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第3話・チーズインハンバーグとポテトサラダ


 イレーネとテオドールが出て行った後、私も出かける支度をする。帰りにはスーパーに寄るつもりなので、大きめのエコバッグも持った。

 まず向かったのは、バスで20分ほどの距離にある病院だ。この地域の中ではわりと大きな総合病院。そこには、母が入院している。


「お母さん、美桜だよー。昨日はバイトだったから来られなくてごめんね」

 母の枕元でそう声をかけた。

「ねぇ、聞いて。昨夜、女の子と猫を拾ったよ」

 病室は個室なので、私の話し声をとがめる人はいない。

「信じられる? 女の子はサキュバスのお姫様なんだって! 一緒にいた猫はその従者で、人間の言葉をしゃべるし、2人とも……うーん、1人と1匹? どっちもコウモリの翼みたいなのが生えていて、空を飛べるの!」


 母からの返事はない。

 母が事故で入院して4カ月。母の意識は戻らないままだ。

 事故があったのは梅雨の頃だった。雨でスリップした車が、通勤途中の母に突っ込んだ。

 家でその知らせを聞いて慌てて病院に行くと、母の意識は既に無かった。

 頭を強く打った、とは聞いた。少し前までは何か混乱したように、辻褄の合わないことを小声で呟いていたけれど、そのうち意識が混濁してしまったようだ、と。

 大きな怪我ではあるけれど、検査した限りでは回復する可能性はあるので、気をしっかり持って、と言われた。


 でも、4カ月経っても母は目覚めない。

 今のところ、治療費や入院費は、母に突っ込んできた車の運転手さんが払ってくれている。母は夜の店を経営しているので、お金のことや権利関係を見てくれている弁護士さんもいて、諸々の管理や手続きは全てその弁護士さんがやってくれている。


 私が小学3年生の頃に父が病気で亡くなった。それからの生活を支えるため、母は自分の貯えの一部を使って、住宅街で小さなスナックを始めた。そのスナックの2階に私と母は暮らした。父と結婚する前は繁華街で夜の店に勤めていて、それなりに人気があったという母には充分な貯えがあったし、父の保険金もあった。

 母が店で働いている間、夜は私1人だったけれど、寂しくなったら仕事中の母に電話をすることは許されていたし、もっと寂しくなったらそっと1階に下りても怒られなかった。住宅街の小さな店なので、お客さんも私をかわいがってくれた。


 そんな生活を数年続けて、私が中学生になった頃、母はスナックを閉めて繁華街の店で働くようになった。当時、母の年齢は35歳だったけれど、化粧をするとまだ20代でも通りそうなほど若く美しかった。実際、少しサバを読んで働いていたらしい。

 その店でいくつかの伝手を作り、支援者を得て、母は独立した。私が高校に入った頃だ。

 母には夜の仕事の才能があった。見た目ももちろん美しかったけれど、客とのコミュニケーションも得意としていて、客を良い気分にさせながらお金を払わせることが上手だったのだ。


 夜の仕事をしていた母は、私が学校から帰ってしばらくすると出勤していく。私が母に手料理を食べさせるようになったのは中学2年生の頃だった。

「美桜は料理が上手だね。とっても美味しい」

 そう言ってもらえるのが嬉しくて、私は学校から帰るとすぐにご飯を作った。そして2人で早めの夕飯を食べて、母は出かけていった。

 逆に朝食は母が用意した。朝方に帰ってくる母は、私の分の朝食を用意してから眠りについた。夜のうちに「進路のことで相談があるの」とメモを残しておけば、母は眠らずに私が起きるのを待ってくれて、朝食を食べながら2人で話をすることもあった。


 私たち2人の生活は幸せだった。私と母は話す時間もあったし、2人の生活は貧しくはなかった。生活サイクルが少し違うだけで、母は特に疲れた様子もなかったから、本当に向いていたのだろうと思う。


 自分たちは母1人子1人なのだから、と母はいつでもいろんな準備をしていた。父が思いがけず早くに亡くなったことも影響しているだろう。店の経営のために弁護士さんと契約をした時には、万が一自分に何かあった時には娘の後見人になってほしいという契約もしていたようだ。

