突然、新国連から職業決定と出頭の通知がきた。
私には、どう考えても早すぎるんだけど。
今日は私、名前はユメ‥‥(漢字では柚芽)の、十六歳の誕生日。だからと言って昨日までの十五歳だった私と何かが違うのかと聞かれれば、別に変わった気はしない‥‥って言うのが素直な感想かな。だからかな。十八歳までの義務教育が終わるまであと三年かあ‥‥っていう、自分の事なのに、何となく他人事な言葉しか浮かんでこないのは。
十八になれば、国から適正職業が通知されて、そこからはどこかで何かの仕事をしている成人‥‥そのうちに婚姻決定書なんてのも送られてくる。だから今はまだ、ただの学生でしかないんだな。
でもね、だからと言って私は無感情だとか、そういう事じゃないの。私がダメ元で就職希望を出してるのは、絵描きとか音楽家とか‥‥結構クリエイティブなもの。小さい頃は、その辺に落書きしてよく怒られてたらしい。(小さすぎて記憶が曖昧)。今でも学校の空を見てると、大きな白い紙に、そのモクモクした?景色を描きたくなるんだよね。
学校の席が窓際だったから、授業そっちのけで、いつもいつも外ばっかり見てた(いつもは空は灰色なんだけど、たまに見える青空がキレイ!)。だからたまに先生が質問を当ててきても気づかずにいて(当てられると机の端のライトが光るから普通はすぐに気が付く)、それはそれでまた怒られたり‥‥うーん‥‥。
『ユメは名前の通りだね』
私の席の前のミワナちゃんが、そんな私によく声をかけてくる。ミワナちゃんは中等部から一緒で、いつも一人でいる事が多かった私を同級生(幼等部から高等部まで、男女は別々で、私の周りは、ずっと女の子しかいない)という名の社会?‥‥に、連れていってくれた‥‥恩人?
『そうでもない』
って、私はよく答えるんだけど、そう言う度に、彼女は笑って私の背中をポンと叩いてくる(そのうち制服に彼女の手形が付きそう)。
『いっつも眠そうな目をしてて、何言ってるの?』
失礼な‥‥と、ちゃんと九時間は寝たと、言い出しそうになるが、そこは我慢。普通はそんなに寝ないらしい。
『せっかく天然のAI顔でかわいいのに、それじゃ台無しだってば』
『天然のAIとは‥‥』
私は素直に矛盾を口にする。
将来的には結婚相手も政府から通知が来て知らされるので、外見というものに意味があるのかは疑問な所なんだよね。
えっと、本題からずれちゃったけど、問題なのは、私はまだまだ十六だって事なのよ。
随分前から就職は、個人の意思より、政府の決定が優先されるようになってる。昔は自分で決められてたらしいけど、それだと、向き不向きが分からないまま社会に出て、結局失敗する事が多くて非効率だとかで、政府(昔の国連が無くなってから、出来た今の新国連‥‥これが今の世界政府)が職業や結婚相手は決めてくる。
少子化‥‥人口減少‥‥そんな問題は解決はしたみたいだけどね。突然言われても?が何個も頭の上に浮かんでくる。
極めつけは、そんな政策を決定しているのは人間とかじゃなくて、AIだとか‥‥よく分からないけど、多分、おっきなコンピュータ―なんだろうね。昔は画面に質問するとそれに答えてくれる程度だったらしいけど、今は人間の方が従ってる。
面倒くさがりな私にとって、国が全部やる事を決めてくれるのは、とっても有難い!
多分だけど、私より、私の事を国は把握してると思う。
国が職業を決めてくれる事は満足。
あ、また話がズレてしまった。
そんなまだ高等部の学生の私に知らされた就職先は、機知特別対策室‥‥字顔だけみると、かなり厳つい場所に見える。携帯端末の画面の説明をよく見てみると、そこはAI関係の様々な問題を解決する国の機関みたい。
「‥‥‥‥なるほど。機知というのは機械知性の略なのか‥‥」
‥‥と、納得しそうになったけど、そこはちょと待った。
だから何で私が?って話になる。
選ばれたからには、他の人よりこの仕事先の適正があるって判断されたって事なんだろうけど、一体、どの辺が?
