前回のあらすじ
色欲の魔族と遭遇。
最終決戦
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「見つけたぜ。七つの大罪 色欲の魔族。クスィ=アロンナ」
「あら♡やっと来てくれたぁ♡もう準備はできてるから、キて?」
両手を広げ、迎え入れるような体勢で色欲の魔族は言葉は優しくも、禍々しい殺気を放っている。
俺と優菜はそれぞれ武器を構えて臨戦態勢に入る。
クスィは眉をひそめて俺と優菜を交互に見て品定めしているようだ。
「来ないのなら、こちらから行くぜ?」
俺は一歩を踏み出し、クスィとの距離を一気に詰める。
剣を振りかぶったその時にはクスィの姿は俺の目の前から消えていた。
隙を作ってしまったと優菜の方へと視線を移したが、そこにいたはずの優菜も消えていた。
そして、先ほどとは違う濃い霧があたりを包んでいるのがわかった。
その瞬間俺は天を仰いだ。
「やられた。」
剣を振りかぶった時、あいつ、クスィと目があった。その瞬間に俺はあいつに術中にハマってしまったのだ。固有結界内での魔族は神の使いの俺と言えども手間取るほどの力にまで跳ね上がる。
地上に降り立ち、再度辺りを見渡す。殺気はおろか、人気すらもない。
さらに辺りに充満する黒い霧のせいで視覚、嗅覚などの感覚器官も鈍っていることに気づく。
現実味を帯びない視界、誰もいない空間。憶測だが、ここは”現実”ではなく、夢の中。
その証拠に地面を強く踏んで足跡をつけたり、武器を創造して周りの木々も思い切り、切り倒すが、黒い霧がその破損下部分を修復するように覆い、地面の足跡も切り倒した木々も元通りになる。
「さて、どうするか。と言っても、やることは一つだけどな。ま、現実の固有結界のせいで簡単には目覚めないんだろうな。」
俺は手に持っている剣を強く握りしめ、自らののど元に当てた。
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状況の整理を頭が投げた。授業で範囲外の問題が出たときのような。あるいは目の前で投身自殺者が落ちてきたような。そんな感覚。そんな思考の回転の仕方。
隣の命の恩人は突然、ふらつき膝から崩れ落ちるでもなくゆっくりでもなく、突然死んだように眠った。
「りゅ、龍兎さん?」
その知人に目を向けていたのがこの時の最大の間違いだった。
子守歌のような、優しいささやき声が私の耳元へ入り込んでくる。
「あら、彼疲れちゃったのかな?」
禍々しい殺気が背後から伝わってくる。
すぐそこに彼女がいるのがわかる。
そして、今振り向いたら、確実に死ぬ。
本能の警鐘と共に尋常でない冷や汗が一瞬で吹き出てくる。
龍兎さんが眠ったのは先程、言っていた固有結界というものと何か関係しているのだろうか?
それとも、別の何かか。息を荒立てながらも、頭の理性の部分は冷静さを取り戻しつつ、震える身体を動かそうと体全体の全神経へ信号を送る。だが、本能がそれを決して許さない。
どうしよう?相手になるのか?私が
う 手の内は? だれか…
す 動きは?読めない……けど、打開策は
る 人間ではない。 逃げたい。
? 結界の外へ逃げる? 逃げる?逃げる?
どうする?
どうしよう?
頭をかきむしりたくなるような異様で過剰なストレス。
ぐちゃぐちゃな思考。本能と理性の相違。
そして、最終的にまとまった二つの自律神経の結論。
何しても死ぬんなら、思い切りぶっ放そう…………
私は引き金に指をかけ、それと同時に恐怖という霧を振り払い、体もクスィの悟られないほど自然に緩やかに動いた。振り向き際に私はクスィに銃口を突きつけ、至近距離、ほぼゼロ距離でクスィの眉間目掛けて引き金を弾いた。
「死ね。」
乾いた一発の音と共にクスィは体をのけぞらせ、そしてそのまま倒れる。
それと同時に私の体は血液が巡り熱くなる。そして、私もそのまま地面へと倒れる。
あまりの集中と、思考の繰り返しにより、体に思った以上の負荷がかかったようだ。
かろうじて動く指先で冷たくなった鼻の下をなでると鼻血が出ているのがわかる。
もうろうとしてきた意識の中、倒れたクスィはそのまま起き上がることはないだろうと思っていたが、先ほどの光景を逆再生するように体を起こし、口で弾丸を取っていることを私に見せびらかす。
「やっと、効き始めたのね♡」
「何、をした?」
「あなたは今まで誰の出した霧を吸っていたかしら?」
思考がうまくまとまらない。
だが、これだけはわかった。どうやら、こいつの霧は感覚をマヒさせるらしい。
まずい。
早く。
立ち上がらないと。
私は銃へ手を伸ばすが、うまく力が入らない。
「残念ね~♡最後がこんな呆気なく殺されちゃうなんて♡でも、最後にこの私の美貌がゆっくると拝められるなんてあなた最高にラッキーね♡」
「最後まで、お前の顔を見るのはアンラッキー以外の何物でもないだろ。」
その声と共に私の声は完全にブラックアウトした。
