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第21話

 小さな弟は手の甲で涙を拭い、鼻を啜りながら小さく頷いた。


 そんな弟を残し、僕は小鬼を連れて風船が引っかかっている木の家へと向かう。


 距離にして百メートルほど。コンビニの駐車場に隣接しているので移動距離は短い。難なく目的の家の前までは辿り着いた。しかし、問題は木だ。


 敷地内の木に風船が引っかかっているため、どうしたって家主に声をかけなければならない。


 家の前を行ったり来たり。ウロウロしていると、室内から大型犬の吠え声が聞こえてきた。僕の気配が気になるのだろうか。なおもウロウロしていると、小鬼に不思議そうな顔を向けられた。


「どうしたんですか〜?」

「い、いや。その、何て言えばいいのかなと……」

「そんなことですか〜。ありのままを言えばいいと思いますよ〜」


 そう言われても僕には会話の糸口が見えない。


 しばらく僕の様子を見守っていた小鬼だったが、ついに痺れを切らしたようだった。


「もう〜。いつまでそうしているつもりですか〜。もういいですね〜」


 そう言うと、ピョンとジャンプをして玄関のインターホンを押す。


「あ゛っ……」


 ーーピーンポーンーー


 少しの間を置いてインターホンから女性の声がした。


“……はい?”

「あ、あのぉ…………」


 言葉が続かずインターホンの前で固まる僕に、室内の女性は不信感を纏った声を向ける。


“何か御用ですか?”

「ふ、ふ、ふ、風船を……と、と、取らせて下さいっ!!」

“ふうせん?”


 僕は用件を一気に捲し立てた。しかし、どうやら相手には伝わらなかったようだ。


「あ、あの……木に……」


 言葉が尻すぼみになる。これ以上はなんと言えば良いのか分からない。インターホンを前にして無言で固まってしまう。だが、ようやく相手に伝わったようだ。


“あぁ。ちょっと待って下さいね”


 インターホンが切られ、しばらくすると玄関から年配の女性が顔を覗かせた。


 すると、この機を逃すものかという勢いで、玄関の隙間から大きな犬が飛び出してきた。僕目掛けて駆けてくる。ゴールデンレトリバーだ。


 そうか。あいつの言っていた「大きいの」とはコイツのことか。


 弟は犬が苦手だったことを思い出す。ずいぶんと小さい頃、たぶん彼が二、三歳の時だ。近所の犬に追い回されたことがあった。それがトラウマになったのか、以来どんなに小型の犬であっても近づかなかった。もちろん吠えたてる犬は論外だ。


 この家の犬は外に人の気配を感じるだけで吠える犬だ。なるほど、彼には無理だろう。

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