事件によってナツメ・マナトは世界安全保障違反で、シンソラ社の代表を解任。中央AIの保守点検を任されていた社は、そのグループの一員から外されるという顛末だった。
機知室は、社会崩壊の危機を救ったという事で、中央付きのマスコミから大々的に報道され、一躍、機知室は時の人になった。
その果たす役割の大きさから、使えるポイント数は上昇。権限的にも、警察を越えて、公安に匹敵するまでになった。
来年度から、人員も多く回してくるって話。それって、またAIが独断で、就職させてくるってことでもあり‥‥私的には複雑な気分。
それに普通に学生生活を終えて就職してくる人たちは、私より年上だし。
先輩って言葉は重い。
後でクジョウ先輩にその心得を聞いてみよう。
対外的にはそんな所。
で、機知室の内部的にはどうかというと‥‥。
カシワギさんは全身打撲と打ち身、捻挫で入院。
普通なら、大丈夫かな?‥‥って、思う所なんだけど、あの人は絶対に大丈夫。
またドリアンでも持って病院に差し入れに行こうと思う。
そのカシワギさんの活躍もあって、クジョウ先輩と、アイザワさんのとこには、敵(らしき者?)‥‥は誰も近づいていかなかったらしくて、被害なし。
クジョウ先輩は頬に小さな絆創膏を張ってたけど、そんな姿でもスタイリッシュに見える。つくづく爽やかな人は特だと思う。
アイザワさんは新国連本部と、機知室を往復してて忙しそう。やっぱり姿をほとんど見てないので、レアキャラ感は健在だ。
室長は相変わらず、モニターを睨んでる。
機知室の人員のほとんどが機能不全の状態なので、緊急性のある案件以外は、室長が端末で警察に押し付けてる。先日の件もあって、何も出来なかった警察への風当たりは大きいようで、室長はそれに付け込んでどんどん仕事を回してるみたい。やり手というか、何というか‥‥。
「‥‥‥‥」
私は包帯でぐるぐる巻きにされた左手を見る。
名誉の負傷‥‥という事で、こんな有様になってる。
慣れない事はするもんじゃないって事。グーでパンチは自分にもダメージがある。
『私もケジメをつけた!』
って、意気揚々とカシワギさんに言ったら、
『ったく、素人が拳なんて使うなよ。痛いのは拳のほうだ』
なんて事を、さもバカにしたような顔で言ってきた。そんでもって、ずっと笑ってるし。
ドリアン+ニンニクの何かを持っていく事にしよう。
そんでもって、私は今、病院にお見舞いに向かってる途中。
カシワギさんにではない。
一応、お見舞いの品は、プリンとかカットフルーツとか‥‥よさげな物をチョイス。あと花とかも一応。
花屋さんに行って自分で探したんだけど、なかなかいいの見つからない。店員さんに聞いてみたんだけど‥‥。
『どういう方に贈られるのですか?』
って、聞かれたから、色々と話した。
『あー‥‥なるほど、だったら、これ以外にありません』
選んでくれたのは赤いトゲトゲのある花。細かったんだけど一杯入れてくれて、何と本数は108本! さすがに多いと思ったけど、
『サービスです!』
『‥‥むう』
無理矢理車の後ろの席に巨大な花束を乗せて、病院に到着。
大きな花束を抱えて入っていくと、ロビーにいた人達は、ぎょっとした顔で見てくる。
病室の前まできて、入口のところに映ってる私と花束の影に、私自身もドン引きしてる。
ノックして中に入る。間違えて左手で叩いてしまったら、廊下中にドンドン!という音が鳴り響いてしまった。
“何だ? 開いてるよ”
「‥‥‥‥」
許可が下りたので、私は中へと入る。
「‥‥何だユメじゃねえか‥‥ん?‥‥何だそりゃ?」
「‥‥病室に飾る花」
ぼそっとそれだけ言う。
見渡して花瓶を探したけど、とうてい入りきるものじゃない。あとで言って追加で花瓶をもらおう。
ミナセさんはあちこち包帯だらけ、右手、左足はギブスで、頭にも包帯撒いてる。今、火事とか起こったら、確実に逃げられない‥‥そんな感じ。
