―ー数ヶ月が経ち、戦いの余韻が少しずつ薄れていった。空たちはそれぞれの生活を取り戻し、練習や任務に励んでいた。だが、戦いの後に感じた疲れや緊張感は完全には消え去っていなかった。
ある日、空は静かな時間を過ごすために、街の外れにある小さなカフェで一息ついていた。忙しい日々の中で、こうしたひとときが心を落ち着ける。
カフェの窓から見える風景は、穏やかな午後の光に包まれていた。緑豊かな自然と、静かな街並みが広がる景色は、戦いの後の平和な日常を象徴しているように感じられる。
その時、アリスが駆け込んできた。「空、見て!あっちの方に新しい訓練施設ができたんだって!さっそく行ってみない?」
空は笑顔を浮かべてカップを置き、「訓練施設か、いいね。でも今日はちょっと休憩したくて…」と答えた。
アリスは少し考え込み、それからにっこりと笑った。「じゃあ、後で行こうよ!でも、元気がないわけじゃないよね?ちゃんと元気でいないと、また戦いが来た時に困っちゃうから!」
空は少し笑ってから答える。「大丈夫だよ、アリス。ちょっと休んで元気を取り戻すだけさ」
その会話を聞きながら、空は自分でも知らないうちに感じていた心の中の重みが少し軽くなったことに気づいた。戦いが終わった後も、仲間たちと過ごす日々は、確かに心を支えてくれていた。
数日後、アリス、ムラト、レナたちとも再会し、皆で集まってそれぞれの近況を話し合った。戦いの後、それぞれが歩んできた道が異なり、だからこそ、お互いの存在がますます大切に感じられるようになった。
「やっぱり、みんなでこうやって集まるのっていいな。」空は、ふとそんなことを口にした。
「そうだな。」ムラトがゆっくりと答えた。「戦いがあったからこそ、こうしてみんなと過ごせる時間が貴重だって感じるようになった。」
レナも静かにうなずき、「あの頃とは違って、少しずつ落ち着いてきたけど、やっぱり心の中に残るものは大きい。でも、こうして仲間がいるから前に進んでいけるよ。」
アリスは元気よく手を挙げて言った。「それに、まだまだ冒険が待ってるんだし! これからもみんなで一緒に進もうよ!」
空はその言葉を聞きながら、静かに頷いた。確かに、まだ先は長い。でも、この仲間たちと一緒なら、どんな困難も乗り越えていける気がした。
「うん、みんなで進んでいこう。」空は心からそう思い、笑顔を浮かべた。
「ん?そういえば、ユキはどこにいるんだろう?」ムラトがふと気づいたように言った。
「ユキか…」空は少し考えてから答える。「あいつは最近、少し静かにしているように見えるな。任務が終わった後も、ちょっと気になることがあったんだろうか」
「確かに、少し距離を置いてる感じはするな。」レナが続けて言った。「でも、無理に連れ出すのも良くないかもしれない。彼女も何かを整理してるんだろう」
「そうだね。」アリスは少し考え込んでから言った。「でも、心配だな。あまり一人にしておくのもよくないよ」
「そうだな。」空は静かに頷き、少し沈黙が続いた。やがて、空は立ち上がり、仲間たちに向かって言った。「じゃあ、みんなでユキを探しに行こう。何かあったら、みんなで支えてあげよう」
「それがいい!」アリスが元気よく答え、立ち上がる。「一人にしておくのは心配だし、みんなで行けばきっとユキも安心するよ」
ムラトも頷き、少し笑顔を浮かべて言った。「みんなで行けば、どんな問題でも解決できるさ」
レナも静かに微笑み、うなずいた。「そうだね。私たちがいることを忘れないでほしい」
その後、空たちはユキを探しに町の中を歩き回った。心配ではあったが、彼女の顔を見ると、不安や心の重みが少しずつ薄れていくような気がした。ユキの気持ちに寄り添い、今度は仲間として支えていく決意が、空の心の中で固まった。
その日、ユキを見つけたとき、彼女は静かな場所でひとり佇んでいた。最初は少し戸惑いながらも、空たちは彼女の元に歩み寄り、声をかけた。
「ユキ、元気か?」空が穏やかに尋ねると、ユキは少し驚いた顔をし、そしてすぐに微笑みを見せた。
「え?あ、うん。ちょっと考えごとをしてただけだよ。みんなが心配してくれてるなんて、嬉しいな」
「無理しないで、ユキ。」アリスが元気に言った。「何かあったら、みんなで話して解決しよう! 私たち、仲間だよ!」
ユキはその言葉に少し驚き、そして感謝の気持ちが溢れたように微笑んだ。「ありがとう、みんな。少しだけ、気持ちが軽くなった気がする」
空は静かにうなずき、「これからも一緒に進んでいこう。どんなことがあっても、仲間だから」
皆はその言葉に頷き、心の中で同じ決意を新たにした。ユキもその言葉に力をもらったのか、少しずつ表情が明るくなり、前向きな気持ちが伝わってきた。
その瞬間、発泡と同時にユキの耳元から銃弾が響いた。空たちは驚き、急いで身をかがめた。銃弾はユキのすぐ近くをかすめ、地面に激しく弾けた。瞬間的な反応で、アリスがユキを守るように身体を寄せて倒れ込む。
「何だ!? どこだ!?」ムラトが周囲を警戒し、目を鋭くする。
「大丈夫か!?」空はユキを庇いながらも、素早く周囲を見渡した。隠れる場所を探しつつ、敵の位置を把握しようとする。
その時、ユキの驚きと悲鳴が空たちの耳に届いた。「ユキ!」空はすぐに反応し、後ろを振り向くとエリザベスがユキを人質に取っているのが見えた。エリザベスの顔は冷徹で、彼女が手に持っている銃剣リボルバーをユキの頭に狙う。
「エリザベス! 何をしているんだ!」空が叫びながら前に出ようとすると、エリザベスは冷たく笑った。
