帰宅して早々、レオンは意気揚々として義足作りを開始した。ダイニングで本を片手にアイディアを書き殴りつつ、必要な材料の一覧を書き並べている。アンさんは隣で不安そうにレオンを見ていた。
「俺、リハビリしてる時に聞いたことあるんだ。貧乏な国では義足をごみで作ってる人もいるよって」
「でも、自分で作るって……」
「その人たちも別に勉強して作ったわけじゃないでしょ?じゃあ俺にだって作れるよ。あと『義肢の作り方』って本パクってきた」
「いつの間に……ちゃっかりしてるわねぇ」
「車椅子ってこういう時便利だね。背中で隠せちゃうじゃん?それにさ、俺図工で5取ったことあるからいける!だいたい、NHKでずっとレギュラーだったんだから!何でもできるよ!できるできる、でき、…………ねぇアン、これ何て意味?分かんない」
レオンは興奮するように明るく振舞っている。だけど、明らかに強がりだった。
唯一の希望だったサトウさんに義足作りを断られて一番ショックなのはこいつに決まってる。空元気を悟られないようにハイテンションを貫いているけど、見守っていると可哀想になってきた。
それでもアンさんと話し合った結果、ひとまずレオンのやりたいようにやらせてやろうというのが僕らの出した答えだった。実際にサトウさんは望み薄になってしまったわけだし僕らでどうにかするしかない。
しかし盗んできた本は大人が読んでも難しい専門書だ。いくら翻訳リングの力でこの世界の文字が読めるようになっているとはいえ、四肢の構造や筋肉の付き方、ソケットを付けた人間の断端部位の変化についてなど、医学的な内容が多く、とてもじゃないが一長一短で身につく知識とは思えない。
レオンが寝てる隙に僕らはそれを読んでみたけど、義肢装具士は国家資格が必要な仕事のせいもあって、元より医学の勉強をしていたアンさんでさえたまに躓きそうになっていた。まともに小学校にも通えてない子供が理解できるなんて思えなかったけれど、3日後、レオンは義足第1号を作り終えた。
第1号は、足の入る筒状の金属缶に木の棒を引っ付けて脛の代わりにしていた。レオンはそこに足を突っ込むと、平行棒を掴んで車椅子から一気に立ち上がろうとする。
「アン見てて!成功したら写真撮ってよ!」
自信満々な笑顔で立ち上がった瞬間、第1号は寿命を迎え、レオンは盛大にこけた。
第2号は1号の反省を踏まえて耐久性を視野に入れ作成した。つなぎ目があるから悪いんだと結論付けて、次は長くて細い丸太を掘ってそこに足を突っ込んでいた。耐久性は問題なさそうだけど、これは丸太が重すぎて歩こうとするたびに脱げてダメだった。包帯で保護していたのに靴擦れみたいな傷もできて痛々しい。アンさんが治療して何度かトライしてみたけど丸太義足は実用的じゃないとして没になった。
義足には耐久性と軽量性も兼ね備えた物が必要だと学んだので、3号は野生化した竹林に赴いて伐採してきたものを材料とした。
これは良いアイディアだったと思う。竹は丈夫だし軽いし、試作したものの中では一番出来がよかった。早速試作品をつけて平行棒を掴んだレオンは本来あるべき背丈の目線に立つと、支えはあったけど、レオンの瞳は確かにきらめいていた。
成功の兆しを垣間見て口元をにやけさせているアンさんに無言で目線を向けると、レオンはぱぁっと頬を染めて笑顔になる。
「立ってるよ!」
「レオンくんすごい!ちゃんと立ててるわよ!」
「ねぇ、今俺身長何センチくらい!?」
「えーと、150かな?」
「はは、ほんとに俺ちびじゃん!てかアンってでかいね!」
思わず「レオンが立った!」と叫びたくなる場面に、3人とも今にも踊り出しそうなほど胸が高鳴っていた。
されど現実は無情だ。そこからレオンは1歩も歩けやしなかった。
足を踏み出そうとしても両足でバランスがとれなくて、平行棒を掴んでいても一瞬でも気を抜けばずるっと滑って転んでしまう。微調整を繰り返しても全然うまくいかなくて、安定して立ち上がる事すらままならない。そもそも、材料にした竹も寒さの厳しい地域で育っていたせいか、日本で見るような青々として太いものではないのも悪かったのかもしれない。