全治三か月‥‥思ってたより重症だった。
でも、無事で何より‥‥無事じゃないけど。
「俺が担当してた、あの案件‥‥どうなった?」
「ああ、あれは、警察に回されました」
「ほんとか⁈ 駄目だろ‥‥くそ‥‥あと少しでホシをあげられる所だったんだが」
こんな感じで仕事の進捗の報告。
帰り際に持ってきた紙袋からコートを出した。
「‥‥えっと‥‥一応、破れてる所を縫おうとはしたんだけど‥‥」
ミナセさんがいつも着てるボロボロのコート。穴だらけになってしまって、しかも出血の跡もすごくて‥‥。何回も洗ってはみたけど、全く落ちなくて、しかもそうしてるうちに裂けてきた。縫ってみたけど、背中とくっついたりして、まあ、悲惨な状態(利き手が使えないから仕方なし)。
「‥‥それで、これ‥‥私から‥‥」
似た様なコートを探して買ってきた。デザインが古臭くて、なかなかなかったけど、零網区近くの古着屋で何とか見つけてきた。
「わざわざすまんな‥‥しかし何だ、やけに丁寧だな。どうしたんだ?」
「‥‥何となく」
それ以上、何も言えなくなって私は立ち上がった。
帰る途中、ドアの取手を掴みながら、私は小さな声で呟いた。
「‥‥ありがとう」
「ん?‥‥何だって?」
「‥‥また来るから」
ゆっくり後ろ手にドアをしめる。
これからはもっと素直になれるように努力していこうと思う。
その時は‥‥ちゃんと言えるようになれたらいいなって。
私は十七歳になった。
とは言っても何も変わった事はない。
手続き上、十六が十七に変わっただけ。ただそれだけなのに、凄く大人になった気がする。
「えっと‥‥どっちだったかな」
迷ってる私にはお構いなく、自動運転の車は、迷う事なく目的地に向けて走っていく。
ビル街を抜けて、途中の荒野を越えて‥‥いつしか住宅街に入っていく。
同じような家が並んで、同じ様な区画がどこまでも続いていて‥‥。
「‥‥‥‥」
目に飛び込んできたその光景に、私はまた泣きそうになる。
もう少しで、私の生まれ育った家につく。
本来ならばこの行為は禁止されてる。AI的には、いつまでも親元から離れずにいる事は自主性をなくし、ひきこもりをつくる元というのが理由。
でも、私はダメ元で申請を出してみた。
結果は予想外にOKで、もしかしたら、機知室での事が、戻る許可の判断になったのかもしれない。‥‥分からないけど。
連絡はとれないので、いきなりになるけど、今はもう仕事はしてないはずなので、多分、家にいるはず。
本当はミワナちゃんにも会いたかったけど‥‥それはまた今度の楽しみ。
「‥‥‥‥!」
同じ家なのに、あきらかにここだ!っていう一軒の家を見つけた。
車はその家の前で止まる。
「‥‥‥‥」
車から降りて深呼吸してインターフォンを押す。
“はい、ツキシロです”
「‥‥!」
お父さんの声!
何て‥‥どう言えばいいだろうか。
何も言葉が浮かんでこない。
「えっと‥‥」
出て来た言葉はそれだけだったけど‥‥。
ドアが勢いよく開いた。
「ユメ! やっぱりユメじゃないか!」
「‥‥‥‥」
お父さんが出てきた。
一年ぶり‥‥少し‥‥痩せた?
だめだよ、ちゃんと食べないと。
いや、そんな事を言いにきたんじゃなくて‥‥。
「元気にしてたか?」
「‥‥うん」
お父さんに抱き着く。昔‥‥かなりちっちゃかった時と同じ。
やっぱり安心する。
“ユメ?”
お母さんの声がして、私は顔をあげる。
「‥‥‥ユメ‥‥」
心配そうな顔で私を見てる。
やっぱり、お母さんは、お母さんだ。
「‥‥‥‥」
今度はお母さんに抱き着く。
「どうしたの? 子供みたいに」
「‥‥うん」
今はもう子供じゃないけど、子供みたいに泣いてる。
「‥‥ただいま」
これからもいろんな事があるだろうけど、この世界の中で、私は生きていく。
その時の私が何を思って、何をするかなんて分からないけど‥‥今はただ、この幸せをかみしめていたいと思う。