「静かにしてね、空」エリザベスは冷静に言った。「貴方達。まだこの人と一緒なの?」
「エリザベス、どうしてこんなことを?」空は声を震わせながら問いかける。エリザベスの表情は冷たく、まるで今までの仲間関係が全く意味をなさないかのようだった。
「どうして…?」エリザベスは薄く笑みを浮かべた。「どうしてって、教えないわ。でも、一つ言うとしたら別に虐めてるわけじゃないの。私はただ、みんなが目を覚ますきっかけを作りたかっただけよ。」
空はその言葉に驚き、戸惑いながらも冷静に考えようとする。エリザベスの冷徹な表情には何かが隠れているのが感じ取れた。彼女は以前から少し不安定な一面を見せていたが、まさかこんな形で自分たちに対抗するとは思っていなかった。
「目を覚ますって、何を言っているんだ?」空が問い返す。
「空、まだユキのことを心配しているのね。」エリザベスは冷たく言い放った。「あの時、輪上ユキは何をしてたと思う?」エリザベスの言葉に、空は一瞬息を呑んだ。彼女の目の前に立つユキが、人質となっている状況に、空の頭は混乱していた。
ユキは恐怖に満ちた表情で、エリザベスの銃剣リボルバーに狙われているのを感じ取っていた。空は必死に冷静さを保ち、ユキを守る方法を考えようとする。
「エリザベス、どういうつもりだ!」ムラトが怒声を上げながら、周囲を見渡し警戒した。「あんた、何か誤解してるんじゃないか?」
「誤解?」エリザベスは不敵に笑った。「違うわ。私がしているのは、みんなに真実を見せることよ。ユキが何をしたか、あなたたちがどれだけ知らないか、分かる?」
空の心の中で、何かが引っかかった。ユキの過去に何かがあったのは知っていたが、今まではそれをあまり深く掘り下げていなかった。ユキが何か秘密を抱えていると感じていたが、まさかエリザベスがそれを暴こうとしているとは思わなかった。
「ユキ、何を…?」空はもう一度ユキに問いかけるが、ユキは沈黙したまま顔を伏せている。
エリザベスはユキの反応を見て、ますます冷たく語った。「ユキが私たちと一緒にいたのは、最初から計画的だった。彼女は、私たちの仲間を裏切り、最初から戦争を引き起こそうとしていたんだよ。」
その言葉に、空はショックを受け、目を見開いた。「それは…本当なのか、ユキ?」
ユキはついに口を開く。「違う! 私は…私は、ただ…」言葉が途切れ、ユキは視線を逸らした。
「ほら、やっぱり。」エリザベスは鋭く言い放った。「ユキが言えないことが全てだわ。私は、彼女に真実を聞き出す必要があっただけよ。」
「いや、待ってくれ!」空は焦りながらも前に出る。「ユキがそんなことをするわけがない。ユキはただ、みんなと一緒に戦って、平和を望んでいるんだ!」
「平和?」エリザベスの口調が鋭くなる。「その平和が、本当に実現できると思っているの?ユキがやってきたことが、どんな結果を招くか分かっているのか?」
空は、ユキの表情を見ながら一瞬黙り込む。ユキは本当に何も言わないが、その目には後悔と痛みが浮かんでいるようだった。
その時、突然レナが冷静な声で言った。「エリザベス、もういい。ユキを放せ。今、あんたが何を言おうと、私たちはユキを信じている。」
アリスも続けて言う。「エリザベス、そんなことで仲間を傷つけるなんて、あなたらしくない!」
レナも言葉を発する。「何があったにせよ、こんなことを続ける意味がない。ユキを傷つけても、何も解決しない!」
その言葉に、エリザベスの表情が少しだけ崩れたように見えた。しかし、すぐに彼女は冷静さを取り戻し、銃をユキから離すことなく言った。「あなたたちの信じるものが、どんな結末を迎えるか、私は見届けるつもりよ。」
その言葉の後、しばらくの沈黙が続く。空は目を閉じ、深呼吸をしながら心の中で冷静さを取り戻そうとした。ユキが裏切り者だったのか、それともエリザベスが誤解しているのか。どちらにせよ、今はただ仲間として信じ合うことが最も大切だと、空は感じた。
「ユキ。」空はゆっくりと彼女に呼びかける。「君が何かを隠していても、今はそのことを問い詰める時じゃない。君が仲間であることに変わりはない。」
ユキは目を見開き、少し驚いた表情を浮かべたが、やがてその目に涙を浮かべながら、静かにうなずいた。「ありがとう、空…」
「今貴方達が動けば彼女の頭は吹き飛ぶわよ。」エリザベスの冷たい声がその場に響いた。緊張がさらに高まり、空たちはその場で立ち止まった。
「エリザベス、本当にこんなことを続けるつもりか?」空が一歩前に出ながら言う。「お前がどんな理由でこんなことをしているのか知らないが、これ以上は無意味だ。話し合おう。」
「話し合い?」エリザベスは皮肉げに笑った。「話し合いなんて、戦場では何の役にも立たない。それに、ユキが何をしたか分かっているのに、まだ守るつもりなの?」
「エリザベス!」アリスが鋭い声を上げた。「私たちは仲間だよ! こんな形でお互いを傷つけて、何になるの?」
その言葉に、エリザベスの表情がわずかに揺らいだ。しかし、すぐに彼女はその動揺を隠し、銃を握る手をさらに強くする。
「ユキがやったことを知ったら、あなたたちも後悔することになるわ。」エリザベスは低く、冷たく言った。「でも、私が代わりに背負ってあげる。この真実を…」
その瞬間、ユキが震える声で口を開いた。「待って、皆…私はもう大丈夫」
ユキの声が震え、空気がさらに重くなる。その場の全員が彼女に視線を向けた。ユキは深く息を吸い込み、涙をこらえながら続けた。
