岩盤が砕け散り、地面が大きく裂ける。──スコップが深層ダンジョンの床を貫いた。
「な、何だ……ッ!?」
万能のエネルギー……エーテルの独占を狙う3大企業の一つ。ノエシスバイオテクノロジー社。その白黒の軽量アーマーを身に纏った精鋭部隊が慌てて銃器を構えた。
赤く半透明なバイザーゴーグルが一斉に俺を捉え、銃器の先端にエーテルが充填されるのが分かった。
「後方、襲撃だ! 撃て!!」
隊長と思われる男の号令で、銃口が一斉に火を吹いた。
「スコップバーストウォール!」
周囲のエーテルが収束し、巨大な半透明のスコップ型の障壁が眼前に出現した。弾丸が壁へと触れた瞬間、豆鉄砲のように四方へ弾き飛ばされる。その様子を見て、1人の兵士が悪態をつく。
「バカな、こっちはエーテル製の特殊貫通弾だぞ!!」
「むーだ、むだ。やめるのだ」
その小さな声は銃声を突き抜け、直接脳内へ響いた。兵士たちの体が一斉に硬直し、額に汗を浮かべながら道を開ける。
まるで、親に叱られた子供のように。
「スパルトイ計画の一体、
その中心に現れたのは、輝く金髪をゆらし、無邪気な笑顔を浮かべる少女だった。まだ幼さを残した華奢な体躯。その腰から伸びる巨大な翼と尻尾さえなければ、ゴッコ遊びの子供にしか見えない。
しかし、鈴が鳴るように清く、無邪気で舌足らずなその声に……兵士達は微動だにできなかった。
「ヴァルゴスお兄ちゃん、わざわざ天井掘って隠れていたのだ?」
最弱の竜種、イエロードラゴンであり、魔法世界最強の頂点捕食者。ノダ・ドラゴンロードが無邪気に微笑む。
「いや普通にめっちゃ急いでスコップでダンジョンぶち抜いたんだが?」
今まで何度も俺たちの前へ立ち塞がり、的確に思惑を見破ってきたノダがそれはもう見事に予測を外す。
俺は首を傾げながら至極単純な答えを示すと、次に首を傾げるのは彼女の番だった。
「……は?」
ノダの蛇目が僅かに開く。そして大きく頭をブンブンと左右へと振ってまくし立てる。
「いや、いやいや。無理。むーりーなのだ。ダンジョンの階層は出入り口以外、位相が繋がっていないのだ」
「何言ってるか良くわからないが、俺のスコップは最強だからな!」
俺は自慢げにスコップを肩に担いだ。
「いや、そういう次元のお話じゃないのだ。いや位相のお話なんだけど、そもそも物理的に繋がってないしドラク◯の主人公がダンジョンの壁破らないのと同じ理屈でその発想すら人類には不可能なのだ」
「でも、できてるじゃん?」
何やら難しいことを言って全力で否定するノダに、俺は困った表情を浮かべて視線を天井へと向けた。
「……」
俺に釣られるように、ノダが視線を上げる。その黄金の瞳が俺が開けた天井を見つめた。
「そっか」
ノダは何かに納得したように小さく呟くと、晴れやかな表情で俺の方を見つめた。
「で、ヴァルゴスお兄ちゃんは何しに来たのだ?」
ノダが何に疑問を抱き何を納得したのかは分からないが、どうやらその話はもう良いらしい。
「もちろん、ノエシスのエーテル独占を妨害するため」
「じゃあ、敵なのだ」
ノダはそう言うと、ゆっくりと腰の剣を引き抜く。大理石のような艶のある刀身が、エーテルの光を反射して淡く輝いた。
「今までの俺と同じだと思うなよ!!」
スキルとは別に、超能力を発動する。空気中のエーテルが体の中に流れ込み、体が一気に熱を帯びた。そのエネルギーを糧に、体が変異していく。全身の皮膚に薄く鱗が浮かび上がる。
腰の辺りから半透明なエーテルの翼と尾が伸びた。その姿は、まるで目の前のイエロードラゴンのよう。
ガンッ!!
「なんっ」
音の壁を超えて、ノダの一撃が襲いかかる。俺はそれをスコップの柄で彼女の剣を受け止める。
ギャリギャリギャリ!
彼女の剣がスコップの柄を削りながら前へ滑り、剣先が俺の喉元へ迫る。俺はそれを口で受け止めた。
「バッチィのだ」
「うるへぇ!」
スコップでノダの剣を押し返し、一度距離を取る。彼女が体勢を立て直す前に、今度は俺の方からスコップを突き刺す。
ギィイン!
不可避の刺突が、剣の先端で受け止められる。
「マジかよ……!」
「お兄ちゃんはいつも雑すぎるのだ」
翼を広げ、俺たちは空中を高速で交錯する。お互いの武器がぶつかり合う度に衝撃波が生まれ、ダンジョンが悲鳴を上げた。
断続的な衝突音の間隔がみるみるうちに短くなっていき、やがてひと繋ぎの音となっていく。
「待ってたよ、ずっとこの時を!! さあ、もっと! もっとノダの想像を超えてよ!」
「ああ、証明してやるぜ! 俺のスコップは最強だってなぁぁあ!!」