「ったく……やってられっか!!」
非凡なサラリーマン、田中 啓介は千鳥足でフラフラと帰路を進む。
本日の営業で以前からお世話になっていた取引先から突然、契約解除を言い渡され、上司からはお叱りを受け、とうとうクビになってしまった。入社当時からあまりうまく立ちまされず、辞めた先輩にもボロボロに怒られながら、もう10年経っていた。後輩にも成績で抜かされ、顎で使われる始末。同僚も皆、会社を辞めてやけ酒の愚痴を聞いてくれる人も以いない。孤独、苦悩、もどかしさ、その他のありとあらゆるストレスが彼の肝臓と心を蝕んでいる。
「なんれ、とちゅーでいっぽーてきにけいやくをきんだよぉ!!おれのしぇいでもにゃいのにぃ!!怒られて、あらまさげでよ!!」
街灯に照らされた夜道が酔いにせいでまともに認識できていない啓介は時折転びそうにながらも、人間の帰巣本能のみでその帰路を歩く。深夜も12時。午前0時に長針と短針が重なる時、ふと、寒気と共に視線が横へと移動した。
「こんあ、道あったかぁ~?」
いつもの帰路、違和感の横道はどこか魅力がある訳でもなく、ただ、啓介はその道にふと立ち寄りたくなった。
しかし、それは間違いであり、啓介はすぐに後悔することになる。
ふらりと足を踏み入れ行くとだんだんと街灯の明かりが少なくなっていき、とうとう頼りになったのは月明りだけだった。薄っすらと道を照らすその白い光を頼りに啓介はだんだんと酔いが覚めてきて頭の中の違和感に気付く。
なぜ、自分はこの道に入ったのか。
そもそもこの道は何だろう。
この先にはどんな道が広がっているのだろうか。
明日も会社だから………いや、今日でクビになったんだッた。
そんなことを考えながらふと視線が前向くと何かに激突した。顔面を強めに打った啓介は鼻を抑え、鼻血が出ていないことを確認するとぶつかったものに人気を感じ、にらみつけぼやく。
「って~な……どこ見て歩いてんだ!」
薄っすらと照らされた人気のある”それ”は紛れもなく人型をした影だった。
自分の声に何もしゃべらないどころか、動こうともしない”それ”を啓介は思い切り蹴りつけて、顔を寄せる。
「お前、聞いてんのか!ぶつかったんだぞ?ちょっと……は………は?」
目が月明かりに慣れてくると、啓介は人気のある”それ”が”石像”だと気付く。鬼気迫る表情の石像。顔を苦痛に津がめているようにも見えるその石像と目が合うと、背筋に冷たい空気が一気に駆け抜けていった。
「石像……?妙にリアルだな。」
悪寒とは別にかなりのできに素人目でも分かるくらいには作り込みが細かい。恐らく、オークションなどで出せば高値で売れるだろう。石像をよけ、さらに奥へと進もうと足を動かし奥へと進んでいく。そして、周りを見渡しながらだんだん進んでいくと石像の数が増えてきた。増えていく石像に恐怖を感じながらも、この先にある”何か”を見たいという好奇心を抑えられず、啓介は恐怖しながらも足を止める様子はない。
時計の長針が6を差す時、周りの気配が先程とはガラリと変わる。寒気は一層増して、コートがないとこの身は震え、指先はだんだんと感覚がなくなっていった。身体が震え始め、吐息には白く色がついている。
「さ、寒、寒い……」
それでも進もうと足を一歩頑張って踏む。その一歩を踏むと何かが聞こえ始める。
『………よ。』
幼い声。
男の子のものなのか、はたまた女の子のものなのか、それは分からないが氷がなるようなその声はこちらに何かを訴えかけているように聞こえる。
『…………てよ。』
だんだんと近くなる声に、啓介の足も速くなる。
誰がいるのだろうか。
助けを求める声なのか。
分からないが、奥へ着けば分かる。
そして、見つける。
業務用ゴミ箱の側、影がうずくまり震えているように見える。
啓介は即座に駆け寄り、背中をさする。
『…………を…………てよ。』
「大丈夫ですか?ここは何かおかしい、早く行きましょう。」
無言で顔が動くと長い髪からは眼がギョロリとこちらを見つめてきた。少し驚きながらも、啓介は身体を持ち上げようとしたが、影は顔を目と鼻の先まで近づけ、視線をぶつけてきた