「私はどうでもいい…だから、みんなを巻き込まないでください。それだけです」
「白い……輪上ユキ。言い訳はないの?」
エリザベスの冷徹な声が場を支配し、ユキの肩がわずかに震えた。ユキの表情はさらに苦しげなものになっていった。空たちはその言葉に戸惑いながらも、何か重大な意味を感じ取った。
「ん?なんて…?」空が疑問の声を漏らすと、エリザベスは冷笑を浮かべた。
「ん?何でもないよ。とりあえず、どうする?撃つか、この人から離れるか」
その言葉に場が凍りつくような緊張感に包まれた。空たちは身動きが取れず、全員の視線がエリザベスとユキに集中する。空は拳を強く握りしめ、なんとかこの状況を打開する方法を探ろうとしていた。
「エリザベス…お願いだ、こんなことはやめてくれ。」空が静かに、しかし力強い声で呼びかける。「もし何か事情があるなら、話してくれ。それを解決するのが俺たち仲間だろ?」
その言葉に、エリザベスの瞳がわずかに揺れるのを空は見逃さなかった。しかし、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、再び銃を構える手を強くした。
「話して解決できるようなことじゃないのよ、空」エリザベスは低い声で答える。
「さぁ、撃つか離れるか」
「おい紳士、何お飯事してるんだよ」
空たちは振り返ると、そこに立っていたのはムラトであり、そのムラトの表情はいつになく鋭く、まるで別人のようだった。彼はエリザベスとユキを交互に見ながら、一歩前に出ると笑顔で微笑んだ。
「エリザベス、実に演技が上手いな!だけど、そろそろお飯事終わったらどうだ?」ムラトは冷静な声で手を挙げた、その眼光には鋭い意志が宿っていた。
エリザベスは一瞬動揺したように目を細めたが、すぐに平静を装い返す。
「そうだね――おままごとは終わりにしてもいい頃かもしれないね」エリザベスは低く笑い、銃剣リボルバーをユキの頭からゆっくりと外した。だが、彼女の動作にはまだ警戒心がにじみ出ていた。
ムラトは一歩前に出て言った。「エリザベス、泥の取り消し線は錆を取って停止し火焔菜する。この事を知っとけ。撃つのは駄目だよ」
ムラトの言葉に、エリザベスの表情が変わった。一瞬、冷徹な笑みが崩れ、何かを考え込むと、再び短く深いため息をつき、銃を下ろした。
その目には一瞬、揺らぎが見えたが、すぐに冷徹さを取り戻していた。
「Yes」
エリザベスが銃を下ろした後、周囲の空気は一瞬で変わった。緊張が少し和らいだが、依然として空達の間には重い雰囲気が漂っていた。ムラトの冷静な言葉が、エリザベスに少なからず影響を与えたようだ。しかし、彼女の心の中で何が動いていたのかはわからない。依然として疑念と不安が、空たちの間に渦巻いていた。
エリザベスはムラトと共にその場を後にしようと動き出した。エリザベスは姿を消すと、空たちは緊張から解放されながらも、彼女の意図を掴みきれないまま複雑な表情を浮かべていた。
ユキはその場に膝をつき、顔を覆った。震える声で呟くように言った。
「ごめんなさい…みんな…本当にごめんなさい…」
空はユキの隣に膝をつき、優しく肩に手を置いた。
「ユキ、君は悪くないよ。何があったにせよ、俺たちは君の味方だ。」空の声は優しく、けれど力強かった。
アリスもユキに寄り添い、明るく励ますように言った。「そうだよ!何があったって、私たちは仲間だから。ユキが話せる時に話してくれればいいよ!」
レナは静かにその場に立ち、冷静な目で景色を見ながら言った。「にしても、あの人……ユキに対して銃口を向けるの間違いなく、何か本気でユキを狙っているように見えたわ」
レナの言葉には冷たい鋭さがあり、その場の空気が張り詰めたものに変わる。アリスは小さく息をのむと、少しだけ不安そうにレナを見つめた。
「……レナ、エリザベスは何を考えているんだろう?」アリスはそう言いながら、不安げな表情でユキの肩にそっと手を置いた。「エリザベスがあんな風にユキに銃を向けるなんて、私には信じられないよ。本当に演技かな?」
レナは冷静さを崩さず、鋭い眼差しで遠くの地平線を見据えた。「だとしても、エリザベスがあんな行動を取るのは異常すぎる。あの時の表情、声、すべてが本気だったように見えた。それに、もし本当に演技だとしても、私たちが気づく前に何かを仕掛けてくるかもしれない。警戒は怠らない方がいい」
空は静かにその言葉を聞き、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「ムラトがそう言ってるんだ。演技かもしれないって。でも、レナの言う通り、エリザベスの行動は普通じゃない。どんな理由があるにせよ、あの瞬間の彼女は明らかにユキを狙っていた。それに、私たちが警戒している隙に何かを仕掛けてくる可能性だって十分にある」
ユキはその言葉に頷き、少しだけ顔を上げた。「うん…私もあの時、何かを感じたんだ。エリザベスが本当に私を狙っているなら、これからどうすればいいのか、わからないけど」
アリスは優しくユキの肩に手を置いたままで、「でも、ユキが怖がっているなら、それは逆に私たちがしっかり守る側に入ったってことだね」と力強く言った。
レナもゆっくりと目をそらすと、静かな口調で答えた。「私たちが何をすべきか、明確にしないとね。まずは、エリザベスが次にどう出るかを見極める。それまで油断しないように」
