出席番号一番のプリーツスカートが椅子の背もたれに隠れて、僕の番が来た。
高校デビューなんてイタいけど、きっとこれで何かが変わるはず。だから息を吸って、一息に言った。
「
教師に言われる前に席に着く。
言ってやった。
言ってやったぞ。
顔が熱い。
心臓がドクドクいってる。
皆が僕を見てる気がする。
でも確かめる勇気はない。
他のクラスメートの自己紹介を背中で聞き流しながら、僕は机の下で両手を握り締めた。
■
スマホを見る。
〈棒読みの上反応薄すぎ。感情死んでる?〉
『底辺配信者が新作ホラゲー“バロックタワー5”初見攻略配信してみた!』
視聴数15、高評価1、コメント1。
チャンネル登録者数、0。
それが放課後時点での、結果だった。
やっぱダメか。
高校生活一日目。自己紹介直後の期待感は、同じ量の落胆に変わっていた。そりゃそうだ。期待した僕がバカだった。あんなイタい自己紹介で、何が変わるというんだ。
ため息をつき、帰り支度を始めた僕の前に誰かが立つ。
「朝陰君」
涼し気な声だ。
机の向こう、スカートのチェック柄から伸びるストッキングの黒。これは、60デニールといったところか。
顔を上げる。
美少女が、そこにいた。
「
え、なんで?
学級委員?
というかこんな美少女、クラスにいたっけ?
それにこんな可愛い子にどう返事したら……。
混乱する頭で、僕は……。
「俺は構わないけど、今から?」
「はい」
「そう。じゃ行こうか」
「はい。ありがとうございます」
淡々と、鞄を持って立ち上がった。
……なんで僕は、こうなんだろう?
動画のコメントを思い出す。
僕の感情は、死んでなんかない。
とにかく、音無さんと一緒に教室を出る。
美少女学級委員の後ろを歩きながら、僕の思考は交通渋滞。
こんな子が同じクラスにいたとは。
今日一日、チャンネルのことで頭一杯だった。
まずい。クラスメートの名前、一つも覚えていないぞ……。
というか学級委員の仕事ってなんだ?
それになんで僕なんだ?
まあ、こんな可愛い子とお近づきになれるなら悪くはないけど……。
――なんかいい匂いがする。
音無さんの匂いか?
顔がいいと匂いまでいいのか?
各々自宅や部活の見学に向かうであろう生徒たちの間を縫って、僕は音無さんの後を追う。
後ろにいると、すれ違う生徒のほとんどが目線をこちらに向けるのが分かる。正確に言えば、前を行く美少女の顔に。
僕は極力“たまたま後ろを歩いているだけですよ”という空気を出した。陰キャの僕に、美少女オーラの範囲内を歩く勇気はない。だから音無さんよ、そうやってちらちら後ろを振り返らないでくれ。
音無さんは視線を意に介さず廊下を進み、階段を登る。
数段後ろを、僕も登る。
「……」
「……」
気まずい。何か言ってくれ。
階段のステップを踏む60デニールの黒も、空気を孕んで揺れるプリーツも、何も語ってはくれなかった。
■
たどり着いたのは最上階の隅の、妙な部屋だった。教室の四分の一程の広さで、なぜか奥に階段がある。屋上への入り口だろうか? だが埃っぽい床と空気は、ここが普段まったく使われていないと物語っていた。
「なにここ?」
戸惑いながら中に踏み出した僕の後ろで、扉を閉める音がした。そして、かちゃりという小さな音も。
「……音無さん?」
振り向けば、俯いた音無さん。
「ここはもう使われていない時計塔の中です。今、内鍵をかけました。ここには誰も来ません」
「え?」
「朝陰君、ごめんなさい。学級委員の仕事というのは嘘です」
心臓が跳ねた。
高校生活初日の放課後、時計塔の密室で、とびきりの美少女と二人きり。
わからない。わからないけど、非日常的な何かが起こる気がする。
「朝陰君」
「はい」
セミロングの黒髪が揺れる。音無さんが顔を上げた。白い頬には
そして彼女は潤んだ眼で僕を見つめ、こう言ったのだ。
「お願いします。私と一緒に、ホラーゲーム配信して下さい……!」