ブラウン・デリックは円卓十二騎士の一人だ。
二メートルを超える巨漢で、その身体は鋼のように鍛えあげられている。短い黒髪と黒いサングラス、そしてオリーブドラブの戦闘服がトレードマークという軍人めいた男だ。
実際、そういう家系に生を受け、ゆくゆくはその道に進むつもりでいたのだが、幼い頃から彼はあまりにも強すぎた。
結局、八才をを待たずして円卓にスカウトされ、厳しい訓練に耐えて十二騎士にまで上り詰めたのだが、きらびやかな騎士服にはどうにも馴染めず、なんだかんだと理由をつけては、可能な限りこの格好で通している。
今回、ブラウンが極東の島国に喚び出されて最初に与えられた任務は神隠しの被害者をすべて収容し、一所に集めることだった。
面白みのない任務だが、アーサー直々の命令とあらば軽んじることはできない。
それでも愚痴ぐらいは出るもので、ブラウンは国際保健機構などという架空の組織名が書かれたバンの車内で顔をしかめていた。
「だいたい、被害者って言い方がおかしくねえか? あいつらは事実上のインベーダーだろうが」
神隠しの被害者は魂を異世界人のものと入れ換えられている。それはつまり、本物はすでに死んでいるということだ。
「彼らに侵略の意思はありませんよ。それに知らない間に侵略者に仕立てられたことを考えれば、じゅうぶんに被害者と呼べるでしょう」
異能を得たことで記憶を取り戻してしまった華実と異なり、他の被害者には異世界での記憶はカケラもない。自分がかねてからの自分であることを疑う者などひとりとしていないのだ。
それでも円卓の中には、敵がゲートを開くために目印として利用しているであろう、華実を含む被害者を皆殺しにすることで、事態の解決を図るべきだと主張する一派もいたらしい。
これが実行に移されていれば自分たちの敵が誰になっていたのか、ブラウンとしては考えるのもごめんだ。
幸いアーサーは厳然としてこれを却下したが、その理由は続く副隊長の言葉と、ほぼ同様である。
「我々円卓は国家の垣根を越えて人々の安寧を守る機関です。ならば異世界の人民とて可能な限り守るのが筋というものです」
言葉の内容はともかく副隊長の真面目くさった態度に、ブラウンはあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「まったく、お前は真面目すぎてクソつまんねえなぁ……お陰で俺の補佐にはピッタリだぜ」
「私としては遺憾ですが」
「可愛げもねえしよ」
両腕を組んでふてくされる。
もっとも、ブラウンにも、この任務の重要性は理解できている。これから始まる円卓+αとディストピアの決戦のために必ずや成功させねばならないものだ。
気持ちを切り替えて副隊長に話しかける。
「神隠しの被害者で名乗り出ているのは、ほんの一握りらしいからな。隠している連中をいかにして見つけ出すかが問題ってわけだ」
「幸い、星見咲梨から得た情報によれば、彼らはある種の波長を放出しているとのことなので、魔術師たちならば見分けが容易です」
「そもそも、その波が問題なんだろ? 解除できねえのか?」
「解除は不可能ではないようですが、ひとりひとり解析を行わねばならず、時間がかかりすぎるとのことです。それに、もしひとりでも解除すれば敵は必ずそれに気づきます。その時点で強攻策に出られでもすれば間違いなく厄介なことになるでしょう」
「結局、この地方の若者を一人残らず見て回って、黒か白か見定めるしかねえってことか」
「はい。それと、一年以内にこの町を出て行った若者も追跡して調査せねばなりません」
「やれやれ……。俺たちだけで間に合うのかねえ」
当然、いくつものチームが同時に調査にあたっているが、夏休みともあれば若者達も家でじっとしてはいない。探し出すだけでも一苦労だ。
円卓の予言機関マーリンが総力を挙げて導き出した期日までは、まだ時間があるが彼らの予言とて絶対のものではない。
「今は東条家も協力してくれていますのでなんとかなるでしょう」
副隊長の言葉にブラウンはやや神妙な顔になる。
「東条家か……」
厳めしい顔で暫しの間沈黙したあと、脱力してガックリとうなだれた。
「あの嬢ちゃん、俺だけ両方の腕を切り飛ばしやがって」