「いいなぁ、ちゃんと見てくれる人がいて。いいなぁいいなぁ。」
「な、何を言って………」
「いいなぁ、いいなぁ……私も、私も、なりたいな。」
その態度に啓介の生物的本能はすぐにアラートを鳴らし、反射的に踵を返し走ろうと身体をひねるが、すぐに転んでしまった。それと同時に、足に何とも言えない痛みがかけ始める。
往復する痛みの正体を知るため、月明かりを頼りに足元を確認する。くるぶしの辺りから足が取れて、大量に血が出てきた。だが、それでも立ち上がり走ろうとした。しかし、感覚がおかしい。再び足元を確認すると、自分の足がくるぶしから下が取れていることに気付く。
そして、それを確認してしまったが故、啓介を襲っていた痛みは一気に増幅する。
「い、あ”あ”あ”あ”あ”!」
痛みの中、自分の足の行方を探そうと地面を這いつくばり、そして見つけた。影の足元、そこに石となって張り付いていた。
そして、気付く。
ぶつかった石像。
道に並んでいた石像達。
そのすべてが顔を歪めていたこと。
細かい出来。
それもそのはず。
見てきた石像は本物の”人間だった”のだから、
一気に好奇心が恐怖心へと化ける。
「は。ははっ……」
ジワリと目頭が熱くなり、涙が流れ始める。
「いいなぁ、いいなぁ私もキミみたいになりたいなぁ」
だんだんと固くなる体。
そのうち、指先すらも動かせなくなって啓介は口を大きく開けが叫ぶことも許されず、そのまま石になった。
「いいなぁ、いいなぁ、皆、私も皆みたいに、ねぇ、皆私を見てよ。ねぇ皆。」
影は啓介を石にし、魂を取り出すとその場から、ブツブツと同じことを繰り返すと文字通り闇へと溶けていった。
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「ここか……」
務田 皆無は、魔族の後を追いかけこの世界へと降り立った。時刻は1時。こんな時間なのにも関わらず、ネオンが昼の光のように目を突き刺すこの街は眠らない街”帝京シティ”
朝、昼はサラリーマンがせかせかと道を歩き、夜は繁華街のネオンの華が光を放ちながら咲き誇る。
「いや、ここではなさそうだな。」
当然ながら、魔族はこんな多くの人目のつく場所で人間を襲うバカなことはしない。
一通りごみごみした繁華街を歩くとすぐに街から近い暗い住宅街へと向かった。
帝京シティから電車で5分。徒歩換算で大体23分。妙な町があった。
苦悩の顔をした石像だらけの町、上城町という町だ。
道端、路地裏、敷地内、果ては屋根の上までにも石像がある。しかもその顔はどれも苦悩に歪んでおり、どれもこれも幸せそうな顔は一体もない。
「証拠を残してもなお、バレていないと思っているのか……飽きれた。一体何年でここで食い荒らしてる……」
この町の光景をみた瞬間、無田は「ここにいる」と確信した。異様な石像たちを何年も放置して、住民は迷惑していないのだろうか。疑問が頭を横切り、聞き込みをしようと決心したが、もちろん、今は深夜。聞き込みは不可能と判断し、帝京シティのホテルで一夜を過ごそうと上城町を後にしようと踵をかえすと、一枚、札が飛んできた。和紙製の札で何か幾何学模様が書いてあることに気付く。橙色の太陽を連想させるような幾何学模様。何だろうかと考えていると、札は白く光り、そして、膨張し、爆発した。
「…………!!」
能力を使うのが遅くなった無田は左手に”軽傷”を負う。煙を振り払うと、もう一枚札が飛んでくる。先程と同じ札は無田の目の前で爆発しようとまたもや白く膨張する。
「かかったわね。」
膨張を止めた札はそのまま、地面へと落ちる。
無田は声の方へ目を向けると、少女が札を構えてこちらを見つめていた。
巫女服と言うには結構現代風にアレンジされたミニスカートの服。見る人が見たら、最初に「巫女」ではなく、「魔法少女」という言葉が出てきそうなそんな服だ。ただ、無田はその姿に「厨二コスプレ少女」という言葉を投げかけそうになったが、先程の札の爆発という異能な技に悟る。
「…………なるほど、この世界の主人公(ヒロイン)の一人か。」
「何をブツブツと……あんた、今追い詰められている自覚ある?」