 私はもう18歳だけれど、一応20歳になるまではということで、母の意識が戻らない今、その弁護士さんが私の後見人ということになっている。


「お母さん、サキュバスのお姫様はね、とっても可愛くて、私には絶対出せない色気みたいなのがあるの。同じ歳くらいなんだけどなぁ」

 言いながら私は、病院の売店で買ったおにぎりとお茶を取り出した。

 今日はここでお昼ご飯を食べるつもりだ。

 パリパリとおにぎりのパッケージを剥がしながら、ふと思った。

(イレーネたちは、夕方までに戻るって言ってたよね。お昼のお弁当とか作ってあげたほうがよかったかな。冷凍のご飯があったから、おにぎりならすぐできたのに……)


 いろいろな管に繋がれたまま、目を閉じて横たわっている母の顔は今も美しい。4カ月も意識が戻らなかったら、普通はもっとやつれて顔色が悪くなるのよ、と看護師さんが言っていたことがある。お母さん、綺麗でいいわね、って。


「もう4カ月も経ってるなんて、お母さん起きたらびっくりするかもね。私の学校ももう1年の後期に入ったよ。栄養学とか食品衛生学とか勉強してる。卒業したら栄養士の資格も取れるから、お母さんに作る料理がもっと栄養バランスばっちりになるからね」

 ツナマヨのおにぎりと、昆布のおにぎり。あとはペットボトルの緑茶。お昼をこれで済ませる私の栄養バランスについては口にしない。


 1年次の学費は母が出してくれた。2年次の学費も、弁護士さんが預かっているお金から出してもらえるらしい。月々の生活費もそこから振り込んでもらえている。

 住んでいるマンションは、数年前に母が買ったものだ。だから、母がこの状態でも私の生活に不自由はない。私がバイトをしているのは、将来、料理関係の仕事につきたいので、その勉強のためでもある。そしてそれまで母を見てきたので、やはり手元にお金があったほうがいいだろうという、“念のため”である。



 母のそばで2時間ほど過ごして、私は病院を後にした。

 もう一度バスに乗って、来た道を戻る。自宅マンションの最寄りのバス停よりも2つ手前で下りた。スーパーがそこにあるからだ。


(夕飯は何にしようかな。明日は日曜日だから、来週分の作り置きもしたいし……2人分と考えたら結構な量になっちゃうかも)

 スーパーの買い物かごを手にしながらそう考える。

 平日は授業やバイトがそれなりに入っているので、なるべく週末に作り置きをすることにしている。数日分の惣菜を作ったり、肉や魚に下ごしらえをして、フリーザーパックに入れて冷凍するのだ。


(イレーネの好き嫌いとか、こっちの世界で食べてみたいものとか、今度聞いてみたいな)

 今日の買い物は重そうだとか、人に食べさせるならちゃんと作らなきゃとか、そんなことを考えているわりに、私はふと、自分の口角が上がっていることに気がついた。


 母が事故に遭って4カ月。寂しかったし落ち込んだし、不安に泣きながらご飯を食べたこともある。でも、お母さんも頑張ってるんだから、自分も頑張らなきゃと思っていた。そう思えば耐えられた。それでも変化がないまま4カ月が過ぎると、どうしても気分は重くなる。


 でも、お姫様からご飯係を拝命した。

 これは、とびっきりの変化だ。

 地元の短大の食品栄養学科に通う18歳女子に、そうそう訪れる変化ではない。


 それに、と思う。

 イレーネの「美味いぞ!」はくせになる。もっともっと聞きたいと思う。

 自分のために作って自分で食べるのも良いけれど、やはり料理は食べてもらってこそだと再確認した。それは私の料理のスタートが、母に食べてもらうためだったからかもしれない。