ユキは深呼吸をして、少しだけ落ち着きを取り戻した。その瞬間、彼女は決意を固めたように言った。「私、もう一度エリザベスと向き合うよ。怖いけど、何かしないと私たちの間に何かが起こってしまうかもしれないし」
アリスとレナはそれぞれユキに視線を送り、しばらく無言でユキを見守った。どこかしら緊張感が漂う中で、ユキの言葉がその場の空気を引き締めた。
レストランの中は、賑やかな会話と食器の音が響き渡る。温かな照明がテーブルを優しく照らし、メニューが並ぶカウンターには、料理人たちが忙しそうに調理を進めている。ユキ、アリス、そしてレナは、静かなコーナーのテーブルに座り、少し緊張した面持ちでメニューを見ていた。
「何を頼む?」アリスが明るく聞くと、ユキは少し考えた後、メニューを手に取って言った。「うーん、パスタにしようかな。これ、気になるけど…」
「それなら、私もパスタにしようかな。」レナが落ち着いた声で答え、アリスはにっこりと笑った。「じゃあ、みんなで同じもの頼んで、シェアしようよ!」
ユキが微笑むと、アリスは勢いよくウェイターを呼び、注文を伝えた。レストランの雰囲気が、少しずつリラックスしたものに変わっていく。ユキは、ちょっとした時間の中で、ふと浮かんだ疑問を口にした。「でも、こうして食事をしているけど、エリザベスのことが頭から離れないよね…」
「確かに、私も。」レナが少しだけ表情を曇らせながら答える。「でも、考えてたら空気が重くなるから、今は少しでもリラックスした方がいいよ。エリザベスのことは、後で考えよう」
ユキは少し考えてから頷いた。「うん、わかった。今日は、ここでの時間を楽しもう」
その言葉に、アリスは嬉しそうに頷き、手を叩いて言った。「その通り!今日は私たちの時間だし、心配ごとは後回しにして、思いっきり楽しもう!」
三人は微笑み合いながら、ゆったりとした食事のひとときを楽しむ準備を整えた。
「え!?机にタッチパネルあったの!?」
ユキが驚いた表情でテーブルを見つめ、アリスもその発見に興奮した様子で言った。「ほんとだ!こんなところにタッチパネルがあるなんて、すごいね!これで注文できるのか」
レナも少し驚きつつ、「もっと早く気付いてたら店員さん呼ばなくて済んだのにね」と笑いながら言った。
アリスは早速タッチパネルに手を伸ばし、「じゃあ、ここでちょっとゲームでもできるのかな?」と興味津々で操作を始めた。ユキとレナもそれに続き、タッチパネルに表示されたメニューやお楽しみ機能を一通り確認して楽しんでいた。
「これ、なかなか面白いね!注文もできるし、ちょっとした遊びにもなるなんて、便利!」アリスがにっこりと笑った。
「これなら、待ち時間も退屈しないね。」ユキも楽しい気分になり、少しリラックスした様子で笑った。
空はしばらく黙ってタッチパネルを眺めていたが、「でも、こうやって遊ぶのもいいけど、やっぱりエリザベスのことを考えなきゃなって思う。気分転換も大事だけど、これからどうするかは決めないと」と冷静に言った。
「空、そんなこと今考えないの。今は、リラックスして楽しむ時間でしょ?」アリスが優しく言った。彼女はユキに向かってにっこりと笑いかけ、まるで気を使うように言葉を続けた。
「ユキ。これはねー、ボールを落とさずに進めるゲームだよ! 一緒にやろう! 少しでも暇つぶしになるかもよ!」アリスがタッチパネルの画面を指さして、ユキを誘うように言った。
ユキは少し迷ったが、アリスの明るい笑顔に引き込まれて、タッチパネルを覗き込みながら笑った。「うん、やってみようかな。こういうの、久しぶりだもんね!」
レナも微笑んで、「私もやってみるよ。気分転換になるかもしれないし」と言って、ゲームを始める準備をした。
三人はしばらく、そのゲームを楽しんでいるうちに、自然と笑い声が響き、テーブルに座っている時間がとても穏やかに感じられた。ゲームの中で競い合いながらも、ユキは少しずつ心の中で抱えていた不安を忘れ、アリスやレナと過ごす時間を楽しんでいた。
暫く空はスマホで何かをチェックしていた。ベータの個体やゲノム少女の情報を追っているようだったが、次第に手元の画面に目を落としつつも、周りの雰囲気に目を向けることを忘れていなかった。アリスとユキ、レナが楽しんでいる様子を見て、心の中で少し安堵の息をついた。
「何かあったの?」レナがふと気づき、空に尋ねる。
「いや、ただちょっとした確認だけ。」空はスマホをポケットにしまい、微笑んだ。「神薙く〜ん、スマホいじらないで偶には一緒にいる時間を大事にした方がいいよ」
「あぁ、すまん」と空は恥ずかしそうに言って、スマホをポケットに戻した。「空!このゲーム知ってる?」
アリスが笑顔で画面を指さしながら言った。「これ、めっちゃ面白いよ!ボールを落とさないように進めるんだけど、結構難しいんだよね。空もやってみなよ!」
空は少し躊躇した後、アリスの熱心な誘いに応じてタッチパネルに手を伸ばした。「うーん、まぁ、ちょっとやってみるか」と言って、画面に触れる。
最初は戸惑いながらも、空もすぐにゲームに慣れて、ボールを上手に進めていった。ユキとレナもそれぞれに集中し、皆で競い合うように楽しんでいた。
「うわ、すごい!空、上手じゃん!」ユキが驚きの声を上げると、空は少し照れながらも「まぁね、得意なんだ」と言って、さらなる難関に挑戦していた。
その間、レナも「やっとボールが落ちないコースが見えてきたわ」と嬉しそうに声を上げ、ゲームの中での競争はますます激しくなっていった。
