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49:戦士

痛む全身を叩き、俺は目の前の無邪気な笑顔を向けてくる銀色の狼の魔族の顔面にめがけて拳を繰り出す。見事命中…というより相手は全く避ける気がないのだろう。


俺もそうだ。


ここで避けたら負けた気がする。ここで引いたら俺は負ける。


だから、ここで避けたりも引いたりもしない。俺は真っすぐ。ただ拳を繰り出して弱ったところを捕まえる。


だから、俺は……


────────────


震えあがる全身に力を込めて僕は目の前の怒号を響かせながら殴り掛かってくる黒い鎧の戦士の顔面に拳を繰り出す。もちろん命中…いや、恐らく彼は全く避ける気がない。


僕もそうさ。


こんな楽しい殴り合い。避けたらもったいない。引いたらもったいない。


だから僕は笑顔で嗤いながら、ただ真っすぐに拳を振るう。そして、彼を殺し、彼の持っている石を奪う。


栄光の奪還と魔族の繁栄のため。


だから、僕は……


『この戦いを制する!』


────────────


笑い声と相反した怒号とお互いの拳が顔面に、胴体に、腹部に、当たる音だけが響く。優吾がギンロの右の頬を殴れば、ギンロは優吾の左頬を殴る。優吾がギンロへ蹴りを入れれば、ギンロも蹴り返す。お互いに防御も避けもせずにただただ殴り合う。数分、数時間、そんな時間が流れる。時折、上層から爆発音も聞こえてくるが、二人はそんなものには耳を貸さず、ただただお互いを見つめ、捕獲を目的とした戦士と殺生を目的とした魔族はお互いのために殴り合う。


ギンロの幾度目かの拳が優吾の顔面へ当たる。鎧は限界を迎えていたのか、ヒビが入るとそのまま崩れ去り優吾の人の顔が半分ほど露出する。ギンロは、そのまま猛攻するが優吾はギンロの右の拳を受け止め、追撃の左の拳も受け止める。そのまま優吾はギンロの両腕を広げて腹部へ膝蹴りを叩き入れる。吹き飛ぶと同時にギンロの腕を離しギンロはそのまま壁へ激突する。



「…手間、かけさせやがって……」


肩で息をしながら、土煙の中へ入りギンロを確保しようと手を伸ばすと、ギンロは伸びてきた優吾の左腕を捕まえて引っ張ってその勢いで露出しているほうの優吾の顔面へ膝蹴りを入れる。右頬へ激痛が走り、体勢を立て直しながら吹き飛ぶ優吾は冷たくなる右頬を触るとその手は赤く染まっており、ギンロの姿をとらえようと前を見ると、右目だけが赤く染まり視界不良となっている。


「油断、大敵!」


「なめやがって……」


優吾は右目を閉じて良好な左目の視界だけでギンロをとらえて拳を構える。ギンロは笑顔を崩さず、優吾の死角へ移動する。優吾は死角からの攻撃に備えてカウンターの準備をする。だが、戦況はギンロが握っておりカウンターを準備した優吾へ左からの蹴りを入れる。優吾はその蹴りを反射で両腕で受け止め押し倒そうと前に出るが、ギンロはそのまま死角から拳を叩き入れて顔面の右側をさらに破壊しようと拳を何度も振るう。優吾はその痛みを我慢し掴みながらギンロを壁へとぶつける。背中をぶつけのけぞったギンロの左顔面をへ拳を振るい自分と同じようにする。拳を入れた優吾は先ほどの痛みの我慢が限界を迎えてギンロの足を離し後ずさる。優吾に左顔面を殴られ視界不良となったギンロは視界を確保するため左の目の血を拭う。


後ずさり隙だらけになった優吾へギンロはタックルをして優吾を押し倒し、馬乗りになり拳を叩き入れる。優吾は顔面を守るため腕でガードするが、ギンロは防御をしている優吾の左腕を掴み関節技を決めて優吾の左腕を使い物にならなくする。優吾はその痛みをぐっと飲み込み左肩を動かし折れた腕でギンロを投げる。ギンロはそのまま優吾から離れて、フラフラと立ち上がる優吾へ爪を突き立てようとするが、優吾はその爪を剣で防ぐ。


