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ネオ水戸シティより愛をこめて
ネオ水戸シティより愛をこめて
七海トモマル
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月29日
公開日
2,358字
連載中
グリーンパンデミック。 それは、世界を緑あふれる平和なものにする願いが、暴走した結果起きたものだ。 世界から緑が失われていく中、 さまざまの技術や知識を総動員させて、 世界に植物を満たそうと考えた者たちがいた。 研究は過熱し加速していき、植物の遺伝子は暴走を始めた。 植物は、他の生き物を取り込んで増殖を続ける、 人類の脅威になった。 植物に取り込まれると植物の養分になる。 また、植物に近づきすぎると、細胞が植物化して植物の一株に変異してしまう。 人類は生きるための進化として、 植物耐性を得るに至った。 これは、グリーンパンデミック以後の世界。 壊滅したネオ東京メトロポリスから少し離れた田舎町、 ネオ水戸シティでの物語。 助川アキは、植物を切り刻む花術師という職業だ。 いまいち記憶にあやふやなところがあるけれど、 アキは今日も植物と戦い続ける。 そんな、近未来風の物語。

第1話

私の始まりの記憶は、箱だ。

箱には鍵がかかっている。

私はその中身を知ることができない。


次の記憶は水の満たされた器の中だ。

私はそこに浮かんでいる。

器の外に誰かいる。

同じような白い服を着ている。


『魂の定着、記憶の封印完了しました』

『今度の転移者は成功するだろうか』

『してもらわなくては困ります。この子は我々の、希望なのですから』


何を言っているのだろう。

わかるようなわからないような。

私は水の中で眠る。

心地よく、あたたかい。


眠っていると、揺れた。

激しく揺れた。


『襲撃だ』

『馬鹿な、ここは完全隔離していたはず』

『12号、13号、この子を連れて逃げろ』

『しかし』

『この子は失ってはいけない、絶対に』

『この子の父と母として、来るべき時まで育ててくれ』

『頼んだ。ここは我々が引き受ける』

『さぁ』


私は心地いい水から引き出された。

何かにくるまれる。


『絶対守るから。その時まで』


その声を聞きながら、私はまた眠った。

小さな私は誰かに抱かれてどこかへと。

それが私の最初の方の記憶。

おぼろげな記憶。

もしかしたら夢かもしれない。

けれど、記憶の箱はまだ開かずそこにある。


----


いつもの朝。

私は寝床で目を覚ます。

いつものように窓は暗い。

かすかに朝日が入る。

窓を植物が覆っているためだ。

窓だけでなく、家全体を、町全体を、すべて。


この世界は緑に呪われている。


この世界は、私が生まれる前、緑に祝福された世界にしようとしたらしい。

科学や遺伝子学、いろいろな技術を使って、

世界を平和の緑で覆うように計画したらしい。

不毛の砂漠もなく、二酸化炭素の増加も抑えるため、

まずは緑を増やすこと。

それがその頃の最初の計画であったと聞いた。

計画は加速して、植物の遺伝子は暴走し、緑は世界を覆い、

植物は他の生きているものを襲い、養分として繁栄するようになった。

被害がひどかったネオ東京メトロポリスでは、

人間が密集している場所で緑の爆発が起き、

多数の人間が植物に飲まれた。

その現象はグリーンパンデミックと呼ばれ、

世界のあちこちで起きたらしいと聞いた。

今ではネオ東京メトロポリスは、

植物耐性を持っていないと生きていけない都市になってしまった。

グリーンパンデミック当時の宮内庁は、

国の柱たる帝を、緑の襲えない聖なる大樹の中に安置し、

帝は名実ともに国を支える存在となった。

大樹はネオ東京メトロポリスの世界樹と呼ばれている。


私はそのネオ東京メトロポリスからやや離れた、

ネオ水戸シティで暮らしている。

父と母と私。

緑に呪われた街でつつましく暮らしている。

時折訳の分からない、記憶とも夢ともつかないものを見るが、

頭の中で何かが整頓されていないだけかもしれない。

何せ、私は性別すら整頓されていない。

私の性別は、花。

これは、世界が緑に呪われたころに出てきた性別で、

男でもなく女でもなく、どちらにもなりうる存在だ。

性別花は、生まれつき植物耐性を持っている。

グリーンパンデミックの何かしらの影響があるのかもしれないけれど、

私はよくわからない。

私の名は助川アキ。

性別は花として生まれたので、どちらでも使える名がつけられた。

私の職業は花術師。

グリーンパンデミック以前は、華道家というものがあったらしい。

花を切り、花を生け、花を楽しむ職業だ。

花術師は、その流れをくんでいる。

ただ、花を切るが楽しむことはない。

グリーンパンデミック以後、狂暴化した植物を、

静めて回るのが仕事だ。

植物は放置していると、

生きるものをどんどん取り込んで勢力を拡大して手が付けられなくなる。

その前に、植物の力を弱めるのが、

植物を切り刻む花術師の仕事だ。

植物にかなり接近するが故、

植物耐性がないと、すぐに植物に取り込まれてしまう。

あるいは、取り込まれなくても植物化してしまうことがある。

細胞などが植物になってしまう。

それが植物化だ。

植物化が進むと、人間の姿の植物になり、

それが新しい狂暴化した植物の一株になる。

これも植物耐性がないと防ぐのは難しい。

だから、花術師には性別花が多い。

男や女の花術師である場合は、

遠隔で植物の力を弱める、火を使うことが多い。

爆弾であったり、あるいは、遠隔操作して切り刻む機械だとか。

私は耐性持ちなので、鋏を使う。

自在鋏。右手の細胞と金属を同化させて使う、

対植物用の大鋏だ。

これならば確実に植物を切り刻める。

緑で呪われた時代。

私のような職業は、普通にいる。


----


ネオ水戸シティの一軒家。

私と父と母が暮らしている。

私は起きて身支度を整えると、

台所でミールを食べる。

ミールは植物を切り刻んで無害化処理を施した食品だ。

グリーンパンデミック以前は、

たくさん食用動物などが飼育されていたりしたらしいけれど、

密集させると植物に片っ端から取り込まれてしまうので、

今現在の主食はミールだ。

ミールを食べると植物化するという説を信じている人もいるらしい。

無害化処理を施されているので、

ミールにそれだけの力はないような気がするけれど、

グリーンパンデミック以前の世代は、ミールに謎の恐怖感を持っていると聞く。

そんな人は、魚を食べていると聞いた。

魚は高級品だ。

魚が取れる海辺から、

流通経路に乗せるには、植物の妨害を突破しないといけない。

道路も気を抜くと植物が襲ってくる。

それゆえ、魚は高級品だ。

そんな魚を食べられるのは富裕層か、

あるいは、山間部や都市部の植物から逃れて海辺に逃げ延びた人たちだ。

ネオ水戸シティにも魚は何とか入ってきているけれど、

ネオひたちなかシティや、ネオ大洗シティには、山ほどの魚があると聞く。

ネオ大洗シティから魚の運搬には、

戦車が先導して植物を焼き払っていると噂で聞いた。

そこまでして魚にこだわる人もいるんだと思いつつ、

私はいつものミールを食べる。

携帯端末で今日の花術師の仕事先を確認しながら、

私の一日が始まる。

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