今はAIはどこにでもある。って言うか、ないともう生活出来ないまである。
何しろ、家の中にも‥‥。
“ユメ”
その通知を受け取ったのは自分の部屋の中。
それなりに広い私の城の中にあるものは、支給された机とベッド、テーブルの他には、大きな絵描き用のキャンパス。他には、あまり物がない。もちろん、自分で自由に使えるポイントもあるけど、別にほしいものがないからだんだん貯まってくる。ミワナちゃんあたりは全然足りないなんて言ってるけどね。化粧品とか服とかに比べれば、絵具なんかの画材なんて安いもんだ。
「ユメ?」
「⁈」
至近で呼ばれて私はハッと我に返る。
「またぼうっとしてたのか?」
側ではお父さんが呆れた顔で立ってた。いつの間に、部屋の中に。
「何?」
「‥‥何って‥‥政府から通知が来たんだろう? 何だったんだ?」
一応、両親にも通知が行った事の通知はある(ややこしい)。プライバシーの問題があるので、細かい内容までは知らされないけど。
「えっと‥‥就職の決定のお知らせだって」
「え⁉ お前‥‥まだ高等部だよな?」
「まあ‥‥そうなんだけど」
お父さんは驚いてる。まあ、確かにそうなるよね。たまに超天才が飛び級で進学するなんて話を聞くけど、私に何か才能あったかな?
あ、もしかして、AI判断のバグか何かの間違いなのかも。そうとしか思えない。
「何処なんだ?」
「えっと‥‥」
さっき見たばかりなのに、もう就職先の名前を忘れてるし。絶対、適正ないよね?
「なんとか特別対策室っていう‥‥公務員」
「公務員!‥‥それは良かった!」
「えっと‥‥」
お父さんはもう、満面の笑み。私の手を掴んで、ブンブンと上下させている。お父さん自身も、政府の役人として(あまり地位は高くないらしいけど)働いてるから、私が同じ公務員になった事が嬉しいみたい。
それより深刻に考えてほしい事があるんだけど。
お父さん、さっき言ってたよね。
「私、まだ学生なんだけど」
「そんな事は問題じゃない。いいじゃないか、いつかは誰でも仕事に就く。それが数年早まっただけだ。それでそんな良いとこに就けたんだから、これ以上に良い事はないだろ?」
「‥‥うん‥‥まあ」
楽しい? 学生時代が早く終わってしまう。ミワナちゃんたちともお別れになるし、それに‥‥。
「‥‥お父さんともお別れになるんだよ」
「‥‥そうだな」
就職と同時に、元の家とは違う場所で暮らす事になる。学校を卒業した時点で成人という事になって、親の手を離れたあとは、本人の自己責任‥‥改めてそう考えると、ちょっと寂しいな。
「大丈夫、ユメは抜けているようでしっかりしている。何処でも立派にやっていける」
「‥‥抜けているのにしっかりしているとは‥‥」
また矛盾した事を言っているようなので、そう言った途端、お父さんは私を抱きしめてきた。
「だから心配するな」
「‥‥そうだね」
私がそう言うと、お父さんはまた笑顔になる。私が見てると顔を反らしてるけど‥‥やっぱり照れ臭かったんだね。
「母さんにも報告しておいで」
「え?‥‥うん‥‥」
私はなるべく自然に頷く。意識してそうしないと、お父さんには不自然に見えてしまうだろうし。
なぜかって‥‥それは‥‥何て言うか‥‥。
ううん、嫌いじゃないの。いつも私の事を気遣ってくれるし、優しいし‥‥本当に、絵に描いたような立派なお母さん。
本当に絵にも描いた事がある。
いつまでも綺麗なお母さん‥‥。
「あ、ゴメン、ミワナちゃんと約束してたから」
「ん?そうか」
慌てた私を見て、お父さんはそれで納得したみたい。嘘ついたみたいでちょっと心に小さな針がチクチク‥‥でも完全に嘘でもない。
