それから二年、マユミはモデルの活動を広めていた。
少し前に出した写真集が海外でも売れて、外からのオファーを受けてモデルに専念している。
今は丁度、海外での撮影のために日本を離れている。
撮影スタッフたちと話しているカフェに、一人の青年が笑顔で飛び込んできた。
『マユ!』
久しぶりに聞く日本語にマユミは視線をそちらに向けた。
相変わらずの金髪に少し大人びた顔で大きく手を振っている。その人が誰かはすぐわかった。
『カナエ君。』
マユミはスタッフに断って席を離れる。
少し脇に寄るとカナエと向き合った。
『どうしたの?今フランスにいるんじゃなかったの?』
カナエからの手紙で学会に参加するという報告を受けていた。
『うん、そうなんだけど・・・マユがこっち来るって聞いて、とんぼ返りしてきた。』
『でも・・・僕はこの事言ってなかったんじゃ・・・。』
マユミが首を傾げると、カナエは顔を赤くした。
『・・・そう。俺はマユのフリークだから。』
どうやら事務所にマユミのスケジュールの確認をしたらしく、それをカナエはおどけて説明してみせた。
『よく話してもらえたね?』
『それは・・・俺も結構有名人ですからね。』
そう、最近のカナエは雑誌なんかでもよく顔を見る。
色んな場所で活躍しているのか活き活きとしている。
『それはそうと、写真集凄くよかった。』
カナエが話題を切り替えてにっこりと笑う。
『うん・・・なんかね・・・嬉しいことだよね。』
『俺の同僚がね、マユのファンになってたよ・・・もうウザイったら・・・。』
『ハハ。』
『ハハじゃないの。俺が貼ってるポスターにキスしようとしてて、本当に油断も隙もない。』
『え?』
『こんなの売ってないじゃない!とか文句まで言われて・・・本当に酷いんだ。』
これとカナエが携帯の画面に映して見せた。赤毛の男性が赤い顔をしている。
マユミは眉をしかめてカナエを見た。
『カナエ君・・・。』
『ん?』
『確かに僕はポスターにもなってるんだけど、これって・・・雑誌にしかない写真だよね、確か。』
マユミがまじまじと画像を覗き込むと、カナエが一気に真っ赤に染まった。
『・・・あ。』
『ん?』
顔を上げるとカナエはぎゅっと目を瞑って顔を背ける。
『ごめん・・・俺が作ったやつ。』
その顔がおかしくて可愛くてマユミは噴出した。
『わ、笑わないでよ。いいでしょ、売ったりしてないし。』
『ごめん、分かってる。』
マユミが片手を上げて笑うのをやめると、カナエは唇を噛んだ。
『ねえ・・・マユ、聞いていい?』
『うん?』
『手紙ではお互いのことしか書いてなかったけど、先生とは?』
あれからずっとカナエとは文通をしていて、電話でも良かったけどお互いの時間差を考えると丁度いいと思って連絡を取り合っていた。
『タカヤさん・・・ね。春くらいに赤ちゃんが産まれるよ。』
『え?』
『タカヤさんね、結婚したんだ。取引先の女性でね、その人と一緒に仕事してるみたい。子供が好きな人で、孤児院をもう一つ建てるとか。』
マユミは微笑む。
タカヤとは円満に別れていた。あの日抱き合って、それから少しの期間一緒に過ごしていたけれど、マユミが忙しくなりすぎたことも祟って、タカヤとのすれ違いが多くなっていた。
それから本格的にマユミの仕事が稼動して、マユミからタカヤに別れを告げた。勿論そうしたいわけではなかったけど。
『・・・そうなんだ。』
『うん。』
カナエはぷうと頬を膨らませると
『なんだよ、じゃあ俺、あの家に帰れないじゃん。先生ったら。』
ふふっとマユミが笑うのを見て、カナエは安心したように笑う。
『・・・気にしてない?大丈夫?』
『うん、大丈夫。』
少し前までは
マユミの視線がふとカナエの手に止まった。少し緩めの指輪が薬指で光っている。
『・・・それ・・・。』
『ん?・・・ああ。』
カナエは嬉しそうに笑顔になると左手を持ち上げた。
陽に透かすように指輪を眺める。
『マユからのお守り、俺をずっと守ってくれてる。』
『カナエ君・・・。』
『ねえ・・・マユ。今度こそ、ちゃんと言うから、聞いてくれる?』
ふうと大きく息を吐いて肩を降ろすとカナエはマユミを見つめた。
まっすぐな瞳に心臓がドキッとはじけた。
『あの・・・ね、俺、マユのこと、今でもずっと・・・。』
マユミは頷くと微笑んだ。
君は純情につき、僕の心を支配する・・・そんな言葉が浮かんでは消えた。
おわり