「え?水なの?」
「うん。そう言ってた。誰か適性ある人にいろいろ教わらないと……」
騒がしい朝のホームルームから時間は過ぎて昼休み。
屋上にて購買のパンを買って流山椿と鼠川淳吾が魔法に関して会話していた。
鼠川の適性は水との事でまずはここから魔法の習得を目指す事になった。
「それなら私に任せてください!!私、水の魔法に詳しいから!」
「本当?じゃあお願いしてもいい?」
「もちろんです!私も基本から学びなおしたいと思って……」
自信ありげな表情から一転して彼女の表情は暗くなる。
まるで昼間だったのに突如、日が沈み始めた時のように。
「ど、どうしたの……?」
「あ、えっと……とにかく基本をおさらいしたいから貴方の練習に付き添いますよ。パートナーとして!」
「パートナー……そう言えば誰かに魔法を学ぶにあたって決めてほしいって早瀬先生が言ってた。お願いしてもいいの?」
「いいですよ!」
先ほどの暗くなった表情から一転して今度は元気な表情を見せた。
「よろしくね。鼠川君」
「うん」
パートナーが決まってそのまま昼休みの時間も過ぎていく。
一方で屋上の入り口付近にいた数名の女性陣がその二人をまるで審査員のように物を定める目で見ていた。
「どう思う?アレ」
「アタシは水得意じゃないから。でも流山調子乗ってるとは思う」
「そうよね。あの陸島とかいう見習いもいいところのヤツに負けたんでしょ?」
「それなんだけど……逆奈義さんとこのボディーガード何人も倒したって噂あるね。なんなら逆奈義未来に大けが負わせたってさ」
「マジ?じゃあ負けたのは仕方ないっての?」
「噂でしょ?まあ……それでも調子づいてるのは確かよね」
「そうね。次の授業、楽しみね」
毒のような企みを含んだ言葉が渦巻いた。
昼休憩が終わって午後の授業。学校近くにある山を流れる川まで移動した水の適性がある生徒達。
鼠川は初めて経験する魔法の授業が行われる。
「それではみなさん、準備はいいですか?出来てる人から始めてくださいね」
早瀬先生の言葉が終わると同時に生徒たちの視線は一か所に固まる。
「鼠川君!私と一緒に――」
「あーずるい!!私が!!」
「いいえ私とよ!」
「あ……あの。えっと」
鼠川に魔法のコーチをしようと一斉に群がる生徒一同。
熱気というか何か強い感情の現れに困惑を隠せぬ鼠川。
「残念。今日は私が約束してます」
その中で一人、すっと鼠川の前に周囲と彼の間に遮るように流山が現れる。
「えー!?ずるじゃんそんなの?」
「そうよ!約束って何よ!?」
ブーブー文句たれる生徒達。
「あ、えっと……『今日は』流山さんにお願いしてるの!そういう事なの!」
『今日は』という単語を強調して鼠川は周囲に説明した。
そうすることで明日以降の魔法の練習には別の誰かが入れるというチャンスを周囲に与えようとしたのである。
「ほほう。それはいいアイデアですね」
黒く長い髪を揺らす一人の生徒が笑いながらその案に笑みを浮かべた。
「ならば次回以降にワンチャン賭けましょうか、皆さん」
「う……」
その女生徒の眼光に周囲は黙る。
「ね……ねえ。この人何者?不満募った人たちを黙らせたけど」
「ああ、えっと鎖野さんって言って。まあ趣味が中々に尖っているというか……」
「鼠川君」
「はい?」
鎖野と呼ばれた生徒が鼠川を呼ぶ。
「気にしなくていいわ。彼女たち、君に興味津々みたいだから」
「あー……そうなの」
「ところでセーラー服に興味ない?」
「なんで???」
なんかぶっこみ入れてきた彼女に鼠川は困惑した。
「ちょ、ちょっと鎖野さん!いきなりが過ぎますよ!」
「何言ってるの。こういうのは度胸!なんでも試してみるものって言うでしょ?……で、どう?」
「ごめん。何言ってるのか全く理解できないというか……」
「サイズなら心配いらないわ。ダイジョーブよ。さあ、どうなの?」
「絶対に嫌だからね!?」
鎖野の魂胆を理解したその時、鼠川は叫んだ。
「そう。ならいいわ。貴方が興味ある時にでも――」
「鎖野さん、今は授業中よ」
早瀬先生がやんわりと引き留めに入る。
「そうですね。それじゃあ」
鎖野はその場を去った。
「あれ?鎖野さん。授業は?」
「私は大地の魔法が連なるものだから水の魔法に関してはできないわ」
「じゃあなんでここに?」
「鼠川君が女装似合うと思って観察してたら、別の授業なのについてきちゃったのよ」
どんがらがっしゃーん。
一同総ずっこけの音。
「そんな理由で授業間違える?!」
「流石鎖野さん。趣味のためなら授業すら乗り越える」
「そこにしびれるあこがれる!!」
「えー……」
鼠川には理解できぬ鎖野の行動。
彼女を知る者には理解できる鎖野の行動。
「いいから戻りなさい。女装は興味あるけど今は授業中だから」
「先生、今なんと?」
『ふぅやれやれ』と言って鎖野はその場を去る。鼠川は早瀬先生の言葉が胸の内に刺さったままであった。
「それじゃあ始めましょうか。時間持ったないので。鼠川君。杖は持ってきましたか?」
「あ、はい」
気を取り直して一同は魔法の演習を行うことに。
鼠川はカバンから取り出した魔法の杖を手に取って握りしめる。
「さて早速ですが、そこに流れる川から水を一部でいいから取り出してごらんなさい。教科書は事前に読んでましたよね?」
「はい。それじゃあ――」
早速、鼠川は穏やかな流れを見せる川に向けて杖を振るった。そこに流れる水から切り出しされる水のイメージを乗せて。
だがしかし、その場には沈黙だけがあるばかり。
「……あれ?」
首を傾ける鼠川に早瀬先生がにこやかに笑って近づく。
「ふふ。そう簡単には上手くいかないでしょ?最初は皆そんなもんなのよ。そこから少しずつ成長していくの」
「難しいですね。魔法って」
「そうそう。いきなりできるのはやはり才能とかそういうの……まあ慌てなくていいわ。課題をこなせなくてもいい。今日はとにかく練習してみて。できなくても居残りとかはないからね」
「は、はい」
ぎこちない態度を見せる鼠川。
最初の課題は『川の水の一部を取り出して操る』。水に連なる魔法の適性の持ち主の第一関門だ。
「えーっと……とにかくもう一回――」
ふと後ろを見る。
そこには彼を囲うように視線の群れが。
「……あの。集中できないんだけど?」
「お気になさらず。さあ」
「そうよ鼠川君。さあ」
「いいからいいから。早く濡れて頂戴。さあ」
「いやおかしいよね?濡れろって何!?」
「あーもうバカやってないでくださいよ皆さん」
視線の群れより一人が抜け出て周囲に注意を促す。
「鼠川君。私が手本を見せましょう。そうすれば何かわかるかもしれませんから」
そういって彼女は手に杖を持って川に向けて振るった。
すると流れる川の一部から水が蛇のように現れ出でる。
「あ、お手本見せるの忘れてましたね。先生うっかりしてました」
「先生、もしかして天然って言われたりしませんか?」
鼠川の突っ込みに『うーん』とうなる早瀬先生。
(天然かどうかはともかく……ああいう風にやれればいいのかな?)
鼠川の視線の先には生物のように自らの流体をくねらせる水流があった。