本当にミワナちゃんにも言っておかないと。
昨日を持って、私は学生じゃなくなったから、もう学校には行けない。それに加えて、出頭日もすぐ‥‥だから、今、会わないと二度と会えなくなる。
「‥‥‥‥」
家を飛び出した私は走ったの。
ここは住宅街なんだけど、大きさも間取りも一緒、整然と規格整理された街が視界に入る何処までも続いていて、ちゃんと標識を確認しながらでないと、慣れた人でも迷ってしまうほど。指定された仕事を一定期間就いていると、家は政府から支給される。だから皆、同じ家になるのも頷けるけど‥‥。
「‥‥見えた」
何度も番地を確認したから間違いない。ここがミワナちゃんの家。私の家と同じ造りで、頭が混乱しそうだけど、絶対ここ。
「おはようございます」
インターフォンを押すのと、私がそう言うのが同時。多分、私の言葉は伝わってない。
=あれ、ユメじゃん? どうしたのこんな朝早くに=
「ん、ちょっと‥‥」
=待って、今、開けるから=
玄関のドアが開くと、奥からミワナちゃんが出てきた。ひざ下まである長いブルーのロングTシャツを着てる。完全にくつろいでいたようだ。
「どしたの?」
「えっと‥‥来ちゃった‥‥」
「何が?」
「‥‥実は」
私は持ってきた端末をミワナちゃんに見せた。
「え? 凄いじゃない‥‥何々‥‥機械知性特別対策室‥‥かっこいい! こんなとこに飛び級で就 けるなんて、超ラッキーじゃん!」
「‥‥でも、私なんかがそんなとこで‥‥」
「なーに言ってるの!」
ミワナちゃんはいつものように私の背中をバシッと叩いた。
「痛っ‥‥げほっ!」
「政府のAIが最も適任だって、ユメを選んだんでしょ。自信を持ちなさいよ」
「‥‥‥‥」
まだむせている私におかまいなく、ミワナちゃんは言葉をまくし立ててくる。
「‥‥私の、どの辺が適任だと?」
恐る恐る聞いてみる。
「それはもちろん、そのいつも何考えてんだか分かんない無表情な所‥‥実際は眠いだけなんだけど、とにかくそれが第一!」
「‥‥‥‥」
「あとは、その画一的な体の動きと、真っ白‥‥白すぎる肌‥‥ほら、前にあったじゃん。ユメを動画に撮ったら、実在の人間だって信じてくれなかった事件」
「まあ‥‥あれは‥‥」
簡単に言えば、それは高等部、新入生歓迎の為のプロモーションを作る時、なぜかクラスで私がガイド役を押し付けられた事件。カメラの前で私は結構、ノリノリで話してたんだけど、新入生からは不気味だったという感想が多かった。
全く、失礼な‥‥。
「まあ、それはともかく‥‥」
ミワナちゃんは咳払いをする。
「大丈夫、政府が信用できなくても大親友の私が保証するから」
「‥‥‥‥」
それだけ言って、ニカ‥‥と笑う。
「もし、何かあったらいつでも訪ねてきて。私の就職先はまだ分からないけど、あと二年はここで学生やってるから」
「うん、そうする」
「よし、じゃあ、とりあえずあがって!」
私は手を引っ張られて中へと入る。
「今日は家に誰もいないから、二人でお茶会とシャレこもう!」
「‥‥‥‥」
人間というよりは猫のような扱いを受けてる感じで、私は椅子に座らされ、そこにカップが置かれる。
ミワナちゃんは鼻歌を歌いながら、カチャカチャと陶器の硬い音を立てて、準備をしている。
「‥‥‥‥」
私は頬杖をついてそんな姿をじっと見つめる、表情を見るなら、今この瞬間にしてほしい。
無表情なんかじゃない‥‥幸せそうな表情の私がそこにいるはずだ。
こんな時間もあとちょっとだけなのか。
そう考えると途端に顔が曇ってくる。
私ってこんなに表情豊かじゃん。
