私たちが出会ってから約一年が経った。私と泰斗は半同棲生活をしていて、奈美と大也さんのところも似たような感じになっている。半同棲しているわりに二人きりの時間は少ない感じがする。それというのも、奈美と大也さんがことあるごとに食材を持って遊びに来るからだ。奈美は料理の練習をしたけれど、苦手なことに変わりなくて、大也さんも得手ではない。今日もゆっくりしようと思っていたら訪ねてきた。何だかんだいっても、結局楽しかったで終わるから拒否も出来ない。
「あーあ。ヴィクトリアマイルどうだった?」
「僕は軽くしか買ってないから痛手も少ないよ。もえも推しの馬券しか買ってないからそうでもないし。大也はその様子だとだいぶ突っ込んだみたいだね」
「だよなー。負けるよな、あれ。14番人気は買えないよな。けどさー、奈美が当ててるんだよ。レッドレッドローズの単勝。あの調教見てよく買えたよな」
「あれ、奈美ってレッドレッドローズちゃん推しだった?」
「推しじゃないけど、何かいいなあと思って買ったら当たったよ。あ、今日の食材豪華にしておいたよ」
うなだれる大也さんと、うきうきの奈美の対比がちょっと残酷。大也さんは頑張って予想をしたんだろうし、奈美のは完全に勘なのだろう。奈美の勘に負けた大也さんはショックみたいだ。けど、それが勝負なんだよね。
奈美の持ってきた袋を覗いてみると、ちょっと高そうなお肉が数パックも入っていて、勝ったんだなっていうのがよく分かる。泰斗は私の後に袋を覗き込んで、今日の当番は僕だねと言った。泰斗は肉料理のほうが得意なのだ。さっそく、袋を手にキッチンに向かう。
「ねえ、もえ。つかぬこと聞くんだけど、もえと泰斗君ってお互いに一回に賭ける金額とか決めてる?」
「特に決めてないよ。わざわざ決めなくても、そんなに賭けないから」
「実は私たち、本格的に同棲しようと思ってるの。で、お互いの価値観とかの話になったんだけど、どうにも大也の競馬につぎ込む額が多いのよ」
「もえちゃん、どう思う。俺だってそんなに賭けてないよな」
「大也さん、ヴィクトリアマイルにはどのくらい?」
「い、言えない」
確かに、一緒に暮らして行くにあたって、相手がギャンブルにつぎ込んでると不安になる。それは私も経験しているからよく分かる。けれど、止めたところでやめないだろうし、減らせと言っても素直には減らしてくれないだろう。このままだと奈美が可哀想だし、何かいい案はないものか。
キッチンではすき焼きの準備をしているようだ。泰斗の作る割り下が美味しいのだ。
うーん。泰斗は何かいい案がないだろうか。大也さんが折れてくれるのが理想だけど、難しいかな。そうだ。私がやって失敗した案だけど、あれ使えないかな。あいつはだめだったけど、大也さんなら納得するかもしれない。
「大也、奈美さんと同棲したいんじゃないのかい。だったら、多少のことは我慢しないと」
「それなら、いっそお小遣い制にしたらどうかな。競馬に使えるお金を月にいくらって決めて、その範囲内でやってもらうの。勝った分は次のお小遣いに足していいことにすればいいんじゃない」
「ああ、それなら最初のうちは辛いけど慣れれば何とかなるし、無駄遣いしなければやっていけそうだね。当たればお小遣いが増えるんだし、やりがいあるよね。大也、どうだい?」
大也さんは返事をせずに腕組みをして考え込んでしまった。奈美は祈るような目でその姿を見つめている。そこへ泰斗がカセットコンロを持ってきて、食器と鍋と材料を順番に運んできた。カセットコンロに火をつけるといい香りが立ち上る。泰斗は大也さんが黙っているのをどう考えているのか、淡々と食事の支度を続ける。奈美を見ると、もう諦めの表情になっていた。
「仕方ない、それでいくか。奈美とはずっと一緒にいたいし、それにはあんまり奈美を不安にもさせられないしな」
「よかったね、奈美」
「うん。これで金銭面は安心。ありがとう、もえ。もえたちは同棲しないの?」
「うーん、どうだろう」
そこは泰斗の意見もあるのでので、私の一存では何とも言えない。泰斗はどう思っているんだろう。今まできちんと話したことがなかったから、泰斗の気持ちがよく分からない。私としては同棲してもいいかなという気はしているけれど。まだ、私たちには早いと思っているのかな。
返事も出来ないままだけど、取り敢えず食事をすることにした。奈美の奢りの肉はとても美味しい。こんないい肉普段は食べられないから、私は思い切りその味を堪能した。そして、大也さんは相変わらず野菜を食べなくて、奈美に怒られている。
「もえ、同棲しようか。いつまでも、お互いの家行ったり来たりするのも何だし。この機会に真剣に考えよう」
「あの、うん。私は同棲するの賛成だよ」
「おお、もえのとこも同棲するのかあ。もえー、せっかくだから近所に住もうよー。こうやって、みんなでご飯食べようよ」
「ああ、それはいいな。泰斗ともえちゃんのご飯美味しいし」
すっかりご飯をあてにされている。私は泰斗と顔を見合わせた。泰斗がくすりと笑う。仕方ないなあという表情である。本当に泰斗は大也さんに甘い。私も奈美に甘いけれど。そういうことなら、本腰を入れて奈美に料理を教えないといけない。なるべく、自分のところでご飯を食べられるように。毎日来られても困るし、奈美だって手料理を振る舞いたいとは思うだろう。
何か、こんな感じで同棲する方向で話が進んでいくのだった。
このまま上手くいけば結婚、とかも見えてくるのかな。
ちょっとどきどきしてしまった。