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オウィディウス:リュコス乂ティグリス
オウィディウス:リュコス乂ティグリス
河鹿虫圭
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年05月02日
公開日
7.7万字
連載中
明星 一狼(あけほし いちろう)は「自由」を夢見る高校生。高校二年生の春、将来を考えると何がしたいのかわからない一狼はとりあえず「自由になる」と書いた。 「自由を手に入れれば、何だってできる!」 楽観的な意見にクラスメイトや教師は呆れて言い返すことができなかった。 そんな楽しい学校生活に突如、暗雲が立ち込める…… これは、「自由」を求めた”獣”と「幸せ」を求めた”人間”の話である。 カタラレヌ・クロニクルシリーズ第四弾(仮)(予定)

【月】月下の影に虎が一匹

拝啓 未来の僕へ

自由に生きていますか?

誰にも縛られず、何にも邪魔されず、気ままに生きていますか?

何にも縛られず、誰にも邪魔されない人生を歩んでください。


拝復 過去の愚かな僕へ

自由は難しいことだぞ。

誰にも縛られないなんてことは無いし、何にでも邪魔される。僕は気ままになんか生きてられねぇよ。

何にも縛られない人生はない。

誰にも邪魔されない人生はない。


僕は、爪が食い込むほど拳を強く握る。


みらいのわたしへ

幸せに生きていますか?

パパやママと幸せですか?

わたしはきっとしごとがバリバリできる女でイケメンのかれしもいると思います。

パパとママがいなくてもイケメンのかれしがいなくても1人でもきっとわたしは幸せなはずです。


拝復 過去の愚かな私へ

パパやママはその数年後に殺されます。

そして、私は復讐のために生きる掃除屋になっています。彼氏も幸せも何もありません。


でも、安心してください。仕事はバリバリできる女になってます。


私は、犬歯を剥き出しに歯が音を立てるほど強く噛む。


僕は…


私は…


互いに名前を呼びながら拳をぶつける。



「月下さん……!」


「一狼ォ……!」


互いの拳は互いの顔面に綺麗に当たる。顎が歪むくらい、顔が曲がるくらい。


齢16の少年が、


齢20代の女が、


ここまで戦うのは


たった一つの”自由”の為である。


たった一つの”幸せ”の為である。


これは、獣が、揺蕩う草木が、卑しい蟲が、己のために戦う物語、である。



オウィディウス──────【月】:月下の影に虎が一匹


とあるビル。噴き出る鮮血が白いタイルを赤く染めた。床が赤く染まった部屋の中。窓際にある高級木材の机の横で両足が折れた灰色のスーツを身にまとった男が恐怖に歪んだ顔で視線を上げる。男が見つめる先には黒く伸びた細い脚に黒いシャツを着た灰色の髪のツリ目の女性がこちらへ銃口を向けていた。男は息を荒くし額からは大量の汗をかきしゃべろうにも口が震えて動かないといった様子だった。そんな男の様子に女性はダウンロードを終えたUSBメモリを取り外し、しゃがみこみ男と目線を合わせる。


「ここにある製薬会社OWLアウルのデータはこれで全部か?」


「ま、間違いない…それで全部だ。顧客や資金提供者、患者のリストも入っている。た、頼む、命だけは……」


女性は懇願する男性を蔑んだ目で見下ろし、眉間に向けて発砲する。乾いた銃声は彼女に耳に残り、部屋は彼女の息の音しか聞こえなくなった。


「無理だな。十年前に決めたことだからな。」


静寂の部屋の中、月下げっか 琥珀こはくはエレベータ—に乗り、地下のボタンを押す。急いでエレベーターを降りてビルの地下から走り出す。数メートル離れたところに停めた車に乗り発進させる。動労へ出ると同時にビルからは大きな音と共に真っ赤な火柱と黒い煙が上がっていた。


