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Episode 1

 正直、俺みたいなヤツは外出をしないのが世のためだと思う。


 低身長で太っていてそれでいてオタク。どうしようもないと思う。


 太っているとよく勘違いされる。それはたくさん食べると思われるということ。申し訳ないが食べる量は普通だ。なんなら少ないほうかもしれない。


 太っているのは食べても運動をしないのと、単に代謝が悪いからである。


 ま、太っているのは今に始まったことじゃない。学生のころからずっとだ。幸いにもいじめを受けることはなかった。マスコット的な立ち位置にいたからだ。


 低身長で太っていて。こんなにもマスコットに適した人材は居ないだろう。そんな俺に向けられる言葉は「かわいい」というものだ。


 それはクラスの女子からだけではない。男子からも「かわいい」と言われる。この頃からな気がする。恋愛対象が男になったのは。


 きっかけは女子に人気のある野球部のエース。いわゆるイケメンからも「かわいい」と声をかけてもらったからだ。所謂初恋だったと思う。いつもクラスの中心にいて、誰にも分け隔たりなく接し、身長も高く、野球部のエースときた。そんな人が俺に対して「かわいい」と言ってきた。単にその場のノリだったんだと思う。


 マスコットのことを周りがかわいいと言っているから、それに合わせて「かわいい」と言っただけ。でもそれだけで十分だった。好きになるのは一瞬とはこれまさに。


 でも自分の気持ちを伝えるなんて野暮なことはしない。


 玉砕は確定しているし、なんならマスコットの立ち位置から一瞬にしていじめの対象にされるかもしれない。幸いにも俺のクラスには俺というマスコットがいたからかいじめはなかった。それでもこんな俺だ。マスコットという立場がなければすぐにその対象になるだろう。


 そんな思いから、高校を卒業してからは人となるべく関わらないようにしてきた。


 運が良かったのは、進学した専門学校は授業のほとんどがリモート授業であったことだ。リモートであれば外出も減り、必然的に人との関わりも減っていった。


 ゲームを作りたくて進学した専門学校はプログラミングを専攻して学べる学校であり、俺と似た人や趣味のある人も居たのだろうが、友達と呼べる人と出会うことなく卒業した。


 卒業後はゲーム会社に就職するつもりだったが、現実は甘くない。競合も多く、倍率が高い。ゲーム会社を片っ端から受けたが結果は惨敗。諦めきれず専門で学んだことを少しでも活かせるHP制作の会社に応募し、内定をもらってからは、この”メイクデザイン株式会社”で働き続けている。


 この会社を選んだ理由は学んだことを活かせること。そして完全フルリモートであるということだ。人との関わりを断つような生活をしていきたいと考えていたため好都合だった。外に出るのは夜中にスーパーに行くときと、本屋に行くときくらいだ。


 漫画は過去に電子書籍を試みたことがあったが、対象の収集癖がある俺にとっては集めている感覚がなく、背表紙が壁一面に並んでいるところを見たいため、紙媒体に戻った。


 通販で漫画を買わないのは、何度かページが折れ曲がって届いたことがあるからだ。そんな経験から仕方なく本屋に出向いて漫画を買っている。


 そして今日は新刊の発売日。そのため休日にも関わらずわざわざ外出して本屋に来ている。来ているのだが新刊コーナーで一人の男が動かない。


 そこに欲しい漫画があるんだ。はやいところ、どいてほしい。かれこれ15分は立ち尽くしている。


 俺は、はやく買ってはやく帰ってはやく読みたいのだ。さっさとしてほしい。


 「そこの本取りたいです。」と一声かけるだけでいいのだが、ここ10年くらいはほぼ家から出ることなく生活をしている。つまり人と話すのが苦手なのだ。


 高校生のときはマスコットキャラだったんだ。話せないことはないのだが、話さずに終えるならそれに越したことはない。


 しかし背に腹は代えられない。勇気を振り絞って声をかけようとした時、新刊コーナーに居座っている男は首を傾げた。


 その手に持っている本はまさに俺が買いに来た本だ。”その瞳に映る人は”はここ数年一気に人気を博した作品だ。


 そのまま俺に渡してくれないだろうか。なんて思いながらも首を傾げることなんてあるだろうかとも考える。


 あ!


 「あの、すみません。もしかして小説版をお探しですか?」


 「あ、すみません。邪魔でしたでしょうか?」


 男は振り返りながら俺に返答をした。見た目は少し強面な雰囲気があるが、すぐに謝ってきたところを見るに悪い人ではないのだろう。


 身長は高く、引き締まった身体。若干のタレ目に泣きぼくろ。


 「すげぇかっこいい。」


 「え?」


 まずい。声に出してしまっていただろうか。あまりのかっこよさに無意識に出てしまっていたのだろう。急に声をかけてかっこいいなどと言ってくる同性。気持ち悪がられていないだろうか。


 「すみません。気にしないでください。それで”その瞳に映る人は”を買いに来られたんですか?」


 「はい。そうなんですが、私の思っている本と表紙が違っていまして。特装版なら買おうかどうか悩んでいたところです。すみません。邪魔でしたよね。」


 よかった。たぶん聞こえていなかったのだろう。普通に会話をしてくれる。


 「今お兄さんが手に持っているのは所謂コミカライズ版です。」


 「コミカライズ?」


 「はい。簡単に言えば小説を漫画にして販売しているものですね。特装版とかではないですよ。今日は発売日なんですが、小説版とコミカライズ版が同時に10巻を発売するので、分かりにくいですよね。」


 「なるほど。ありがとうございます。少しおこがましいかもしれませんが、小説版はどちらにあるかわかりますか?」


 「あ、はい。1Fにありますよ。それ買ったら俺も1Fで小説版買うので一緒に行きますか?」


 なんで一緒に行きますか?などと提案をしてしまったのだろうか。あまりのかっこよさに思わず口に出してしまうほどだ。少しでも見ていたいという自分の欲が勝手に言葉にしたのかもしれない。


 「いいんですか?すみません。よろしくお願いします。」


 男は笑顔でそう言った。しまったと思った。相手は高身長イケメン、こっちは低身長デブ。一緒に行くと言うのは並んで歩くということ。これじゃ惨めさが露呈する。


 俺が勝手に落ち込みながら歩いていると、男から声をかけてきた。


 「好きなんですか?”その瞳に映る人は”。」


 「はい。初版で手に入れるくらいには好きです。」


 「この後時間ありますか?自分の周りに本が好きな人居なくて、話せる人が少ないんです。お茶でもしながらすこしお話出来ませんか?」


 イケメンからお茶に誘われてしまった。めちゃくちゃ嬉しい。こんな機会はもうないかもしれない。でもこんな低身長デブとお茶して楽しいか?


 こんなにもかっこいいのだ。声をかければ誰でも付いていくだろ。


 そんなことを思いながらも欲には抗えず。


 「少しなら。。。。」


 「やった。部下に教えてもらって行ってみたかったカフェレストランがあるんだ。そこでもいいかな?」


 「はい、大丈夫です。」


 俺たちは1Fで目当ての小説版を買い、男に案内されるままカフェレストランに移動した。


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