どうして、こうなった。
「お弁当、美味しそうだね」
「ありがとう…」
「自分で作ったんだもんな」
「あ、うん…」
「そうなの?すごいなぁ」
「それほどでも…」
いや、なんだこの状況。
星座占いを確認したい。絶対に最下位だ。夏休み前までは1人で食べていたはずなのに、なんでこんな状況になってしまったのだろう。
いや、ネガティブになってしまってはダメだ。今を楽しむことが大事だって誰かの本に書いてあった気がする。
ほら、そう思えばこの状況だって楽しくなってきたはず…!
「あ、東雲くんの卵焼き美味しそうだね」
「…食べる?」
「いいよいいよ!そんな勿体無い…」
「じゃあ俺がヒカルの卵焼きもらってあげよう」
「立川くんズルい!」
どうしよう、とっても楽しくない!
こんなに嫌な昼休みがこの世に存在していたなんて。
とりあえず逃げようかな。それが最善な気がしてきた。でもどこへ?逃げ場がない。
ここは受け流す体制に整えようと心に決めて、2人の会話に相槌を打つ方向へ。
「おい東雲!早く校庭行くぞー。立川もな!」
「俺も〜?いいけどさ〜」
まさしく鶴の一声。2人はお弁当を掻き込んで校庭へ向かってしまった。
自分ひとりという状況に、安心してしまう。けどなんとなく2人が気になって、窓を開けてベランダに出た。
ベランダからは校庭が一望できる。ほら、1年3組がいた。
大きなバスケットボールをいとも簡単に操って、ゴールへ流れるように運んでいく。立川くんも上手だけど、それより注目すべきは東雲くんだった。さすが施設で鍛えられて、赤いカバーを持っているだけはある。きっと視野が広いんだ。適と味方を把握して動いているような気がする。
ふと東雲くんがこちらを向いて、目線がかち合った。いつもなら見ないような笑顔が爽やかさに溢れ、もはや奇跡を生んでいる。少し恥ずかしくて無視してしまったけど。
「…疲れた。マジでなんだよあのノリ…」
そして今はとても笑顔なんて見えない。でも私はこの方が見慣れていて安心するかも。
「っていうか、私、好きにしていいって言ったよね」
「情報を得るために人脈は必要だ。俺の好きにしただけ」
「でも…」
「それで、ここは?」
「見れば分かるでしょ、図書館よ。夏休み貸し出しの本を返しに来たの」
図書館は私の好きな場所。ゆったりとした、社会とは違う時間が流れてる場所。カウンターの隣にある木製の返却ボックスに本を入れたら、なんとなく図書館内を歩いて回る。でも今日は特に借りたい訳でもないし、そろそろ帰ろうかな。
「あれ…?」
「ん?」
「こんな本棚、あったっけ。新しく設置されたのかな」
それにしてもここだけ木製の本棚だし、新しく設置されたのなら『図書館だより』に載っているはず。今日配布されたものには載っていなかった。
そばにあったひとつの本を取り出す。タイトルは『黒瀬ヒカル』。なぜか私の名前だ。
「怪異だ」
「うん…」
この雰囲気からして、中級以上。最近はずっと初級だったから、なんだか怖くなってしまう。きっとこの本棚は、普通の人にはなにもないように見えているんだ。だから気づかなかった。
東雲くんが肩を回して、手を握ったり開いたりする。
表紙がめくられた瞬間、目の前が白く染まった。
♢
「ん…あれ、学校だ…」
「そうだな」
目を覚ませばそこは廊下で、夕日は差し込み、私たちだけがいた。
するとどこからか足音が近づいてくる。それは真っ直ぐとこちらに向かっていた。鼓動が速くなる。本当に、大丈夫かな。ほら、もう見えてくる。
「あ、いた!」
「立川くん!?」
思わず東雲くんと2人で驚いてしまった。
立川くんは東雲くんに目もくれず私の方へ走ってくる。柔らかな笑顔を携えて。
「ヒカル、探したんだよ?」
「ごめんなさい…?」
「心配させないでよね」
なにが起こったのか、分からなかった。私は今、立川くんに抱きしめられている。立川くんの方が背が高くて、あたたかい。
ふわりと顔に触れられて、立川くんの顔が近くなる。自然と動けなくなる。
こんなこと、絶対に起こらないのにね。
バキッ!