今回もアンさんが足の傷を治療してレオンは挑戦を繰り返したけれど、無慈悲にも立つのだけで精いっぱいという結果だった。
結局3号も失敗に終わり今までにないくらい落ち込んだレオンは、不貞腐れてアンさんの膝枕でふて寝をしていた。上げて落とされた少年をアンさんも不憫でならないらしく赤ちゃんをあやすかのように甘やかしている。まるでキノコが生えそうなほどじめじめとした陰鬱な空気が部屋中に漂っていた。
「どうせ俺なんて一生歩けないんだ」
涙ぐみながら愚痴るレオンに僕もアンさんも頭を悩ませた。
義足のための土台は出来上がりつつある。サトウさんに指摘された日からレオンは断端で歩く練習を始めていた。
向かい合わせた椅子の台座を支えにして、体を支えながらぶよぶよの断端で一歩ずつ進む所から始めた。最初は踵のない足で歩くのは気持ち悪かったらしいけど、2、3日もしないうちに弱音を吐かなくなり、1週間もすれば断端でも普通に歩けるようになった。
さらに体力作りとして重りを付けた足を後ろ向きに蹴り上げる筋トレを始めて、プランクや逆立ちをしてインナーマッスルも鍛え始めた。
レオンは充分頑張ってる。だからこそ、素人の作った図画工作産みたいな義足じゃなくて、職人が作った精巧な作りのそれがどうしても必要だった。
アンさんは仕事の合間を見つけては、サトウさんの家へほぼ毎日頭を下げに行っていた。泣き落としなんて通用しないよと冷たくあしらわれてもアンさんは希求を止めない。しつこいと怒鳴られようが、どうにかサトウさんに昔の情熱が戻らないかと模索していた。
僕も義足に相応しい材料がないか家中ひっくり返したり、町に降りては何かいいアイディアがないかと情報収集を連日行った。ピアノのレッスンでも生徒さんと僕の間ではもっぱらレオンの話でもちきりだったし、レオンはレオンで礼拝常連に「いい方法ないかな」と自分から情報集めに勤しんでいた。
そして、そんな僕らの熱意が人々に伝わったのだろうか。町の人がサトウさんを説得するために数人彼の自宅へと押し寄せたらしい。
僕とアンさんでサトウさんの家を訪れた時、参ったような顔で、自分で入れたお茶に口もつけず僕らに怒っていた。
「けちけちせず義足くらい作ってやれと怒られたよ。大変なんだよ義足づくりって言うのは。老体に鞭打つには遅すぎた。無理なんだって」
「助手が必要なら僕がやります」
「スバルくんは教会とかピアノ教室の仕事があるでしょう。自分のやるべき仕事を放り出すのは賢いとは言えないね」
「レオン人気者なんですよ。基本的にあいつは愛想悪いですけど、教会のアイドルなんです。だからレオンのためだって言えば数か月ピアノ教室を休んだって分かってもらえます」
「そうだろうね。抗議に来たのもほぼ女性だったし君の生徒さんがいたよ」
「みなさん自称『レオンのおばあちゃん』と『おじいちゃん』なんです。だからあいつ祖父母が今10人くらいいますよ」
「複雑な家庭だねぇ」
サトウさんは空笑いしていたけれどアンさんは真面目な顔でサトウさんを見つめる。そして何度目か分からない頭を下げると声を振り絞った。
「お願いします。レオンくんに義足を作ってあげてください。レオンくんには本当にサトウさんの助けが必要なんです。お願いします」
「…………アンちゃん、君も変わったねえ。前の君は、人のために身を粉にして頑張るタイプじゃなかっただろう」
この2人は長い付き合いだ。サトウさんは頭を下げるアンさんのつむじを見ると、ふうとためいきをついた。
「レオンくんは頼れる肉親がこの世界にはいないし、私達だっていつ面倒を見られなくなるかわかりません。だから1つでもレオンくんができることを増やしてあげたいんです」
「お姫様の戯言に付き合う余力はじじいにもうないんだよ」
「戯言なんかじゃ……!」
「サトウさん、ならもう一度レオンに会ってやってもらえませんか」
アンさんの発言を遮った僕の言葉に、サトウさんの眉がピクンと跳ね上がった。