その後、注文した料理が運ばれてきて、テーブルには美味しそうなパスタが並べられた。湯気が立ち上り、香ばしい香りが食欲をそそる。アリスは早速フォークを手に取り、「いただきます!」と元気よく言った。
ユキも嬉しそうにパスタを一口食べると、「これ美味しい!」「本当だ!? 美味しい!」とユキとアリスは笑顔を見せた。
レナは静かに食べながらも、楽しそうな二人の様子を見守り、「うん、確かに。ここの店、優しい味がして私達の口に合うわね」と穏やかな声で言った。
その後、三人は食事を楽しみながら、タッチパネルのゲームを続けたり、たまに冗談を言い合ったりして、温かい時間を過ごしていた。
食事が終わり、三人はお互いに満足そうに笑顔を交わした。タッチパネルのゲームもほどほどにし、最後にゆっくりとしたお冷を飲みながら、今日の出来事を話していた。
「そういえば、ユキ、ここのパスタは本当に美味しいけど、今度一緒に違う店に行ってみようか?」アリスがふと提案すると、ユキは目を輝かせながら答えた。「うん!それいいね、楽しそう!」
レナも微笑んで、「次はどんな場所に行くか、考えておくね」と言った。
その頃、空は机に肘を付きながらまだスマホを見つめていた。スマホの画面からはニュースを見ている様子がうかがえた。
耕平の死者数、全国の状況についての速報が表示されていた。画面をスクロールしながらも、空の目はどこか遠くを見つめるような静けさが漂っていた。ユキとアリス、レナの楽しそうな会話が耳に入る中で、空は一瞬その温かい雰囲気から意識を遠ざけた。
「神薙くん、またニュースを見てるの?」レナが優しく尋ねると、空は少しだけ顔を上げ、軽く頷いた。
「ああ、ちょっとね。だけど、今は心配しないでくれ。今日は3人たちと話といて」と言って、スマホを再度スクロールする。
「神薙くん、何があったの? 私なら相談に乗るよ」と、アリスが心配そうに空を見つめながら言った。その言葉に、空は一瞬だけ視線を上げ、少し考えてから口を開いた。
「俺さ、生物庁する意味あるか?」
空の言葉に、アリスとレナは少し驚いたような表情を浮かべた。ユキもその質問に耳を傾け、少し間を置いてから答えた。
「生物庁……?どういうこと?」レナは少し困惑しながら尋ねる。
「正直言って、今の状況で生物庁やって、本当に国を守る意味が、よくわからなくなってきたんだ。特に、俺の大切な人たちがどうなるのかって考えると、果たして自分のやっていることが意味があるのか分からなくなる」と空は静かに言った。その声には、どこか深い悩みが滲み出ていた。
その記憶を思い出すとソラと仲良く過ごしていた時間、レオナと一緒にアイスクリームを食べる時間が、少しずつ空の心の中に複雑な感情を呼び起こしているのを感じた。
ユキとアリスの楽しそうな笑顔を見ながらも、空は自分が今何をすべきなのか、どんな未来が待っているのかについて、どうしても考えざるを得なかった。
「それは、災難だったね。今まで活動してた時そんなこと無かったのにね」と、レナが静かに言った。その声には、空への共感と少しの理解が込められていた。レナは静かに彼の言葉を受け止め、少しの間、考え込むように目を伏せた。
「久しぶりに、人の死でこんなに心が揺れ動くなんて、正直自分でも驚いてるよ。」空はテーブルの上に視線を落とし、穏やかだけどどこか寂しげな口調で続けた。「任務中に何度も厳しい場面を見てきたけど、最近のことは、どうしても頭の中で整理がつかないんだ。大切な人たちを守るはずなのに、逆に巻き込んでしまってる気がして…」
ユキは空の言葉をじっと聞いていた。自分も似たような不安を抱えていたからこそ、彼の気持ちが痛いほど分かるようだった。「空さん、私も同じだよ。自分がいるせいで、みんなを危険な目に合わせてるんじゃないかって、ずっと思ってた。でも…だからこそ、守りたいって思うんだ」
アリスは少し悩むような表情を浮かべたが、やがて明るく微笑みながら言った。「そんなことより! 早くパスタ食べないと冷めちゃうよ!」
アリスの明るい声に、一瞬その場の空気が和らいだ。空もハッとしたように顔を上げ、少し苦笑いを浮かべた。「そうだな。せっかく頼んだんだから、食べないと」
ユキもつられて微笑み、「そうだよ、せっかくの食事なんだから。悩むのは後にして、今は一緒に楽しもう」と言いながらフォークを手に取った。
少しずつ穏やかな雰囲気を取り戻していった。料理の美味しさと、少しずつ交わされる会話が、その場に暖かい空気を生み出していた。
―ー食事を終えた三人と空は、レストランを出て夜の街を歩いていた。街灯が温かい光を放ち、冷たい夜風が頬をかすめる。どこか静かで穏やかな時間が流れていたが、それぞれの胸には様々な思いが渦巻いていた。
ユキはふと立ち止まり、空を見上げた。「空さん、さっきの話だけど、大切な人って誰のことを指しているの?正直に言ってくれないかな?」と優しく尋ねた。
空は少し驚いたようにユキを見つめたが、すぐに視線をそらして夜空を見上げた。「……レオナ、ソラ、花売りの女、市民の皆。みんな、この世から去った」空の声は低く、どこか切なさが漂っていた。「自分が守りたいと思う全ての人たち。でもその中には、特別に心を揺さぶる存在もいるんだ。」
ユキはその言葉に驚き、しばらく空の横顔を見つめた。「特別に心を揺さぶる存在…?」と小声で繰り返した。空が言いたいのは、自分たちのことなのだろうか、それとも別の誰かのことなのか――ユキは答えを知りたいようで、けれど聞くのが少し怖い気もした。