目の前から立川くんが消えた。東雲くんが吹っ飛ばしたのだ。壁に激しく打ち付けられて動かない。
「油断すんな」
「ごめん…」
「え、なに?しょげてんの?」
「しょげてないから!」
そうだよ私。ここは怪異の領域。立川くんがここにいるわけがないんだから。
再び目の前が白く染まる。
「黒瀬さん、すごーい!」
「さすが黒瀬!」
「ヒカルちゃんすごいね」
次は1年3組。私は席に座っていて、人に囲まれていた。私を称賛する数々の声。教壇の前で松崎先生も大きく手を叩いている。
だから、東雲くんと逃げるように学校を出た。
次は図書館。私がずっと読みたいなと思っていたシリーズを全巻仕入れて、私のために全巻取っておいてくれるらしい。
いらないです、と告げて後にした。
次はどこかの路地裏。札を貼られて今まさに消えようとしている怪異が多数転がっている。明らかに私の成果。
無理やり東雲くんを褒めて、ユウさんに東雲くんが1人で行ったと報告した。
次は…次は…。絶対に起こらないのに、とても嬉しいことが終わらない。
でもこうしていれば、いつか…
「ヒカルちゃん」
「ユウさん…」
私たちは本部のユウさんの元にいた。そしてユウさんがあるものを取り出す。
「おめでとう」
手帳と、グレーのカバー。喉から手が出るほど欲しいふたつ。でも受け取らない方がいい気がした。
けど、ずっとこれは私が欲しかったもので、これのためにたくさん辛くて苦しい気持ちになって、たくさん泣いたもので…
「ヒカルちゃん?いらないの?」
「…いります」
「ならどうして…」
とっても欲しい!
手が伸びてしまう。けど、それは手帳をはたき落とすためのものだ!
無言でドアを開けて、ユウさんを置いていく。東雲くんも後を追う。
気づけば、本に囲まれた部屋に立っていた。
欲しかった。けど取ってはいけなかった。
涙が止まらない。なんて凶悪な怪異なんだろう。
「あら、ここまで来てしまったの?」
綺麗な声がして、見てみればフリルのたくさんついた女の子が立っていた。
「せっかく良い世界に入れたのに…。不思議ですわね、人間というのは。願望は止まらないのにそれを目の前にして受け取らない。…そうだわ。あなたの願いも叶えてあげましょうか」
「そんなのいらない」
「あらそう?なら…」
そう言って女の子は1冊の本を取る。その表紙は黒々としていて、ページに手をかざせば、ページから斧が出てくる。
「え、待って待って待って!?いきなりすぎるでしょ!」
「よっしゃいくか」
「めっちゃ乗り気じゃん」
この約15年の人生の中で中級以上の怪異と対峙したことは両手に収まる。しかもその中で倒せたのは片手に余裕で収まる。
私たちが倒されればすぐさま手帳に載っている御印が本部に連絡する。まあ、私の場合は紙切れなんだけど…。
中級以上は、札を額に貼るか、実力で倒すかだ。スカートのポケットを撫でる。けど東雲くんはそのまま駆け出した。
跳んでひとつ。ふたつ。みっつ。相手は防ぐことしかできていない。
斧がすぐさま地を突く。本がバサバサと吹っ飛ぶ。
私は、なにができるの?
考えて。下手に動けば迷惑になる。けど何かしないとダメだ。
「…あ」
すぐに本棚を確認して黒い表紙の本を取る。本には様々な絵が描かれていて、手をかざす。
出てきたのは魔法の杖だ。だって何か出来そうじゃない?
東雲くんの間を狙って、とりあえずかざしてみる!
「いっけー!」
杖の先端で宝石が輝く。白い光が放たれた。
私だって、何かしたい!
いつまでも東雲くんの荷物でいたくない。
目の前に斧を振りかぶる女の子がいた。
脳に閃光が走る。手がなにも握っていない。
ほら、斧が眼前。
「黒瀬!」
私の左腕が、宙を舞う。