 買い物を終えて、案の定重くなってしまったエコバッグ2つを両手に持って、私はマンションへの道を歩き始めた。秋の陽はもう暮れかけている。

「ミオ!」

 途中で、建物と建物の間からイレーネが出てきた。足もとには黒白のハチワレ猫もいる。

「イレーネ!? どうしたの、そんなところから!」

「ちょうどミオの部屋に戻る途中でな。上からミオの姿を見かけたゆえ、路地裏に下りて変身を解いてきたところじゃ。見ろ、我の荷物も首尾良く取り返してきたぞ!」


 イレーネは手に小さなバッグを持っていた。着ている黒いドレスに似合う、キラキラとしたパーティーバッグだ。小さめのお財布とスマホを入れたらいっぱいになってしまいそうなサイズの、可愛らしいがま口のバッグ。あれがイレーネの荷物の全てなんだろうか。

「ミオ、姫様のバッグは魔法の品でございます。収納量は見た目通りではございませぬ」

 私の考えを見透かしたように、テオドールが小さな声でささやいた。


「そういうことじゃ。――む、ミオ、おぬしの両手に持っている荷物は?」

 イレーネの問いに、私は荷物を一度地面に下ろした。持ったまま立ち話をするには重かったのだ。

「食材の買い出しだよ。週末は作り置きもするからね、いろいろ買ったらこんな量になっちゃって」

「重かろう。どれ、我が手伝ってやろう」

「え、そんな、お姫様に荷物を持たせるなんて!」

 今朝、王位継承権とか聞いたから、ちょっと遠慮してしまう。


「テオドールが言うたではないか。我が持っているのは魔法のバッグじゃ」

 ふふ、と自慢げに笑ったイレーネは、バッグのがま口を開けると、私が地面に置いたエコバッグに向ける。その直後、ふぉんっ!と、重たいエコバッグは2つともイレーネのがま口に吸い込まれていった。

「えぇっ!?」

「重さも先ほどと変わらぬ」

 イレーネは小さなバッグを人差し指の先にかけて、くるりと回して見せた。まるで何も入っていないかのような気軽さだ。


「ふわぁ……! すごい! すごいね、イレーネ! 今度から買い出しは絶対にイレーネと一緒に行かなきゃ!」

「おぉ、我の魔法が役立つのであればかまわぬぞ。異界の市場も見てみたいしのう」

 イレーネのお国だったら不敬罪に当たりそうな私の失礼発言も、お姫様は笑って許してくれた。



 マンションに戻ると、イレーネはがま口から取り出したエコバッグの中身を、興味深そうに覗きこんだ。

「ミオ、この食材でどんなディナーを作るのじゃ?」

「これは1食分じゃないよ、これで1週間……えっと、1週間っていう単位は魔界にあるのかな。7日分くらい」

 買ってきたもののうち、夕食分以外は冷蔵庫に入れる。下ごしらえや作り置きをするのは明日の昼間だ。


「こちらの世界では7日ごとに暦を数えるというのは知っておるぞ」

「そっか、昔からこっちに来てる人が多いんだっけね。あ、イレーネ、お昼はお腹空かなかった? お弁当作ってあげればよかったって、後から気がついたの」

「なんの。テオドールに群がってきたインプを蹴散らしたついでに、奴らから魔力を奪ってやったのでな。それが昼食にちょうどよかったぞ」

 ふふん、とイレーネは腰に手を当てて胸を反らす。ぷるん、とたわわなお胸が強調された。


「今日はね、ディナーっていうほど豪華じゃないけど、ハンバーグを作ろうかなって」

 合い挽き肉が安かったのだ。これで今日はハンバーグを作って、同じタネを丸めて冷凍しておこうと思う。後日、ミートボールで1食作るためだ。

「おぉ、ハンバーグか! 調理法を知って試しに城で作らせたのじゃが、どうにも魔界の肉は固くてな。こちらの世界のハンバーグを食べてみたかったのじゃ!」


 料理には少し時間がかかるから、リビングで待っててと言うと、イレーネは「ハンバーグだぞ、テオドール!」と言いながら、テオドールの手をとってはしゃぎながらリビングのソファに向かった。