月下げっか 琥珀こはくは「掃除屋」を生業としている人間である。ここで言う「掃除」とはもちろん他人の家の掃除をするという意味ではなく、依頼を受けて誰かを秘密裏に始末したり、ボディガードも行ったりしている。そんな中で彼女がとりわけ飛びつく依頼がある。それが、製薬会社OWLに関した依頼だ。若くして研究員になった彼女はOWLのために尽くしてきたが、その裏で人体実験をしてバケモノを作っていることを知ってしまい両親を殺されてしまう。そして、自分も追われる身となり現在に至る。


「資金提供者のデータもあると言っていたな……これはやっと奴ら尻尾を掴んだか……?」


数時間後。山のふもとへつくと琥珀はバッグや手に入れたデータ以外を置き去りに車を乗り捨てた。そこから数十キロを歩き自宅へと戻ってきた。こんなところに人が住んでいるのかと言われんばかりのおんぼろな家。ボロボロの戸を開けると中は意外と綺麗で隙間もなく外見だけがおんぼろな家だった。


「ふぅ…ただいま……」


部屋に入り、電気をつけてパソコンを開きUSBを差し込みデータのダウンロードを開始する。ダウンロードバーが進まないことに内心苛立つが焦ってもしょうがないとつぶやき、風呂の準備を始める。返り血のついた手袋とシャツは黒で目立ちはしないが変えはいくらでもあるので後で捨てようとその場に脱ぎ散らかす。黒い衣から出てきたのは白く健康的な肌。だが、その肌には古傷が多く残っており見るも耐えがたい体だった。銃弾を受けた右わき腹の傷跡、背中に入った大きな切り傷、胴体にも背中と同じような切り傷がある。琥珀は自分の醜い体を鏡で見てため息をつき浴室へ入っていく。一通り洗い終わり湯船へ肩まで浸かる。


「は”ぁ”……」


中年男性のような声を上げ天井を見つめる。数分浸かり疲れと血の匂いが取れた体をふき、着替えてパソコンのところへ向かう。ダウンロードバーは消えておりダウンロード完了の文字が浮かんでいる。早速データの中身を見たが、大きなため息をつき、USBを引き抜きそのままゴミ箱へ投げ捨てた。


「見覚えがあったからもしかしてと思ったが、この前のデータと全く同じか……」


パソコンを閉じて琥珀は食事の準備をする。冷蔵庫にむかいレンジで調理できる冷凍チャーハンを手に取り包装を破いてレンジの中へと入れ、ワット数とダイアルを合わせてスタートボタンを押す。終わるまで次はどうしようかと考えていると玄関の呼び鈴が鳴る。廊下に出ると、玄関の前に人影が見える。こんな家に来るということは依頼か、復讐のどちらかである。銃を後ろに隠しながら玄関の戸を開ける。そこには黒ずくめの男性が一人立っていた。琥珀はその男性を見ると、銃を置き男性の持っている小包を受けとった。男性は裏社会で運び屋をしており名前は知らない。琥珀が掃除屋を初めて数ヶ月で依頼を持ってきてくれていつも世話になっている。


「いつもありがとう。」


「いえ、仕事ですので……」


そういうと男性は頭を軽く下げてその場を立ち去った。小包を開けるとまだ見たことのないOWLに関する資料と手紙が一枚。


掃除屋 影虎へ


入っていた情報はまだ一握りのものだ。これ以上の情報を我々は持っている。情報がほしいのであれば、同封されている地図の場所へ来てくれ。これは罠ではない。君の脅威となるものや武器はないと約束する。

時刻は正午、黒のスーツ、大きなアタッシュケースをもった我々の仲間がいるはずだ。

では、当日待っている。


以上のことが書かれていた。

最初は疑わしいと思いながらも、情報を改めて見直すとやはり今まで見たことのない情報ばかりだった。


「……たとえ、罠だったとしても、あいつらに復讐できるのならば……」


琥珀は、部屋に戻りパソコンの傍にあったベルトを取り握った。


続く。

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