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クスィの後ろも真後ろ。剣を後数センチ前へ突き出せば、心臓を貫ける距離。
眠っていたはずの布田龍兎はそこに立っていた。正真正銘、覚醒して、剣を両手に握りしめ、何食わぬ顔をでクスィを見つめていた。そのあり得ない光景にクスィは慌てて、龍兎から距離をとる。
龍兎は距離を取られると同時に、剣を地面に差しストレッチを始める。
「さっき眠ったはずでしょう?どんな手品を使ったのかしら?」
「手品の種明かししてほしいか?」
龍兎はあくびを一つ放つと、指を鳴らし、大きなうちわを作り出す。
「種明かしの前に…………お祭り大うちわ!!」
”祭”の文字が天から、地へと倒れてくると一帯の霧が風により一時的に吹き飛ぶ。
そして、龍兎の力に耐えられなかったのか、うちわは柄の部分が大きな音を立てて折れた。
そして、打ち上げ花火が散るようにうちわは消え去る。
「っぱ、限界だわな~伝説級の武器とか想像できたらいいけどな~芭蕉扇とか、な……と、それよりも種明かしだったな~簡単だぜ?”夢の中で自分を殺しまくる。”だ。」
「く、狂っている。」
クスィが爪で攻撃してくるが、龍兎は優菜を抱きかかえ、クスィから距離をとる。
そして、優菜を降ろし、クスィへジト目でにらみつける。
「さぁて、どうしたもんかね。殺傷、外傷ありでの回収はダメ。だからと言って、説得もダメ。お前、めんどくせ~」
「な、なら見逃してちょうだい♡後でたぁーっぷりとお礼してあげるから♡」
「おあいにく様。俺にはもう恋人がいるんでね。浮気は絶対しないって決めたんだ。」
龍兎は目にも止まらない速さでクスィへ突進する。
クスィの目の前には白い閃光が現れる。頬にかすり傷が入るとクスィはまた距離をとる。
そして、自らの”血”で手を武装し、爪を作る。二劇をその爪で受け止め、二人の動きは火花が散るとと共に止まる。
「あらぁ♡
「バレたか。」
龍兎はそのまま剣を手放し、ナイフを創造する。
クスィはそれも受け止めると、空いた片手で龍兎の心臓を貫こうと爪を突き立てようとしたが、龍兎はもう片方の手にもナイフを創造し、クスィの爪攻撃を防ぐ。
「あらぁ♡結構早いほう?肩で息してるわよ?」
「バカ言え、お前の動きを確実に止めるためにこの位置まで微調整したんだよ。」
クスィは首をかしげると、背中に痛みと衝撃が走る。
「な……に…………?」
視線を移すと、先ほど運ばれていたはずの式守 優菜が愛銃を構えて白い煙を吐く銃口をこちらに向けていた。苛立ちを隠せない表情に龍兎は煽るように問題を出す。
「さて問題。
神からの制約、神使は任務時、回収目標を必要以上に傷つけてはいけない。
だが、神使が協力者として迎え入れた人間はどうだろう。
「時間切れ~正解は~神代山を守っている式守 優菜という人間の協力者に頼るでした。クイズに答えられなかったクスィさんには参加賞の弾丸が授与されま~す。」
「な、めた……真似を。」
クスィは龍兎へ突き立てていた力を緩め、ターゲットを優菜へと変えた。
爪の攻撃を当てようとクスィは距離を詰めるが、優菜は落ち着いた様子で引き金を連続で弾く。
右目、左足、右肩の三か所を打ち抜かれてクスィはその場で膝をついた。
「くっ……」
「さて、と観念しなさいな~」
龍兎は手錠を創造し、クスィを拘束しようと肩を掴んだ瞬間、クスィは口角をゆっくりと上げる。
その表情に違和感を覚えた龍兎の背中に衝撃が走る。否、前触れもなく、衝撃が来た。
血の刃、そのアザミの華のような無数の棘が龍兎の胸を貫通した。
「ハイ♡貫通♡そして、喪失おめでとう♡」
「ごぼぉ……汚ぇ字ズラしやがって……ごぼぼ」
動けなくなった龍兎の心臓目掛けて、次はクスィ自身が前から爪を突き刺す。
心臓まで手が届くと、優しく心臓をなでる。早くなる鼓動に隙間からこぼれる鮮血。
「があ”あ”!!」
「あらぁ♡鼓動が早くなった。気持ちいいの?♡」
湧き水のように溢れ出る龍兎の鮮血をなめまわし、心臓を握る。
龍兎は目を白黒させながら、ギリギリ聞き取れる人語で叫ぶ。
「あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」
「あらぁ♡叫ぶほど気持ちいいのね♡」
優菜は何とかこちらに意識をそらそうと引き金を弾きまくるがとうとう弾切れになってしまった。
涙声で龍兎の名前を呼ぶ優菜はバッグに予備の弾丸がないか調べる。
「龍兎さん!!!」
だが、痛みに叫び名がら、龍兎は何か小さな塊を2つ優菜へと投げる。
その小さな塊を受け取ると優菜はすぐにそれを弾丸と認識し、銃へと装填する。
優菜が弾丸を装填したのを確認した龍兎はクスィを力の限り抱き寄せ叫ぶ。
「撃で!!!」
「でも!!!」
「撃で!!ぶぢ抜げぇっ!!!」
優菜は震える身体を深呼吸で鎮めて指示通りにクスィの頭を狙い、神に祈りながら引き金を弾いた。
色欲の章 色欲 1