 ――これは是が非でも、ふっくらとジューシーに焼き上げなくてはならない。


 ハンバーグとご飯……付け合わせはポテトサラダかな。

 炊飯器にお米をセットした後は、先にポテトサラダを作っておく。冷蔵庫で冷やしたほうが美味しいからだ。ポテトサラダにはレタスを敷いて、上にプチトマトを飾れば可愛い。

「よし、テオドール。バッグの中身をあらためるぞ。インプどもが何やら悪戯をしているやもしれんからな」

 リビングからはイレーネの声が聞こえる。


 喜んでもらえたらいいな。美味しく食べてもらえたらいいな。

 そう思いながら作る料理は楽しい。


 みじん切りにして炒めたタマネギに、パン粉と牛乳を少し。挽肉に卵と塩こしょう、ナツメグも入れてよく混ぜる。半分を取り分けてミートボール用に丸めたら、アルミのトレイに並べて冷凍庫に入れる。残りの半分で2枚のハンバーグを……そうだ、チーズも入れちゃおう。

 自分用なら焼き上げる最後にスライスチーズをのせて済ませるけれど、イレーネの驚く顔が見たくて、肉ダネの中にチーズを入れることにした。


 じゅうじゅうとフライパンの中でハンバーグが焼ける音がする。レタスとプチトマトを用意しながら、少し考える。どうせならスープも用意しようか。朝のベーコンの残りがあるから、ベーコンとタマネギで簡単なコンソメスープを作ろう。

 これも1人なら、スープはなくてもいいやと思っただろうし、飲みたくなったとしてもインスタントで済ませたかもしれない。



 ハンバーグが焼き上がり、私はテーブルに料理を並べた。

「イレーネ、ハンバーグが焼けたよー」

 肉ダネを練り始めた頃から、イレーネとテオドールの声は低くなっていた。2人で頭を付き合わせて、今もぼそぼそと何か話し合っていたが、私の声にイレーネが顔を上げる。

「おぉ、良い香りじゃ! テオドール、諸々の問題はまずハンバーグを食うてからじゃ!!」

「そうでございますな。ではわたくしはこちらで魔道具を整理しておりますので、姫様はお食事をお楽しみくださいませ」

「うむ」


 食卓についたイレーネは、ハンバーグを見て「ふぉぉぉ!」と声を上げた。

「やはりこちらの食材で作ると見た目からして違うのう。表面が脂で光っておるではないか!」

 お箸とフォークを出したけれど、イレーネはフォークを手に取った。フォークのほうが使い慣れているのだろう。

「どうぞ、食べてみて」

「うむ!」

 イレーネがハンバーグにフォークを入れる。じゅわ、とあふれ出す肉汁の量に私はこっそり満足する。うん、上手に焼けた!


 肉汁の次には、とろけたチーズだ。

「ミオ! なんじゃ、これは!?」

「ふふーん、今日のハンバーグはチーズインでーす!」

 なんとなく自慢げになってしまう。

「チーズ! ハンバーグにチーズが入るのか! 日本ではこれが普通か!?」

「入らないほうが普通だけど、入るパターンもあるよ。今日のはイレーネが喜ぶかなと思って入れてみたんだ」

 ふふ、と笑う私にイレーネはにっこりと笑った。今朝、ベッドの中で感じたような色気はそこにはない。何だったら私よりも幼く見える笑顔だった。


「おぉぉ……美味いな、これは。テオドール! 日本のハンバーグは美味いぞ! じゅわりと染み出る脂、柔らかで香りの良い肉、そしてとろっと溶けたチーズじゃ! 付け合わせまで美味いな。芋のサラダであろう? マヨネーズは今、魔界でも流行りつつあるのじゃが、日本のマヨネーズのほうがコクがあって美味い! そしてところどころに入っている、この香ばしいものは何じゃ?」

