日本は、可憐な魔法少女たちによって、保たれている。
『昨夜未明、帝都に現れたヴィランの群れですが、魔法少女アゲハの活躍によって見事殲滅されました』
訊き馴染みのある女性アナウンサーの声がエントランスに響く。中央に置かれた透過ディスプレイには、艶やかな黒髪を靡かせる少女が映っていた。鮮やかな黄色と紫色で施された、シフォンのように柔らかそうな衣装は、彼女の『アゲハ』という名前の通り、アゲハ蝶のようだ。
「やっぱ、すげーな。アゲハ」
隣から聴こえてきた声に振り向く。自分と同じ黒いスーツ。首から下げた名札には『魔法管理局監察官 東堂』と書かれている。
「ほら、あのステッキぶん回すとこ! アゲハのソロクリア率、ガチでバグってるだろ! 他の魔法少女、どこ行ったんだよって!」
東堂は興奮気味に言った。俺は苦笑いをしながら、もう一度ディスプレイを見た。
そこには、華やかなマジカルステッキを振りかぶるアゲハが映っていた。その姿は、蝶が飛び立つような美しさがあった。
日本各地に『ヴィラン』と呼ばれる変異体が現れるようになったのは、十年前。そして、それに対抗するかのように現れたのが『魔法少女』と呼ばれる、十歳から十九歳までの特殊能力に目覚めた少女たち。
テレキネシスや瞬間移動、身体強化、テレパシーや透視、予知など、いわゆる超能力と呼ばれる類のものを操ることができる。世間はそれを『魔法』と呼び、政府はヴィラン殲滅のために、そんな魔法少女たちを集め、管理下に置くようになった。それが、ここ、『魔法管理局』。
実際、同じような特殊能力を使うヴィランとまともに戦うことができるのは、彼女たちしかいなかった。
その中でも、アゲハは別格の強さを持っていた。
ヴィランの群れを一掃するアゲハの『魔法』によって、画面が白に染まる。それは、いつもの『お決まり』になりつつあった。
「何回見ても、このシーン飽きないよなぁ」
この一年は特に、彼女以外がヴィランと戦闘しているところを見たことがないくらいに。
「俺のバディも、アゲハみたいなシゴデキ魔法少女でありますように!」
東堂が、パンッと祈るように両手を合わせる。
俺たちは、そんな魔法少女たちと手を取り合い、支える、『監察官』だ。半年の研修期間を経て、今日、ついに『魔法管理局』に正式配属となった。
そして、自分のバディとなる魔法少女と初めて顔を合わせる日でもある。
魔法管理局地下一階。
窓はなく、鉄製の扉と壁に覆われている。蛍光灯の明かりに照らされたそこは、一歩足を踏み入れると独特な緊張感が漂っていた。
前方には、上官たちが立っている。先に並んだ同僚たちは、ひそひそと誰それのバディだとか、元警察庁の幹部だとかと話している。
「伊崎、伊崎」
隣に並んだ東堂が、声を潜めながら俺を呼んだ。
「なんだよ、もう始まるぞ」
「あの人だろ、一番左に立ってる、スーツパンパンの人。アゲハのバディ、中条さん! ニュースでも見たことあるけど、やっぱかっけーよなぁ!」
東堂が目を輝かせている。次第に大きくなる東堂の声に、周りの視線が痛い。上官たち……特に中条さんの鋭い視線が、まるで俺たちを値踏みするように刺さる。「静かにしろ」と東堂の口を押えた。
そっと中条さんの様子を窺い見る。
年齢は自分たちよりも一回りほど上だろうか。三十代半ばほどの、長身の男性。スーツを着ていても分かるくらい、その体は鍛え上げられている。
アゲハの活躍とともに、何度かメディアで彼の姿も映し出されたことがあった。名前は確か、中条保。
東堂の興奮も分かる。俺だって内心、まさかこの場で会えるなんて思わなかったと興奮している。中条上官は、アゲハのバディらしい貫禄があり、同性の俺から見ても、痺れるくらい恰好良かった。
「気を付け!」
定刻になったのだろう。上官の声が響く。ひそひそと話していた声は鳴り止み、ビリビリとした緊張が肌に刺さる。
「敬礼!」
右手を揃えて額に当てる。布擦れの音が揃って響く。直れ、の合図でその手を下ろした。
「半年間の研修、ご苦労だった。また、入局おめでとう」
登壇した五十代の上官の渋く落ち着いた声に耳を傾ける。
「今から、お前たち監察官は魔法少女とバディ契約を結ぶ。新米同士、切磋琢磨し、ヴィランを殲滅しろ」
上官が俺たちを見渡す。誰かが唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうなほど、静寂が張り詰めている。
壇上に立つ上官が、他の上官に頷いて合図を送る。その合図を受け取った者が、奥にある重い扉を開いた。
かつん、と軽い足音が響く。花のように甘い香りが舞った。
「研修中の成績や、監察官と魔法少女、互いの性格などを考慮し、こちらでバディを組む相手は決めさせてもらった」
可愛らしく、まだあどけなさの残る少女たちが、俺たち一人一人の前に立つ。
「小さ……えっ、かわよっ……」
東堂が、口を押えながらも声を漏らした。見れば、彼の前には、最年少の年齢として設定されている十歳くらいの女の子が立ち、東堂を見上げていた。小花柄のワンピースが可愛らしい。
俺の前で、足音が止まる。
一体、どんな女の子が俺のバディなのだろうか。
「よろしく、」
そう、第一印象良く、これからバディとなる魔法少女を怖がらせないことを考えて、柔らかな笑みを心掛けて振り向いた俺は、固まってしまった。
俺を睨み上げるように見つめる、猫のように目尻がつり上がった鋭い瞳。
(こ、こわっ……)
金髪に染められたストレートのロングヘアー。左耳には五つもピアスが光っている。
他の魔法少女たちは、東堂のバディのように可愛らしいワンピースを着たり、綺麗な格好をしているせいか、上下黒色のジャージは妙に目立つ。笑顔を作った自分の口角が、ひどく引きつるのが分かった。
メディアに映し出されたアゲハのふわふわシフォン衣装が浮かんで、脳内でガラガラと崩れ落ちていくような感覚。目の前のその子は、そのイメージとは正反対だ。
上官、すみません。ヤンキーが迷い込んでいます。
彼女は、綺麗に塗られたピンク色の唇を歪ませる。そして、舌打ちをすると、黒ジャージの袖をまくって腕を組んだ。
やはりこの子は間違いなく魔法少女なのか? そして俺は、これから毎日、この子のこの鋭い視線に耐えなければいけないのか?
「今、目の前にいる者が、お前たちのバディだ」
上官の声が響く。
「そして、監察官。お前たちは、何が何でも、自分の命に代えてでも、目の前の少女を守れ」