こそこそと人影が路地裏に二つ。奥へ奥へ、下の下へと進んでいく。街灯などはなく薄暗い路地を緑色の空が零した光が仕方なしと染める。
整備はもちろん清掃すらされてない道は腐った土の臭いが漂い、歩くのに困難だ。そこにスニーカーの足跡が二つずつ増えていく。脚を包む長ズボンは制服のそれを流用しているだけ。動きやすく、丈夫な服はもう着古している一張羅でもあった。
上着は長袖の無地のシャツにパーカーを上に来ただけだ。フードを深く被り、顔を隠しているのは罪悪感から来ることだろうか?
ついには建物と呼ぶには無個性な壁が並び始めた。少し前まであった窓だと思い込んでいる穴すらなくなった。汚れた灰色は天の光をうっすらと反射して緑を滲ませた。
あぁ、とクナトは思わず足を止めた。
幼い頃に冒険ごっこと言い、引っ張られた路地とはあまりにも違う場所であったからだ。視線すらない無機質は病気になりそうな感覚をクナトに与えていた。
「…クナト、どうした?」
ピタリと止まったのを察したのか先を歩いていた
「い…いや、なんでもないよ」
クナトの声は少し震えていた。この先は都市の中でも下層へと入るのを知っている。大人たちが口を揃えて言う、危ない場所。遊んではいけない場所。
冒険ごっこで行ってはいけない場所が目の前にある。この増えンスの先にあるだろうと、クナトは知っている。
ヒカリはポケットから工具を取り出すとパチンパチンと切り始める。予想以上にフェンスの網が細いのか、ペンチの切れ味が良いのか、二人にはわからなかったがフェンスはあっさりと穴を開けた。
球体型都市パラスフィア。
ここは楽園の名を騙ってしまった最前線である。
人類を守る為に切り捨てられるだろう球体都市。椀の形をしたそれが球体になるのは夜になってからだ。
特殊な電磁波が椀状に都市を覆い、球体となる。うっすらと広がる緑色の防護壁はクナトたちのとっての夜の色だ。彼らは黒い夜を知らない。暗い夜も知らない。しかし不夜城と名乗るには暗かった。夜に活発となる異形相手に眠らない都市は今日も灯りを優しく灯していた。
「やっぱお前はビビりじゃん」
「そりゃ、そうじゃん」
クナトの抗議は無視される。しかし、クナトは怯えながらもフェンスの穴を通ろうとする幼馴染みを止めようと声を掛ける。へっちゃらだ、と幼馴染みは口を開く。
「お前はちょっと勇気を持てよ」
「でもよ、ヒカリ…この先がマジで外に繋がってるなら、危ないじゃん」
ヒカリは少しだけがっかりした顔でクナトを見る。
相変わらず臆病だ、とヒカリはフェンスの先に立つ。
「この先にさ、外があるってわけじゃん」
「う…うん」
「おじさん、いる可能性もあるじゃないか」
「…父さんは蒸発したって」
ヒカリは溜息を吐く。
「お前なぁ。めそめそすんなって」
「めそめそしてないよ!」
思わず出た大きな声に慌てて自分でその口を両手で塞ぐ。焦るクナトを見て、ヒカリは静かに笑う。スルリとフードを外し。燻った深紅の髪がフードから静かに解放される。そろそろ切らないと進路の淡路に叱られると笑いあった髪が現れる。
自身のある瞳は母親譲りの茶色であり、鋭いそれは常に自信が満ち満ちている。
「そんなに大声出せるなら良いじゃないか」
「よくないって」
一人だけ着けるのはいけないだろうと、クナトもフードを外す。薄めた紫の髪色は一瞬青だと勘違いしてしまう色合いでもあった。父譲りの髪色は短く切り揃えている。おっとりとした瞳はこれもまた父譲りの紺色であった。弱気な色合いが見え隠れしている。
「さぁ、いくぜ」
「あ…でもさ…やばかったら絶対逃げようよ」
クナトの言葉に光はもちろんだ、と笑った。