 ハンバーグもポテトサラダも気に入ってもらえたようで嬉しい。

「それはフライドオニオンだよ。市販品なんだけどね、タマネギをカリカリになるまで揚げたやつ。ポテトサラダにそれを入れるのが、私は好きなんだよね」

 これは個人的な好みだ。


「我は箸を使うのが得手ではないのでな。米もフォークで食うても良いだろうか?」

 お茶碗を左手に持って、右手にフォークを持ったまま、イレーネが遠慮がちに言う。

 もちろん、と私は頷いた。

「じゃあご飯はお茶碗じゃなくてお皿で出したほうがよかったかな」

「いや、かまわぬ。茶碗のほうが片手で持ちやすい。――いや、それにしてもハンバーグも、芋のサラダも米に合うな! このスープもベーコンの味が出ていて美味い!」

 やっぱり、イレーネの「美味い!」はくせになる。



「そういえば、さっきなんか問題があるようなこと言ってた? バッグの中身?」

 夕食を終えて、ほうじ茶を淹れながら聞いてみた。

 朝はコーヒーを飲んでいたのだからと思って、ほうじ茶はテオドールの分も用意する。

 香ばしいお茶の匂いに釣られたのか、テオドールも食卓にきた。椅子は2脚しかないので、テオドールはテーブルの隅に座る形になる。


「うむ。……魔道具が足らんのじゃ」

 イレーネがほうじ茶をすすりながら言う。

 テオドールも同じようにほうじ茶を1口飲み、香ばしゅうございますな、と呟いた。

「姫様がこちらに持ち込んだ魔道具は10以上はあったはずでございますが、バッグの中には2つしか入っておりませなんだ」

「えー。そのインプ? っていうのが持っていっちゃったの?」

 私の質問に、イレーネとテオドールは同時に頷いた。


「奴らは光り物が好きじゃからな。残っていたのはどちらも地味な見た目の魔道具じゃった。――だがミオ、心配するな。金貨と宝石は別の小袋に入れてバッグの底に隠してあったので無事じゃ。おぬしへの褒美に影響はない」

 イレーネの言葉に、うひっとなる。

「金貨!? それに宝石!?」

「うむ。そういうものであれば異界でも換金できると、同胞たちに聞いておる」


 換金……できるのかな。金貨なら、金の含有量で計算して買い取りしてもらえるかもだけど、宝石ってなんか鑑定書みたいなのが必要なんじゃなかったっけ。

 でも金貨を買い取ってもらえるとして、私やイレーネみたいな見た目の女の子が行って不審に思われないだろうか。お嬢ちゃん、これどこから持ってきたの?とか追及されそう。


 その懸念をイレーネに伝えると、予想外なことを聞いたというようにイレーネは目を見開いた。

「そうか、日本では我らの見た目ではまだ幼いと思われるか! 我はこれでも150歳を超えているのじゃが、それでも幼いか?」

「ひゃくごじゅう!?」

 驚いた私に、テオドールがほうじ茶をすすりながら言う。

「魔界での成年は200歳でございますゆえ、姫様は未成年でございます。幼いと思われても仕方ありますまい」

 ちなみにテオドールに渡したほうじ茶は、母が使っていたぐい飲みに入れてある。持ち手のあるコーヒーカップならともかく、さすがに湯飲みは人間サイズだと持ちにくそうだと思ったのだ。


「じ、実年齢はともかく見た目がね。あとは、この世界のものじゃない金貨をたくさん持って行っても怪しいかも……」

「ふむぅ……年齢だけが問題ならば、テオドールを人の姿に変身させても良いのじゃが」

 なるほど、魔法で解決できる部分もあるんだ。あ、でも……。

「でも、身分証明書とか必要になると思うよ?」

「む、そうか。日本ではそういった証明書があちこちで必要だとは聞いたな」

 そういえば、お国の人たちはそういう部分、どうしていたんだろう。


「ねぇ、イレーネ……」

 私がそう口を開いた次の瞬間。


 パリィィンッッ!!


 ベランダに続く掃き出し窓が急に割れた。

「ひゃぁっ!!? なにっ!?」

 私はただ悲鳴を上げるだけだったが、イレーネとテオドールは冷静にベランダのほうに顔を向ける。


 割れた窓から、風とともに黒い大きな鳥が入ってきていた。

 イレーネが湯飲みを置いて立ち上がる。

「何者じゃ! リリス公国のイレーネ・シュタウフェンベルクが滞在する地と知っての狼藉か!」

 威厳たっぷりにイレーネが声を上げた。



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