「おいおい、武器は、ルール違反、だろ……?」


「そんなこと、知ったこっちゃあ、ないね……!」


互いに肩で息をして爪を、剣をお互いに突き立てようとするが、拮抗した力のせいで二人の位置は全く動かない。ここで初めてお互い、バックステップで相手と距離を取った。お互いが肩で息をしてお互いに見つめ合い出方をうかがう。先に動いたのは優吾だった。折れた左腕を下げたまま右拳を突き出そうとギンロと距離を詰める。その時、優吾の目の前に何かが降ってきた。その巨体は優吾の拳を防ぎ、優吾の動きを止めた。拳の先を目で追うとそこには銀色の使徒幹部 エファ=レント=グレイだった。


「てめぇ……」


「これ以上は、やらせん。」


ギンロはエファのその行動に今まで笑顔だった顔をゆがめエファを勢いよく蹴り飛ばした。


「邪魔をするな。」


エファが蹴り飛ばされると同時にギンロは優吾へ爪を突き立てようと伸ばしたが、優吾の前に誰かが立ちふさがり盾となった。ギンロは再度入った妨害に顔を歪めて、爪を思いっきり突き刺す。優吾の前に現れたのは、調査班の黒影だった。黒影は優吾の方を見ながらギンロの攻撃を背中で受け止めていたが、ギンロの爪は黒影の背中から心臓部へ貫通しており、仮面から吐血する。


「黒影さん!」


「ごふっ……よかった……」


「邪魔だ!」


ギンロは黒影を蹴り飛ばすと黒影は川でする水切りのように地面にバウンドしながらそのまま地面に食い込む。優吾はすぐに黒影へ近寄る。ギンロは白けた表情で爪についた血を振り払う。その血の匂い、魔力に目を見開き、ニヤリと口角を上げる。そして、近づきながら黒影の仮面だけを魔力弾で器用に飛ばす。優吾は黒影の仮面の下の顔に驚愕した。


「久しぶりだね……晴山 大介。」


「父さん……なのか……?」


他人の空似でなく、その顔は確実に父の晴山 大介の顔だった。大介は吐血しながら優吾へ笑顔をぎこちない向ける。


「ば、バレちゃった…な」


「な、なんで……」


大介は優吾の手を握りながら血まみれの口で弱々しく笑顔を作る。


「君に、石を託して、死んだつもりだった……でも、冬至さんが、それを許して、くれなくてね……父親らしいことができなかった僕が家に帰っても優吾に拒まれるのが怖かった……だから、父さんはこの仮面をつけていつか来る優吾のサポートをしようと思っていたんだ……でも、やっぱりダメだった……な…」


「やめろよ……なんで今そんなこと言うんだよ!俺が治すから死ぬな!」


優吾は出血が止まらない父の左胸の穴を必死に握って止血しようとするが、血はとめどなく出てくる。大介は優吾の腕をどかし止血を止めさせる。


「この傷では、もう助からない……それよりも、石のことを伝えなくては……」


「石なんざどうでもいい!!今はあんたの命を救うことが優先だ!!これ、こうやって……こうで……なんで、なんで止まらねぇんだよ……!!」


大介は優吾の手を振り払い、今出るすべてを振り絞って優吾の顔を引き寄せる。


「いいから、聞きなさい……!君の今後にもかかわることだ……!その石だが……霊石 ……魔法と魔術が使えるようになる魔導人工物、だ。でも、その自体に魔力は宿らない。それは……受け継がれてきた…………ごふッ……」


大介は全てを言い切る前に事切れた。その様子を見ていたギンロは腹の底から笑った。優吾は大介の屍へ身に着けていた仮面を持たせて光を失った瞳を閉じるように瞼を下げる。大介の顔は何となく微笑んでいるように見えた。ギンロは嗤い疲れ息を整える。


「はぁ……結局、最後まで役立たずの班員だったわけだ……息子にもまともに伝言できずにまともに会おうともしない……」


「てめぇ…だけは……殺す……」


殺気立つ優吾を見つめてギンロは笑顔になる。


「そんなボロボロの体でまだやる気なんだ……いいね……いいよ……来て……」


優吾は、右腕に魔力を集中させる。ギンロはこの一発で仕留める気だと察し、優吾と同じく右拳に魔力を集中させる。互いに魔力が十分に溜ったのを確認すると、ゆっくりと歩き出し、だんだんと速度を上げそして走る。エファは膨大な魔力に危機を察知し二人の拳がぶつかり合う前に穴へと跳躍したが、