「あれは見事な切り口でしたね。どうせならば、その瞬間を見てみたかったものです」
しみじみと副隊長が述べる。
「あの場に居たら、そんな涼しい顔はできなかったからなっ」
負け惜しみのように言ったが、副隊長はやはり涼しい顔だ。
「まあ、彼女の腕前に感謝ですよ。見事な切り口だったので魔術で簡単に繋がったじゃないですか」
「そうだな。お前の言葉で傷ついた俺の心の方が治りが
わざとらしくふてくされてみせるが副隊長は取り合わない。今さら気にするでもなくブラウンはやや真面目な顔になって会話を続ける。
「なんつーか、俗な言い方にはなるが、あの嬢ちゃんはおそらく最強の人間だろう」
「最強ですか。しかし、それは……」
「あの嬢ちゃんを知る前だったら、俺も脳天気に自分がそのひとりだと信じられたけどな」
世界最強の戦士――それは一般的にはブラウン達十二騎士を指す言葉だ。
「だが、考えてみりゃあ当然だが、最強なんてものは本来たったひとりだ。現に俺たちはいつだって仲間をライバル視していて、こいつには負けられないと虚勢を張り続けている。だが、あの嬢ちゃんは虚勢を張らない。おそらくは誰かに勝ちたいとか負けたくないなんて、ただの一度も考えたことがないはずだ」
「最初から強かったということですか?」
「そうだ。あの嬢ちゃんにとって戦いは作業に過ぎない。勝つか負けるかなんてことを、いちいち考える必要がねえから、守るべきもののためなら、相手がなんであろうと躊躇することなく排除する。人造人間だろうが、俺たち十二騎士だろうが、人類すべてだろうが関係なくな」
「いえ、人類すべては、さすがにオーバーかと」
「そうかい?」
ブラウンはどこか凄味のある眼差しで口元に歪な笑みを浮かべた。
「勘違いしている奴が多いみたいだが、あの時アーサーが手を退いたのは、ナインに情けをかけたからじゃねえ。円卓の総力を結集しても、あの嬢ちゃんには勝てねえと悟ったからだ」
「そんな、いくらなんでも……」
めずらしく副隊長が唖然とした表情を見せる。それはそれでブラウンにとって愉快なことだったが、別にそれが目的でデマカセを口にしたわけではない。
「ただ、そんな嬢ちゃんでも、心まで人間離れしているわけじゃねえ。少なくとも、あの日、大きな挫折を経験して身を裂かれるような痛みを味わったはずだ。それでもなお、戦えたのは……」
しばし黙考したあと、ブラウンは溜息を吐いた。
「……なんでだろうな?」
「私にはなんとも……」
これも副隊長にしては、めずらしいことに歯切れの悪い回答だった。とはいえブラウンにも、そこが分からない。空虚な眼差しで自分を見据える真夏の姿を思い返しても、そこにヒントがあるようには思えない。
ひとつ確かなことは、真夏が正しい選択をしたということだ。
もしあそこで戦いを選択していなければ彼女は後になって生涯後悔することになっていただろう。
だがそうはならなかった。戦闘力とは別に彼女の心を支えているものがある。それはいったいなんなのだろうか。
答えの出ない問いを胸にブラウンは窓の外へと視線を向ける。そこには平和そのものの町並みが広がっていた。
度々目にする通行人も実にのんきそうな顔をしており、この世界に災いが迫りつつあるなどとは夢にも思っていない。
だが、それでいい。たとえ彼らが信じる平和が幻なのだとしても、その幻を守り切ることこそが円卓の騎士の使命なのだから。
ブラウンは思索を打ち切って気を引き締め直した。あの日の彼女になすべきことがあったように、ブラウンにも今なすべきことがある。
端末を開いてリストを表示する。そこに列挙された若者を魔術で探知しては、神隠しの被害者かどうかを確認して、該当したならば強引にでも連行しなければならない。
そののち、彼らが無事に戻れるかどうかは、これから始まる戦いの結果次第で、それを勝利に導くのも円卓の騎士の務めだ。
ディストピアの巨大コンピュータに大魔法使い、そして神獣の使い魔。そのすべてが難敵であることは間違いない。
十二騎士の任務など、だいたいが命懸けのものだが、それでも今回はことさら強く感じていた。
今回ばかりは生きては帰れないかもしれない。
それでも十二騎士の矜持にかけて逃げることなど許されない。
ブラウン・デリックは改めて自分に言い聞かせた。