空は答えを急がず、視線を夜空に固定したまま、静かに言葉を紡いだ。「まぁー、どの人もこの世界を少しでも良くしたいと思っていた人たちだ。彼らの思いや願いを無駄にしないために、俺がいるべき場所で、できる限りのことをしたい。それだけなんだ。」
「レオナ……ちゃん」その名前を聞いた瞬間、ユキはハッとした表情を浮かべた。彼女にとっても馴染みのある名前だったからだ。「レオナちゃんはどうしたの!?」
ユキの声に空が一瞬硬直した。その名前を聞いた瞬間、彼の表情にわずかな動揺が走ったが、すぐにそれを隠すようにまた冷静な顔つきに戻った。
「レオナは……」空は少し間を置きながら、言葉を選ぶようにして続けた。「彼女はもうこの世にいない。あの耕平危機で命を落としたんだ。ベータを操ってた張本人だったのも、彼女だった。」
ユキの心に重く響くその言葉に、しばらくの間、言葉を失っていた。レオナという名前が突然に空の口から出てきたことで、彼女は心の中であらゆる感情が渦巻き始めるのを感じていた。
「……レオナちゃんが」
「もちろん亡くなったのは本当に悲しいことだ。」空は静かに続けた。「でも、突然変異体になった以上、我々はそのような状況でも彼女を保護することはできなかったんだ。彼女が犯したことの代償は大きすぎて、どうしようもなかった。レオナもまた、苦しんでいたんだと思う。ただ、それがどんなに残念でも、彼女が選んだ道だから、俺たちはその結末を受け入れるしかない」
ユキはその言葉を胸に深く受け止めながらも、言葉に詰まっていた。レオナのことが、自分にとっても大きな衝撃だったからだ。彼女があんな形で命を落とし、その背後にあった真実がこんなにも重いものだったことを。
「信じられない…」ユキは声を震わせながら、空を見つめた。言葉にできないほどのショックが彼女の胸に広がっていた。レオナがもういないこと、そしてその背後にある事実を知った今、ユキはどうしてもその現実を受け入れられないようだった。
「俺も、信じたくなかったよ。」空は少し俯きながら言った。目を閉じ、深く息を吸い込んだ。「レオナも…最初会ったときはただの普通の子だった。でも、どこかで彼女は道を外れてしまったんだ。そして、その選択がどれだけ悲劇的だったか、今になってようやく気づいている。」
ユキは静かに空を見つめた。彼女もまた、レオナのことをよく知っていた。彼女がどれだけ優しく、時に頼りだったか。そのすべてが今はもう、過去のものになってしまった。
「でも、空…どうしてあんな選択をしてしまったの?どうしてあんな結果になったの?」ユキは胸の内で溢れる疑問をどうしても抑えきれなかった。
ユキは胸の内で溢れる疑問をどうしても抑えきれなかった。
空は少しの間沈黙してから、ゆっくりと答えた。「彼女も、きっとあの任務をやりたくなかったんだと思う。でも、あの状況の中で、命令せざるを得なかったのかもしれない。それが、最終的にああいう結果に繋がった。でも、もしその時にレオナが他の道を選んでいたら、また違う結果になったのかもしれない。だけど、今となってはもう何もできない」と空は言った。その言葉には深い悔恨と、無力感が滲んでいた。
ユキはその言葉を噛みしめるように聞いていた。レオナがどれだけ苦しんでいたのか、その背後にあった決断の重さを感じ取ろうとしていた。
「空、私は……」ユキは言葉を探しているようだったが、なかなか続けられなかった。胸の中に募る痛みが言葉を閉ざしているようだった。
「ユキ、無理に言わなくてもいい。」
「私がもっと!!!! もっと理解しなきゃいけなかった!!!!レオナちゃんがどんなに苦しんでいたのか、どんな選択を迫られていたのか……そうすれば、何かできたんじゃないかって、今もずっと思ってる……あの時、もっと気づいていれば、助けられたんじゃないかって……」
「え、ユキどうしたの!? 急に大声出して!?」アリスが驚いてユキを見つめると、ユキは急に感情が溢れ出てしまったのか、目を見開いて涙をこらえきれずにいた。彼女の肩が震えていて、その声もどこか壊れそうなほどの痛みを感じさせる。
アリスが驚いてユキを見つめると、ユキは急に感情が溢れ出てしまったのか、目を見開いて涙をこらえきれずにいた。彼女の肩が震えていて、その声もどこか壊れそうなほどの痛みを感じさせる。
「ごめんなさい……アリスさん――あ、これは目にゴミが入っただけだから大丈夫」
ユキは涙をぬぐいながら、必死に平静を装いながらも、肩を震わせている。
アリスはユキの様子を見て、少し不安そうにその表情を見つめた。彼女はユキの手を軽く握り、優しく言った。
「ユキ、無理しないで。何かあったら、いつでも言ってね」
ユキはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。その頬にはまだ涙の跡が残っていたが、彼女は少しだけ深呼吸をして、再びアリスに向き直った。
「ありがとう、アリスさん…でも、今は大丈夫だよ」
「あー神薙くん。またユキを虐めようとしてるー」レナは背後にいる空に振り向き、警戒心を込めて言った。空は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を引き締め、静かに答えた。
「いや、いや!?ただ、ユキが少し弱ってるみたいだから、ちょっと気を使ってやろうかなって思っただけだ!?」
その言葉にユキは顔を赤らめ、すぐに反論した。