「‥‥ただいま」
私が家に戻ったのは夕方の日が傾きかけた午後遅く。
季節は春なんだけど、まだこの時間は肌寒い。って言うか、寒い。
「お帰りなさい」
玄関で靴を脱いでると、お母さんが出てきた。多分、お父さんから話は聞いてると思う。
「今までミワナちゃんの所に行ってたの?」
「うん、就職が決まった事を伝えに行った」
「そう、喜んでたでしょ」
「うん」
私がそう言うとお母さんも笑顔になる。
もう四十代になるのに、お母さんは二十代に見える。実際、二十代のままだから、それは当然。でもお父さんは年相応に順当に老けてきてる。本人には言えないけど。
「良い所に就職出来て良かったわね」
「そうかな」
「‥‥? あまり乗り気じゃないの?」
「そんな事ないよ」
私は言葉と表情が食い違ってる。お母さんはそれは矛盾として、認識出来ていないと思う。
「‥‥‥‥」
お母さんの瞳が、前後にわずかに動いたのが見えた。より深く私の事を確認する為に、細部まで観察しようとしている。
それはありがたい事なんだけど‥‥。
「そう、緊張してるのね」
「‥‥‥‥」
お母さんはそう結論付けたようだ‥‥半分は当たってる。
今の私の正確な分析‥‥未知の仕事に対する緊張が半分‥‥それと目の前のお母さんのようなものに対する、戸惑いが半分‥‥って所。
お母さんは、私が初等部の時に事故で死んでしまった。
絶対安全な車の自動運転だったはずなのに、万が一の確率での不具合で、暴走した車に跳ねられてしまった。
私をかばって‥‥。
だから、今のこのお母さんは、その時のお母さんそのものの姿をしてるけど、本当は機械人形。その上に政府が日々収集している個人のビッグデータを元に、人格を再現している。
だから、限りなく人間に近い。
どう見てもお母さんにしか見えない。言われなければ分からないぐらい。
それでも、あの時のお母さんとは違う別のものには違いない。
「うん、でも大丈夫だよ」
「なら良いんだけど‥‥」
「ありがとう」
私は笑って部屋に行った。これが最大限頑張ったお母さんとの対話。
‥‥顔は強張ってるけど。
「‥‥‥‥」
私は後ろ手にドアを閉める、それから深呼吸を一回してから、もう一度、私に来た通知を見返す。
機械知性特別対策室‥‥ Machine Intelligence Taskforce‥‥略して、MIT‥‥AIなんかを専門に扱う政府の部署。
これからお母さんみたいな‥‥そうじゃなくて、会った事もないAIと接していかなければならないのか。
「‥‥‥ふう‥」
窓を開けて空を見上げる。夕焼けは今日もくすんだ感じに見える。
それでも、何か私は好きだな。
刻一刻と変わっていくこの感じ。
「‥‥‥‥」
AIが進化してきて、大きく変わった事が二つ‥‥一つは人類を管理するのは、AIが判断するようになってきたって事。その結果、結婚率の低下と人口減少はなくなってきた。それに停滞していた経済や科学技術に、少しづつ上向きに‥‥それはとっても良い事‥‥だと思う。
もう一つは、機械人形の発展。
亡くなった人を偲んで、どうしてもその人の事が忘れる事が出来ない‥‥そんな悲しみを人類は克服した‥‥何ていう宣伝文句だったらしい。実際、お父さんも、お母さんのドールを、本当の家族として接してるし。
「‥‥‥‥」
考えてても仕方がない! 全ては、実際に仕事についてみないと分からない事だらけ。
何とかなるって!
‥‥面倒臭いけどね。
その時はそんなふうに安易に考えてたけど、実際はそんな甘いものではなかった。
後でとことん思い知らされる事を、その時の私は知らなかった。