「レオンは今、断端で歩けるようになりました。それどころか自分で義足を作ってまで再び歩こうとしてます。どうかあいつの本気をもう一度見てやってくれませんか」
「……アンちゃんからそれについては聞いてるよ。国家資格が必要な義足作りに自分で取り掛かるだなんて確かにガッツがあるよね。でも、片足だけなら自作でも何とかなりやすいけど、彼は両足だろ。本来それぞれの専門家でチームを組んで取り掛からないといけない重症の患者なんだよ彼は。一朝一夕の知識では相当難しいよ。情熱を買ってやれと言いたいんだろうが、どうせそのうち諦めるよ」
「そうでしょか?あいつって実は諦めの悪いやつだと僕は思うんですよねぇ」
僕はサトウさんの隣へと席をずらした。
「サトウさん。僕、サトウさんの仕事に対する信念は理解できます。僕も2022年ではしがないサラリーマンでしたけど、担当させていただいた方は長くお付き合いしたいと思って一生懸命取り組んでました」
「……あぁ。
「はい。だからって訳じゃありませんが、同じ信念を持つ仲間というよしみで賭けをしませんか?」
「はい?賭け?」
「レオンが自作の義足で10歩以上歩ければ、サトウさんがちゃんとした義足を作ってやってください。あぁ、ついでに新しい条件も追加したいんですけど――……」
僕が新しい条件を告げると、サトウさんの目に微かに炎が灯ったのが見えた。
もしこれで賭けに失敗されれば僕は自分の人生をレオンに捧げる羽目になるけど、あいつの頑張る背中を見ればそれくらいの価値はあると思った。
「――――――なるほどね。それで歩けなかったら?」
「例の日まで毎日無償で食事を持ってきます。洗濯もつけましょう。それとも1つ」
「もう1つ、何だい」
「僕、指の骨を折ります。10本とも。もちろんアンさんの治癒なしです」
賭けの対象を聞いて、サトウさんは馬鹿にするように笑いだし、アンさんは即座に僕へ怒鳴った。
「そんな事されたって何の利ないじゃないか。約束の食事を作れないじゃない」
けれど、サトウさんは「いいよ。それでいこう」と言って賭けに乗ってくれた。しかも僕が新たに追加した条件も込みでだ。
帰りの車の中でも、アンさんはずっと怒っていた。初めからアンさんがこうなることは分かっていたけれどもう引き下がれない。アンさんの気持ちは十分理解できるけど、僕は僕の決心を取り消すつもりなんて微塵もなかった。
「何であんなこと言ったのよ!他にやり方はなんだってあったじゃない!」
「アンさん。もしサトウさんがレオンの義足を作ってくれるんなら、きっと人生最後の大仕事になります。それは命を削るレベルの大変な作業のはずです。それなら僕らも相応の覚悟を見せないといけないでしょう。ピアニストの僕なら指を取り上げることが、賭けとの対象としては最善だと思いました」
「もっと穏便な方法あったでしょ!?私の骨でもよかったじゃない」
「エウタナーシャを希望してるサトウさんがアンさんの身に何かある内容だと乗ってくれないでしょ」
「それでも他にやり方が――」
「一回僕の指折ったくせに」
アンさんは何も言い返せなくて黙った。
「――――大体、死にたい人は物は何も欲しがんないと思ったんです。実際、世話を見る系の話には前から全く乗らなかったじゃないですか。それなら、覚悟を見せることの方が大事だと思ったんです。職人ってそういうの好きだから。僕はレオンを信じてますよ。だからアンさんには、レオンを信じる僕のことを信じてほしいです」
「…………あぁ、ほんとむちゃくちゃ。何でスバルはたまに意味わかんないことしちゃうの?」
帰宅後に僕はすぐにレオンにサトウさんとの賭けの話を伝えた。本人は「スバルってそんなに頭悪いっけ?」と、怪訝な面持ちだ。
けれどポケットに手を突っ込んで短い足を組むと、邪気を跳ね除けるかのようにあははと大きく一笑いをする。
「でもわかった。そこまでしてくれるんなら俺、絶対歩くよ。10歩だろうが100歩だろうが」
自分を奮い立たせるようにレオンはもう一度不敵に笑った。
期限は一週間。
レオンの自立と僕の指をかけた賭けが始まった。