長いゲートをくぐり抜けて月面都市に戻ったキーア・ハールスは、そこにセラフの姿が見えないことに気がついて訝しんだ。
そういえば、途中から急にゲートを抜けてくる数が減った気がする。
眉間に皺を寄せながら辺りをゆっくり見回していると、彼女はふいに自分の立っている場所に大きな影が落ちていることに気がついた。
あちらの世界に乗り込むまでは、こうではなかったはずだ。
嫌な予感を感じながら月面都市を覆うドームを見上げる。
そこに、そいつはいた。
まるで神話の世界から抜け出してきたかのような神々しい輝きを放つ巨体。どこか直立した肉食獣を連想させるフォルムだが、金属質の身体は生物というよりも機械染みて見える。四肢をドームの柱にかけて、大きく割れた天窓から首だけを突き入れて、金色の瞳でこちらをじっと凝視していた。
目が合っただけで身体が金縛りに遭ったかのように動かなくなり、全身が粟立つ。
心臓が押し潰されそうな恐怖に歯の根が合わない。それでもキーア・ハールスは擦れた声でそいつの名前を口にしていた。
「し、神獣……」
それは幾万のセラフを従える無敵の存在。堕落した人類に天誅を下すべく現れた滅びの使者。超科学文明を築いたこの世界の人類でさえ、太刀打ちできなかった絶対者。
ほんの数時間前までは地球の廃墟に佇んでいたはずのそいつが、わずかな時間の間に三八万キロの距離を跳び越えて、こんな場所に姿を現していた。
キーア・ハールスは身じろぎさえできずに立ち尽くす。
少なくともセラフは、この世界の人間でない彼女に危害は加えなかったが、この神獣の瞳には奴らにはなかった知性の輝きがある。まるで彼女の命の価値を値踏みするかのように見据え、嘲笑うかのように白銀の牙を見せた。