すっごい力があったらさ。
何がしたい?
アタシは別に何にもしたくない。
特別なことはな~んにも。
アタシは目立ちたくないし面倒くさがりだ。
アタシはポチ。真っ当な人間じゃない。
一応の認識している性別は雌。
見た目は黒髪ロングの日本人とフランス人のハーフっぽい感じ。今んとこはね。
アタシはある日隕石にのってやってきた地球外生命体……ソイツから取り出された遺伝子とか地球のありとあらゆる生命を掛け合わせて作られた合成生物の実験体で、当然の如く実験施設を壊滅させて、それ以来どっかの秘密組織に追われまくってる。
ゴメン、嘘。
今の来歴はぜーんぶデタラメ。
実際のとこは何にもわからない。
アタシは気づいたらアタシだった。
いつの間にか生まれてて、いつの間にかアタシだった。
ま、でもたぶん映画で見る感じそういう作られた化物系なんじゃないかなとは思ってる。
だってアタシはあまりにもデタラメな力を持っている。
体重の何万倍も重たい物を持ち上げられるし、音速の何百倍のスピードで動けるし、空だって飛べる。
歳もとらないし身体だって隕石にぶつかっても傷ひとつつかないくらい頑丈。
その気になれば触れずに物を動かせるし、なんなら目からビームだって出せる。
透明になれる、透視できる、遠くの音を聞き分けられる地獄耳、物体をすり抜けられる、大きくなれる、小さくなれる、見た目を変えられる、動物になれる……あぁもうとにかくいっぱいあってなえとせとら。
や、最初はここまで出来なかったんだけど映画のキャラの真似をやってみたら出来るようになったみたいな、ね。
じゃあその力で何をしてきたか? っていうと別に何にも。
少なくとも世の為人の為、認知されるようなことはしたことはない。したくもない。
きまぐれに人助けしたり悪事を働いたりはしてきたけどね。
アタシは今、ニッポンのトーキョーにいる。
理由? ご飯が美味しいし、娯楽に溢れてるから。
好きな時に映画が見れて、スナックも手に入る。
これ以上に大事なことってないでしょ?
まぁ厄介なことも少しある。
アタシには戸籍がない、シャカイホショウバンゴウもない、ここニッポンで公にアタシという存在を証明してくれるものが一切ない。
今、ここに、たしかにいるアタシよりも紙切れとか電子データの方が信頼されるなんて狂ってるよね。
ま、狂ってるのはアタシなんだけど。
そもそも歳を取らないってだけでマトモな人付き合いは絶望的。見た目を変えられるっていっても知り合い作って付き合いの長さで適度に老けるとか面倒にもほどがあるでしょ?
結局どっかでバレるし、やれ魔女だとか何だとかで追っかけ回されるのはもうコリゴリ……!
そういうわけでマトモな生活はとっくに諦めている。
ずっと前にギャングだかマフィアだか893だかからスーツケースでかっぱらった大金をすり潰しながら自堕落に生きている。
年がら年中映画見て安酒を飲んでギャンブルやってセックス三昧。あ、ドラッグはやらない、コンビニに売ってないし。どこで売ってるんだろうね? 調べる気もないけど。
幸いなことに、今のアタシにはアタシのへンテコっぷりを気にしないパートナーがいる。ヨウっていう自称19歳の女の子だ。何年か前に夜道で襲われそうなところを助けて上げて、それから一緒にいる。
ヨウも相当にヘンテコな子だ。
黒髪黒目の典型的和美人。
頭はかなり良いのにガッコウにいってるわけでもない。
身体を売って安アパートで暮らしてた。
共通してるのは映画好きってこと。
出会ったのもナイトショーの帰りだったし。
ちなみにポチって名前はヨウにつけられた。
名前が無いのが不便だから昔飼ってた犬の名前をつけるのは正直どうかと思うけど、まぁそれがヨウだし名前自体は気に入ってる。
現在……というか外出してない時のアタシとヨウは、ヨウのアパートでヨウのノートパソコンからB級映画を垂れ流してゴロゴロしている。
お互いに服も着けず、ポップコーンを入れた皿が枕元に置いてあって、空いたビールとかチューハイの缶が転がっている。
映画を見ながらバカ笑いして、思い出したように口づけあって、気が向いたらそのまま抱き合って気持ち良くなる。
外出っていうかデートもだいたい映画館。
おめかしして、高いご飯食べて映画見て、ホテルのスイートで一晩過ごして、また映画館。それを飽きるまで。
何の生産性もない最高に最低な生活。
それが堪らなく楽しい。
でも、まぁ、そんな生活していたらやっぱりどこかで限界が来るのは分かりきっていたことだった。
とにかくいつも通りゴロゴロしているとヨウがふわっとした感じで切り出してきた。
「ね、ポチ~、いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたいかな?」
「んー、いい知らせ」
「そっち派かぁ……いい知らせはぁ……ワスカバジ監督の新作が出ます!」
「クソ映画確定」
「あと駅前のZシアターでエド・ウッド作品の上映会があるよ」
「行きたい?」
「絶対嫌」
「いい知らせがこれって……悪い知らせはどんだけ酷いのよ」
「聞いて頭破裂させないでね?」
「もったいぶらなくていいから」
「お金、失くなりそう」
「……頭痛い」
ヨウがペタペタ裸足で押入れから引っ張りだしてきた、古ぼけた年代モノのスーツケース。
ポチがアメリカで奪ったモノ。
その中にはもはや数枚の100ドル札しかなかった。
どこかベンジャミン・フランクリンの肖像も哀愁を帯びたように見えてくる。
「何でこんなに失くなってるの?」
「そりゃ使いすぎたからでしょ」
「……数十年で物価上がり過ぎだよぉ」
「いや……物価とかじゃないでしょ。稼がず使いたい放題してたらトランクいっぱいの夢も金も失くなるって」
「どうしよう、ヨウ。またどっかからかっぱらてくる?」
「絶対ヤメテ。21世紀のセキュリティ舐めんじゃないわよ? ポチがそれ取ってきたのって禁酒法時代でしょ」
「そんな昔じゃないと思うんだけどなぁ。でもまぁいけるって。壁抜けて銀行の金庫から取ってくる」
「甘い! 甘いわよ! ポチ! 紙幣の一枚一枚を衛星で追跡されるかもしれないじゃない!」
「いや……映画の見すぎでしょ。 だいたい警察来たって簡単に逃げられるじゃん」
「ポチはね! 私は無理! だいたい逃亡生活とか嫌よ……ゴロゴロできないし」
「確かに」
深いため息をつくとヨウは「結局ポチ頼りだけど……」とある提案をする。 それは――
「ダンジョン……行ってみよっか」