだ」
「エンド……!」
セレナが叫ぶ。
その身体の周囲に、光が集まり始めていた。
膨張するような魔力の奔流――怒りの力だ。
今にも爆ぜそうな輝きの中心に、彼女がいた。
慧臣はちらりとそちらに目をやり、静かに告げる。
「やめた方がいいよ、その“光”。
殺されるのは僕じゃない――君のパートナーだよ」
「はっ……!」
セレナが苦悶の声を漏らし、光を無理やり収束させる。
歯噛みする音が、はっきりと聞こえた。
「それに、君たちじゃまだ僕を倒せない。
仮に倒せたとしても――困るのは、この国と世界の方さ」
「セレナ、大丈夫。俺は平気だ」
俺は息を整え、慧臣の正面に立った。
「それで――神代。
お前は何を知ってる。
この世界のことも、俺自身のことも」
問いかけながら、俺は指先で空を切るようにジェスチャーを加える。
“これが取引でも戦いでも、俺は引かない”――そう伝えるために。
慧臣は観客席から舞台を眺めるような顔で、にやりと口元を緩めた。
「ふふっ。
何をって? そんな大層なことじゃないよ」
「……?」
「君たちより、ちょっとだけ“詳しい”だけさ。
ほんの――二、三世紀分くらいね。」
その笑みの奥には、確かに“時間”の重みがあった。
そして、慧臣はふと思い出したように続ける。
「僕はいろいろ知ってるよ。ムー大陸出現がなぜ起きたのかもね。
でも――トレイナが“外”から来た時は、さすがに少し驚いたなぁ」
セレナの眉が、わずかに動いた。
「答えは全部は言わないよ。ヒントだけ。
君たちの力じゃ、まだ足りない。……だから、世界を見て回るといい。
その先で“ムー”に辿り着けるなら――君たちは、本当にこの夜を継ぐ資格があるかもしれない」
慧臣はそう言って、俺たちに背を向けた。
まるで「用は済んだ」とでも言うように。
俺たちは踵を返し、執務室の扉へと向かう。
だが――そのとき、彼の声がまた響いた。
「あっ、そういえばエンド君」
俺の足が止まる。
「君、まだ本当の力に気づいてないね?」
背後の壁に伸びる俺の影が、誰にも触れられていないのに、微かに“ざわり”と揺れた。
まるでその言葉に――何かが呼応したかのように。
振り返る前に、慧臣はニヤリと笑っていた。
「いいのは“素材”だけじゃなかったみたいだね」
その一言が、静かに胸の奥を打った。
慧臣の瞳が映す“何か”に触れそうで、俺はそれ以上振り返れなかった。
扉が、静かに閉まる。
――夜の底は、まだ見えていなかった
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なぜ東京で冬にしたかと言うと
吸血鬼として蘇った彼は、「祐」としての温もりや人間性を見失っていく。
東京の冬=冷たく、凍える街は、彼の内面の“孤独”“虚無”とリンクしている。
祐のが終わりエンドとして始まるのをを描きたかったからです
こういう感じにしたかったからです。
まぁ概ねできたんじゃないんでしょうか