「本当だよねー? またユキを虐めたら減給だよ、神薙くん?」レナは笑顔を作って冗談めかして言うと、空は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「そんなことしないよ、レナ長官! 俺がそんなことするわけないだろ!」
空は緊張し、軽く手を振りながら、ユキに目を向けると、少しだけ穏やかな表情になった。ユキはまだ涙の跡が頬に残っているが、少しだけ微笑んで空に答えた。
「ありがとう、空。でも、もう大丈夫だよ。本当に」
空は少し安心したように息をつき、「そうか、なら良かった」と言って、微笑んだ。しかし、その表情にはどこかまだ気になる様子が残っている。ユキがどれほど痛みを抱えているのか、彼には十分に理解できているわけではなかったが、少なくとも今は彼女が少しでも楽になることを願っていた。
レナはその雰囲気を感じ取り、軽く口を開いた。
「まあ、ユキが大丈夫なら、それでいいんだけど。あんまり無理しないようにね、心配だから」
ユキはレナの言葉に頷きながら、少しだけ微笑んだ。その場に静かな時間が流れ、誰もが言葉を続けることなく、ただユキの気持ちが落ち着くのを待っていた。
すると、着信音が鳴り響き、空は少し驚いたようにその音に反応した。
携帯電話を手に取ると、画面に表示された名前を見て、少しだけ表情が硬くなる。
「誰かからの連絡?」アリスが心配そうに尋ねると、空は頷いたが、少し戸惑った様子を見せた。
「あぁ…ちょっと、皆静かにしてね…」
空は一瞬ためらうが、電話を取ると、少し硬い声で話し始めた。
「はい、神薙です。」
電話の向こうで、声が聞こえてきた。声の主は落ち着いた声で、少し温かい響きが感じられた。
「神薙くん、今、少しだけ話せるかしら?」
空は一瞬、少し戸惑いを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、答えた。
「はい、もちろんです。どちら様でしょうか?」
電話の向こうからは、相手の女性の声が続いた。
「私だよ。四方襷だよ」
「四方襷…殿!?」空は驚いた様子で名前を呼んだ。四方襷は、彼にとって非常に重要な人物であり、尊殿と深く関わりがある人物だった。
「久しぶりね、神薙空さん」四方襷の声には、穏やかながらもどこか力強さが感じられた。「突然だけど、少し話さない?」
空は少し考え込み、周りの仲間たちが気になる様子を見て、一度携帯を耳から離し、皆に目配せをした。
「少しだけ静かにしててくれ。すぐ戻るから。」空がそう言ってから再び電話を取ると、深呼吸を一つしてから、四方襷に話しかけた。
「何か急用ですか?」
「急というわけじゃないけど、少しだけ確認しておきたくて」四方襷は少し言葉を選びながら話した。「数カ月前、耕平を救ってほしいって頼まれたこと、覚えているかしら?」
空は一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、頷いた。
「覚えています。その時、耕平を助けれなかったことを、ずっと心に残していました」
四方襷の声は、わずかに陰りを帯びながらも、冷静に続けた。
「今は?」空が少しだけ口が止まると、四方襷の声が再び響いた。
「今、耕平がどういう状況か、聞きたかったの。あの時、あなたができたことはなかったかもしれない。でも、今のあなたにはどうしても気になることがあるの。」
空は少し黙った。四方襷の言葉には何か意味があるように感じられた。それはただの確認ではなく、もっと深い問題を含んでいるような気がした。
「……耕平の人口は260人の世帯が住んでます」空は呟くように答えた。「違う。あの時、耕平を救ってって言ったじゃん。助けれなかったのは分かった。じゃあ、2回目は救ったの?はい、いいえ、どっちなの?」
空の言葉に、四方襷の声が一瞬静まり返った。電話の向こうで、わずかな沈黙が流れる。それから、四方襷がゆっくりと答えた。
「私は……あの時、貴方に頼んだことを覚えている。でも、今もそのことについて全く状況が知らないわ。君がどんな行動をしたか、その結果がどうだったかを知りたくて電話したはず」
空は深呼吸をし、少しだけ冷静さを取り戻すように意識を集中させた。
「はい、救いました。耕平を救うために尽力しました。そして、結果として、彼は無事に生き延びることができました。」空は深く息を吐きながら、言葉を続けた。「あの時の状況は、非常に厳しく、困難でしたが、最終的には…なんとか。」
四方襷の声は、少しだけ安堵の色が混じったように聞こえた。「そうか、良かった。あの時、私がお願いしたことを果たしてくれて、ありがとう。君がやったことは、間違いなく重要だった。」
空は無言で頷き、電話の相手に感謝の意を込めて言った。「いえ、僕ができたのはほんの一部です。また助けを求められた時、必ず全力を尽くします。」
「それでこそ、神薙空だね。」四方襷は静かな口調で答えた。「でも、貴方にもう一つだけ聞いておきたいことがあるんだ。」
空は少し警戒心を覚えながらも、落ち着いて返答した。「何でしょう?」
四方襷の声は少し低く、真剣なものとなった。「もし、今後似たような状況が訪れたら、貴方はどうします? 今の貴方には、力が足りないかもしれない。でも、それでも、何かできることがあるんじゃない?」
空はしばらく黙った。四方襷が何を伝えようとしているのか、彼には少し分からなかった。しかし、その問いが非常に重いものであることは感じ取れた。
