剣を構える。薄く笑みを浮かべながら、オレ──あ、リアルじゃ女子高生だから「私」か。……まあいいや。このゲームの中では、私は最強のイケメン剣士だ。
「ふん……雑魚どもめ」
長い銀髪に鋭い瞳。完璧に作り込んだ理想のアバター。このアバターを作るのに50時間はかけた。眉の角度から口元のバランスまで、納得がいくまで微調整。結果、イケメン度MAXの完璧剣士がここに誕生した。
そして、ステータスは火力全振り。防御? 回復? そんなものは味方に任せる。火力は正義なのよ。斬撃一閃、たった一振りでドラゴンを吹き飛ばす。
ド派手なエフェクトがフィールドいっぱいに広がり、モンスターの断末魔と同時に「クエストクリア」の文字が光った。
周囲のプレイヤーたちがどよめく。
「さすがだな」「俺もあんな風に活躍してぇ」「あれ絶対ステ振り狂ってるだろ……」
よしよし、今日もイケメン完璧……。
そんな自分に、心の中でガッツポーズ。カッコつけてるけど、内心ではニヤニヤが止まらない。
──その時だった。
《【緊急】運営システムメッセージ:あなたを特別任務にスカウトします》
「……は?」
見慣れない通知が頭上に表示される。しかも、金色の縁取りに“未分類タグ”。今まで見たことないタイプのシステムメッセージだ。
次の瞬間、まばゆい光が視界を覆った。光の奔流。感覚のない浮遊。そして……着地音?
気づいたら。
私は、ウサギになっていた。
ぴょん。……ぴょんぴょん。
「な、なにこれ!? ジャンプしかできないんだけど!? しゃがみボタンがジャンプに割り振られてる!? いやどんなUI設定だよ!?」
ふわふわの白毛。丸っこいフォルム。手足短すぎて武器すら持てない。……明らかに──モブ中のモブ、NPCのうさぎだ。
「落ち着いてください。あなたは選ばれたのです」
突然、目の前に巨大なスクリーンが浮かび上がる。そこには、運営スタッフを模した黒スーツの男性アバターが映っていた。眼鏡、無表情、無駄にイケボ。なんだこいつ、AIか?
「……何これ、演出? イベントか何か?」
「いえ。これはシステムレベルでの直接対話です。あなたには、“ある特別任務”を遂行していただきます」
「特別任務? いやいやいや、話が早すぎない? なんで私が?」
「あなたの推理力を高く評価しています。過去、謎解きクエストでは全問正解。さらにはギルド内トラブルの仲裁も見事に──」
「うそ、そんなログまで見てるの……? てか火力でゴリ押ししただけだけど……」
「それで十分です。あなたには、ゲーム内で起きている“ある事件”を調査してもらいたいのです」
スクリーンに映し出される、赤く染まった草原。プレイヤー同士の戦闘ログ。その中に、見覚えのある名前があった。
「……え、これって、うちのギルメン……?」
「詳細は現地で。あなたは、他プレイヤーに気づかれず調査を行う必要があります。そのため、モブアバターに変更させていただきました」
「いや、だからって……うさぎ!?」
「可愛いは正義です」
「正義じゃねえよ!? 火力バカ剣士どこ行ったの!?」
「火力バカうさぎになっていただきます」
「余計タチ悪いじゃん!」
ふざけたやり取りの最中も、私の姿はずっとぴょんぴょん跳ねてる。止まれないのかこのうさぎ仕様……!
《新たなクエストが発生しました:
特別任務・モブ探偵、始動》
こうして、最強火力のイケメン剣士は──可愛い見た目の火力バカうさぎ探偵として、ゲームの闇に立ち向かうことになったのだった。
──翌日。
ぴょん。ぴょんぴょん。うさぎ姿にもだいぶ慣れてきた。というか、ジャンプ移動しかできないのが地味にキツい。
「うぅ……この見た目で高レベルエリア行くの、罰ゲームすぎる……」
かわいい見た目と裏腹に、中身はステータス全振りの火力バカ剣士。でもそれを活かす場面は、今のところ全くない。
「ていうか、本当に事件なんてあるの? ただのPvPじゃないの?」
ぼやきながら森を抜けた、その時──。
「っ……!?」
視界に、赤いログが走った。プレイヤーが、プレイヤーをキルした通知。
またPKか……最近、ほんと増えたな。
ゲーム内ではプレイヤーキル(PK)は合法だ。ただし、ほとんどのプレイヤーはマナーを守って共存している。なのに、ここ数日──急にキルが増え始めた。しかも、キルされた側の名前に見覚えがある。
「……この人、確か珍しい素材アイテムを拾ってたって噂が……」
ログをたどってみると、直近でPKされたプレイヤーは全員、特定のアイテムを所持していた。
偶然じゃない……?
その時だった。
「うそ……!」
再び流れるキルログ。その名前を見て、私は目を見開く。それは、うちのギルメン。一緒にレイドに行って、何度も死にながら素材を集めた、仲間だった。
「……何が起きてるのよ……!」
思わず叫んでいた。
ぴょん、と跳ねる足音も、今は悔しさで震えている。
その瞬間、頭上にまたしてもホログラムウィンドウが現れた。
《システムメッセージ:位置を確保してください。運営より通信が入ります》
「また……?」
近くの岩にジャンプして安全な場所を確保すると、黒スーツの運営スタッフのアバターが映し出された。
「ご協力、感謝します」
「協力って……こっちは聞きたいことだらけなんだけど!」
「この件に関して、あなたには特別な調査を依頼します。PKを行っているプレイヤーの特定は、我々もすでに済ませています」
「……じゃあ、止めればいいじゃん。なんでそれを私に?」
「彼は、ルール違反はしていません。PKはあくまで、ゲーム内で認められた行為。しかし──我々には理解できない“理由”があるようです」
「理由?」
「彼は、殺した相手すべてに共通する“何か”を持っている。それが何かを、我々は知りたいのです」
画面が切り替わり、赤いログと共に、死亡したプレイヤーのリストが表示された。
「動機を突き止めてください。あなたの火力と頭脳、そして……この見た目なら、彼にも警戒されにくいでしょう」
「うさぎで火力バカって、ほんとどういう判断だよ……!」
《任務詳細更新:標的プレイヤーとの接触、及び動機の特定》
──わかった。やってやるよ。
火力バカうさぎ、捜査開始。