すでに手遅れだった。


二人の右拳がぶつかり合い、魔力と衝撃が周囲をだんだんと破壊していく。エファはその衝撃に押され上層部へ吹き飛び天井へ激突し頭部が破裂し一瞬で死に至る。なおも、二人の拳が生み出した衝撃は広がり続けた。そのまま本拠地は大きな爆発を起こし山が一つ吹き飛んだ。


『闇の中に……光が……ははっ…そうか……そうだったのか……』


ギンロは崩壊する視界で優吾の拳の中に光を見た。


────────────


爆発が起こる数十分前。本拠地へ乗り込んだ彩虹寺、夢希、海辺、一心、朱晴の五人は優吾の後を追跡していたが、長い廊下の中一向に大神のもとにも優吾のもとにもつかない。


「魔力の反応がありすぎてどこにいるか分かんねぇな。」


「はんちょーでも魔力感知できないときがあるんスね……」


「そりゃ、こんな狭いところに長時間いたらな。」


歩いていると、彩虹寺が壁に何かを発見する。押し込めそうなくぼみのような感覚。止まった彩虹寺に海辺は心配そうに近寄る。


「大丈夫かい?」


「ここ、ここに何かある。」


元軍人の一心に見せるが首を傾げる。


「罠にしちゃ、目立たねぇし引掛けようって魂胆が見えねぇ……火薬の匂いもしない。……試しに押しゃいいんじゃねぇか?」


一心は他のメンバーに確認せずにボタンを押してみる。海辺と彩虹寺は慌てて止めようとしたが一心はすでボタンを押した後だった。


「なにしてんですか!?」


「だが、何も起こらないな。」


「だろ?罠じゃねぇって。」


しかし、ボタンを押しても何も変わらない。一心はボタンを三秒押しするとボタンのある壁から突然通路が現れた。


「隠し通路…だよね?」


「そうみたいだな……」


「でも、音出したり、変形しなかったっス。」


「ホログラムとかですかね。」


「んたこたぁいいから行くぞ。」


彩虹寺たち一心を一番前に歩き出し再び続く廊下を歩く。歩いて行くと扉が出てくる。扉の近くにはパスワードを打ち込む端末が設置されていた。一心はその端末に少し苛立ち端末を熱で溶かしパスワード無視で扉を開ける。部屋に入ると画面を見つめる大神 阿頼耶がいた。大神は彩虹寺の方へ目を向けて手を振った。


「やぁ、待ってたよ。」


「どういう意味だ。そして、もう一人銀色の魔族がいたはずだ。」


「あぁ…彼かい?彼ならね、逃げたよ。僕から銀色の魔族細胞のデータを受けるとそそくさとね。」


海辺が前に出て大神へ手錠をかける。大神は素直に手錠をして大人しく同行するそぶりを見せる。そんな素直な大神に一心はどこか疑いの目を向ける。


「やけに素直だな?何かあるのか?」


「いや?そろそろ、ここも終わるから……あ、そうだ、僕の右ポケットに入っているUSB証拠品としてあげるよ。魔族細胞とか君らの晴山 優吾の戦闘データが入っている。」


「なんでんなもんもってんだ?」


「そうだな……僕の研究を認めてほしかったから。かな…まぁいいよ…これから起こることに君らは僕の手を、いた記憶を借りたくなるはずだからね……」


彩虹寺たちは大神の意味の分からない発言を不審に思いながら帰路へつく。帰路の途中で彩虹寺は優吾のことについて聞く。


「晴山はどこに行った。」


「ん~?それなら、この先に行ったはずだから迷ってるんじゃない?この先はアリ魔族たちに研究所拡張工事を任せているからね。」


彩虹寺は優吾を探しに行こうとその廊下の先へ行こうとしたが、一心に止められる。


「どうしたんですか?」


「お前ら、全力で走れ。」


一心の言葉通りに走り始めると同時に廊下の奥から爆風が迫ってきた。彩虹寺は後ろを振り向きながらその爆風を見つめる。やがて、走るだけでは爆風に追いつかれてしまうと悟った一心は自ら一番後ろへ行き羽を展開する。


