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Last Leader ―託火の継承者―
Last Leader ―託火の継承者―
熊野龍人
現代ファンタジー異能バトル
2025年05月10日
公開日
1万字
連載中
64人の“物語の主役”たちが集められた謎の空間。 そこは肉体を離れ、精神だけが転送された異世界。 主催者と名乗る黒い影は告げる──最後の一人になった者には「世界を創り変える力」を授けると。 各自に与えられた能力を持ち、挑戦者たちは決闘と選別の舞台へと身を投じる。 最後の1人を決めるための戦いが、今始まる。

第1話:日常

その日も、俺の一日は「いつも通り」の日常だった。


チャイムが鳴り終わったあと、教室はいつものように騒がしさと静けさが入り混じっていた。

部活に向かう奴らが荷物を抱えて走り出し、バイト組はスマホを確認しながら足早に教室を出ていく。

そんな様子を、俺は教室の真ん中の席からぼんやりと眺めていた。


残ったのは、部活もバイトもない数人。

俺たちは机を寄せ合い、教科書とプリントを広げる。

特別仲がいいわけじゃない。でも、誰ともなく宿題をこなす時間が、いつしか習慣になっていた。


「今日またアレ出た? あの意味わからん物理のやつ」

「出た出た。電流がどうとかってやつ」

「毎週同じ形式だろ、なんとかなるって」

「いや、マジでどっちがプラスでどっちがマイナスかわからん……」

「物理基準と電気基準の違い。覚えろ」


ぼやく奴と、淡々と答える奴。

俺はその会話を聞きながら、適当に相槌を打ってプリントにペンを走らせる。

そんな他愛もないやりとりが、不思議と落ち着く。


暮れゆく教室。風に揺れるカーテン越しに、夕陽が差し込んでいた。

空は茜色から藍に変わり、校舎の影がゆっくりと伸びていく。

この静かな時間が、俺はけっこう好きだった。


全員が課題プリントを終えると、今度はそれぞれスマホを開く。

みんなが同じゲームをしてるわけじゃない。ただ、思い思いの時間を過ごすだけ。

俺はゲームはそんなに詳しくないから、たまに後ろから眺めて茶々を入れる程度だ。


たまに、誰が持ってきたのかも分からないボードゲームを引っぱり出すこともある。

負けたらジュースおごりとか、しょーもないルールをつけながら。


そうやって、くだらない時間が過ぎていく。

でも、それが俺にとっての「普通」だった。


 *


家に着いたのは、午後六時を少し過ぎた頃だった。

夕暮れの余韻がまだ空に残っていて、家の前はもう街灯が灯り始めている。


玄関のドアを開けると、空気がひんやりとしていた。

靴を脱いでも、誰の気配もない。

父さんは仕事、母さんは買い物かな。弟は塾だ。


リビングに入ると、机の上には母さんのメモが一枚。


「夕飯は冷蔵庫にあるから、チンしてね」


それだけ。

部屋は妙に広く感じられた。

壁掛け時計の秒針の音が、やけに大きく耳に響く。

遠くで車が通り過ぎる音まで、くっきりと聞こえる気がした。


弟は来年高校受験で、夏から塾に通っている。

「英語と数学を強化したい」なんて、自分から言い出したらしい。

俺が中学生だった頃とは大違いだ。

正直、ちょっと尊敬してる。


制服のまま階段を上がり、少し重たいリュックを右手に持ち直す。

靴下を脱ぎながら、夕飯のメニューに思いを巡らせる。

誰もいないなら、アニメでも流しながら食べようか。


──ここまでは、どこまでも「いつも通り」の帰宅だった。


自室の前に立ち、ドアノブに手をかける。


カチャリ。


ドアノブを回した音じゃない。

鍵がかかったような──そんな違和感を覚えた、その瞬間。


──世界が、反転した。


床が抜けたような感覚。

宙に浮いたのか、足に力が入らないのか、それすら分からない。

次の瞬間、視界が真っ白に染まる。


重力の概念がひっくり返ったような浮遊感。

耳鳴りのような音。

そして、時間が歪んでいく感覚。


現実感がまったく追いつかない。

恐怖を感じる余裕すら、なかった。


一瞬の出来事だったのか、それとも意識が長く飛んでいたのか。


気づけば──


俺は、自分の部屋とはまったく違う、真っ白な空間に立っていた。


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