「はぁ、知らん。あと、俺は助けなど必要ないと言ったはずだが。」
少女とは明後日の方を見て首を傾げる無田に対し、少女は話しかけながら、札を飛ばす。
「どこに話かけてるの?」
飛んできた札をノールックで握りつぶすと無田は少女をにらみつける。
「お前に言っていない。ひっこんでいろ。」
「はぁ?意味わかんないし?」
パチンと指を鳴らすと、先程膨張を止めた札から、黒い鎖が出てくる。
「縛ノ札:黒鎖。もう逃げられないわよ。」
「くだらん。」
溜息をつきながら、無田は足を動かし、帝京シティへと進もうとする。
だが、黒い鎖は無田の身体へと食い込む。抜け出せない様子に少女は得意そうな表情で無田の近くへと降り立つ。
「無駄よ。その鎖はちょっとやそっとじゃ、逃れられないわ。」
「はぁ……もうわかった。好きにしろ。」
「そう、後悔はないわね?行くわよ?」
無田の溜息と共に、少女はお祓い棒に札をつけ、地面へとたたきつける。木製のお祓い棒は札の能力のおかげでコンクリートも抉るほどの硬度になった。その硬度のお祓い棒を無田の頭に思いっきり叩き入れたり、腹や腕も殴る。だが、務田の表情は変わらない。
「何?打撃は効かないってわけ?だったら……」
再び札を取り出し、三枚を飛ばし無田の周りに三角形になるように配置する。
「おーがんばれ、がんばれ~」
「余裕なのも今のうちよ。」
余裕そうな無田に対し、少女は両手をパンと鳴らし、札の効果を発動させる。
札からは青い雷が現れ、無田を拘束する。そして、雷は球体となり、無田を囲む。
「圧ノ札:三重結界」
だんだんと雷の球体は小さくなり、無田を押しつぶそうとしている。
無田はそろそろ頃合いだと思い、能力をつかい、発動している札の能力を全て無効化した。
そして、突如札の力が切れたことに少女は驚き、無田から距離を取る。
「あんた、ただの魔族じゃないわね?」
「そうだな。魔族はないな。」
踵を返し、とりあえずこの場から離れようと歩き出すと、少女は再び札を飛ばす。
「くどい。」
無田は飽きれて、能力で札を無効化し、そのまま歩き続ける。
「待ちなさい。終ノ札:神殺」
投げた黒い札は黒い玉になり、目にも止まらない速さで無田の方へと飛んでいく。
もちろん、無田はその札も無効化する。そして、少女の方へ向き直ると、深くため息をつき、めんどくさそうな顔で少女と目を合わせる。
「無駄だ。俺の力は神も殺せる。神殺しの能力すらも無効化できるぞ?」
「そんなこと言われて信じると思う?今回の事件の黒幕ではなさそうだけど、私はどんな小さな「芽」でも摘むのが主義なのよ。おとなしく、倒されなさい。」
「俺と似ているとこがあるようだな。だが、俺にかまってる暇があるのなら、向こうの人を助けたらどうだ?」
「あら、そんな嘘もつけるのね?」
「いいのか?もれなく、人が一人死ぬぞ?」
迷った少女は指を差された方向へ飛んでいった。無田はそのあとをゆっくりとついて行く。無田の指さした方向、そこには本当に魔族がいて人が襲われていた。
「俺の探している奴ではないな。」
花魁、武士、足軽、百姓、十二単、振袖、様々な種類の混ざり合った奇妙な着物を身にまとい顔は般若のお面を中心に周りにはオカメ、ひょっとこ、天狗などの和風なお面が浮いており、手入れのされていない乱れた髪を搔き分けている。無田はその姿にある悪魔の名を口に出す。
「ダンタリオンなのか?」
「あら、よく知ってるわね。でも、あいつは違うわ。」
少女は得意そうに、その魔族へ向かっていった。札を飛ばし、爆発させ一般人を逃がす。
怪我の有無を確認していると少女には完全に隙だらけだった。その隙を魔族は逃さずに少女の背に刀を突き立てようとした。無田は苦虫を嚙み潰したような顔で神のシナリオ通りに動く気になったのか、少女に突き刺さろうとした刀をかばう。そして、魔族を一瞬で殺し、少女に自己紹介する。
「神より命を授かった、神使の無田 皆無だ。お前の名を教えろ。」
仮面の魔族は血も、肉片も、灰も、影すらも、跡形もなく消えた。
「何を言って……」
少女は驚き、無田のその先程よりも鋭い眼光に委縮した。
た。