「お前ら、俺につかまれ!!」


一心はそのまま大神を含めた五名を抱え、そのまま爆風に押され外へ飛び出した。飛び出すと同時に待機していたメンバーは魔法の準備をしてた。一心は星々とすれ違うと「全力」と耳元でささやく。星々はその声にうなずくと片手で太陽爆球サンシャイン・バーストを放ち爆風の衝撃を相殺する。吹き飛んだ山を見て四夜華は手を広げてその場の全員を守るようにワイヤーを何重にも展開し岩の雨をワイヤーで防ぐ。何時間にも及ぶ岩の落下する音に彩虹寺は優吾のことが心配でソワソワとしている。それを落ち着けるように星々は彩虹寺の肩に手を置く。


「優吾君なら大丈夫さ。きっと。」


『そうだ、いつだってあいつは、晴山は帰ってきた。何があっても立ち上がって帰ってきたんだ……今回だって……』


落下音が終わり静寂が訪れ、四夜華はワイヤーを解除する。彩虹寺はいの一番に走り出し再び本拠地へ入ろうとしたが、そこには何もなかった。ところどころに研究所の鉄の壁や廊下を見つけるが、その穴は深くまで空き爆発した範囲には火の手が回っていた。彩虹寺は穴にむかって飛び込もうとしたが、星々はそれを止めて茫然としている皆へ呼びかける。


「一旦、帰還しよう。正気もひどいし、そこの研究者の研究のせいで出ている化学ガスも充満してきてる。行方不明者の捜索は準備をしてからだ。」


彩虹寺は膝から崩れ落ちその地獄絵図をただ茫然と見つめることしかできなかった。


「晴…山……?」


「綾那ちゃん行こう、一旦準備を整えるだけだ。それからでも遅くない。」


「……はい」


彩虹寺は立ち上がりその場からゆっくり後ろを気にしながら歩いて行った。


────────────


熱さと共に目を開く。何かが燃えているのかすぐ横でパチパチと炎がはじける。

身体を起こそうと腕を付こうとしたが腕が動かない。違和感を感じ、飛び起きようとしたが、身体自体が動かない。声も出そうとするが、声が出ない。


『なんだ?これ、俺、今どうなってる?』


視界がはっきりとしてくると、うつ伏せのままで地面とギンロと思しき肉塊が見える。向こうも動いてるので生きてはいるみたいだ。だが、ほぼ原形をとどめておらず時間の問題だろう。俺は肩に力を入れて這いずり匍匐前進の要領で進もうとする。次に視界がとらえたのは、ほぼ骨だけになった右拳だった。左腕は折られて右腕はほぼ消失。はぁ…これ、帰れるかな……


そんなことを思っていると、頭の中に声が聞こえてくる。ただ、いつもの石の声ではなく、ギンロの声だった。


『あー、あーチェックワンツー。チェックワンツー。聞こえてるかな~?』


『うるせぇ……なんだまで生きてんだよ。』


『僕、頑丈だから。多分核兵器が落ちても元気だよ?』


『そんなことは今はどうでもいい。なんで話しかけてきた。』


『いや、このままだと、二人とも死ぬよって思ってさ。』


『俺は一応体力を回復させて這いずりまわってここから出る予定だったが?』


『無駄だよ。この穴の深さじゃ無理。しかも、君、自分が腕を失っただけだと思ってる?』


『は?』


『君、足ないよ?』


『や、ま、やめてくれ……』



『はぁあ。哀れだね。自分だけ助かろうなんて……これだから人間は……』


『黙れ、お前だって俺の父親殺しただろうが。』


『わかった。わかった。その事なら後でいくらでも贖罪する。それより今はお互い、生き残れる方法があるからそれを話す。お互いに体力が限界だから選択の余地はない。ただ、これは君の協力が必要だ。』


『二人が生き残こる方法?』


こいつの言っていることがわからない。だが、死ぬよりはマシだ。俺はその提案に乗った。


『よし、そう来なくっちゃ。』


俺とギンロは使い物にならなくなった腕を力いっぱい伸ばし重ね合わせた。


────────────


この身を骨とし、その身を血肉とする。


これは契約であり、何があろうとも互いに運命を分かち合う。


契約魔法術コントラクトぅス


第一部 最終 49:完

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