「分かりません。」空は正直に答えた。「力が足りないということを痛感しています。でも、無力だと思いたくはない。どんな状況でも、何かできることがあるなら、必ず実行します。」
電話の向こうで、四方襷はしばらく黙った後、静かに言った。「そうか。貴方の覚悟を感じるよ。なら、次に何か問題が起きた時、迷わず自分の力を信じてほしい。君にはそれができると信じているから。」
空は深く息を吐き、もう一度自分の気持ちを整理するように感じた。「神薙空くん、貴方の貢献と名誉は確かに大きなものです。貴方の覚悟は、私が求めていたものです。素晴らしいかったです。さて、神薙空さん、あなたの活躍として金鵄勲章を授与したいと考えています。」四方襷の言葉に、空は驚きの表情を隠せなかった。
「金鵄勲章…ですか?」空は言葉を詰まらせた。「それは…そんな、僕には過ぎたものです」
「そんなことはないわ、神薙空さん。あなたの行動は、何万人もの命を救い、その未来を切り拓いた。あなたの覚悟と献身は、間違いなくこの国にとっても重要な功績よ。」四方襷の声は静かだが力強かった。
空はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「ありがとうございます。ただ、これは僕一人の力ではありません。仲間たちがいてこそ、ここまで来ることができました。」
「その謙虚さも、あなたの魅力の一つよ。」四方襷は微笑むように語った。「正式な手続きについては後日伝えるわ。それまでに、しっかりと気持ちを整理しておいてね。」
空は深く息を吸い込み、静かに答えた。「承知しました。本当に、光栄です」
電話が切れると、空は一瞬呆然としたまま立ち尽くしていた。その様子を見ていた仲間たちが近寄り、不安そうに声をかける。
「空、大丈夫?何があったの?」アリスが優しく尋ねる。
空は少し戸惑いながらも、微笑みを浮かべて答えた。「うん、大丈夫。ちょっとびっくりする話を聞いただけで。」
「ふーん、それならいいけど…」レナは疑わしげに空を見つめた。
「まあ、少しの雑談話だよ」空は軽く肩をすくめながら言ったが、その目にはまだ消えない驚きと覚悟の色が宿っていた。彼の中で、四方襷からの言葉と金鵄勲章という話が、重くも温かい何かとして心に刻まれていた。
「…これからまた何かが始まるのかもしれないな」空は心の中でそう呟き、周りの仲間たちに視線を向けた。
「そうだね。これから何が起きるかはわからないけど、私たちならきっと乗り越えられる」アリスはそう呟きながら、仲間たちの顔を一人一人見渡した。
レナが微笑みながら、「じゃあ、皆食べたら残業だよ。ね、アリスと空が率先して頑張ってくれるんでしょ?」と冗談めかして言うと、場の空気は少し和んだ。
空は苦笑いしながら、「あ、あぁ。そうだな」と答えた。
アリスは嫌そうな顔をしながら、「うわー、やっぱ無情だなー」と笑い混じりに返した。そのやり取りを見て、ユキは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう、みんな…」ユキは小さな涙ながら小さな声で呟いた。その声はほとんど聞こえないほど小さかったが、空とアリスは気づいたようで、優しく微笑み返した。
「ユキ、また辛くなったら言えよ。俺たちがいるんだからさ。」空は軽く頭を掻きながら言った。
ユキは涙を拭きながら、小さく微笑んだ。「うん…ありがとう。私も、もっと頑張るね。」
その場には再び穏やかな空気が流れた。誰もが抱えるものはあるけれど、支え合える仲間たちがいる。それが彼らにとって、何よりも大きな力になっているのだ。
空はふと窓の外を見つめた。遠くに見える空は、深い青から少しずつ夜の闇へと変わろうとしている。彼の心には、これから起こるだろう新たな挑戦への期待と不安が入り混じっていた。
「よし、じゃあ残業の後に何か甘いものでも食べておくか!」空が軽く声を上げると、みんなが笑いながらそれに応じた。
「じゃあ、私はシャーベットね」
「あたしはモナカね!」「おいおい、注文が早いな!」空は笑いながらツッコミを入れる。
「それじゃあ俺はプリンにしようかな」空が冗談半分に言うと、アリスがからかうように口を挟んだ。
「え、空ってプリン好きだったの?可愛いじゃん!」
「うるさいなー別にいいじゃないかー!」空は苦笑いしながら返した。
そのやりとりに、ユキが少し笑い声を漏らしながら、「じゃあ私は、クリームソーダかな」と控えめに言った。
「いいね!それなら全員分買ってくるよ!もちろん神薙くんのおごりね!」
「え、まじかよ」
レナが軽快に宣言し、みんなが「やったー!」と笑顔を浮かべた。
その瞬間、部屋の中には笑い声と穏やかな空気が広がり、ユキも少しずついつもの表情を取り戻していた。誰かがそばにいてくれる安心感と、共に笑い合える幸せが、彼女の胸を暖かく満たしていた。
夜の帳が降り始める中で、皆装甲車の準備を終え、それぞれの席に着いた。空気はいつも通り和やかで、笑顔と冗談が飛び交っている。
未来のことを誰も予測できないまま、彼らはそれぞれの使命と役割を果たす準備を進めていった。
深まりゆく夜空の下、仲間たちが集うその場には、確かな絆と笑いが満ちていた。一つ一つの冗談や笑顔が、彼らの間にある温かな繋がりを象徴しているかのようだった。
それぞれが抱える過去や課題、そして心の傷。それでも彼らは支え合い、前を向いて歩み続ける。それが彼らにとっての強さであり、生きる理由だった。