「お嬢様! お嬢様! ご無事ですか!?!?」
勢いよくドアを叩く音で目が覚めた。
ボーっとしつつ、近隣の部屋に迷惑だろうな、とどこか他人事のような感想が湧いてくる。
…………あれ。
私はどうして寝ているのだろう。
一晩中ジェーンのことを見張っているつもりだったのに。
「そうか……ベッドの上で話していたから、そのまま……」
どうやら恋バナに花を咲かせすぎて燃料切れを起こし、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
回転の鈍い頭でそこまで考えたところで、ハッとして隣を見ると、ジェーンが眠そうに目を擦っていた。
その姿を見てホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ドアを叩く音がさらに激しくなった。
「お嬢様!? もしかして喋ることの出来ない状態なのですか!?」
「ナッシュ? どうして、そんなに焦って……」
「申し訳ありませんが、お嬢様の安否確認のために、ナッシュがドアを開けさせていただきます!」
私の小さな呟きは、ドアの外までは届かなかったらしい。
「失礼いたします!」
「ちょっと待って!?」
寝起きの掠れた小さな声は、蹴破らんばかりの勢いで開けられたドアの音でかき消された。
「お嬢様! ご無事、で……」
ナッシュの視線が私をとらえ、そして私の横で眠そうにしているジェーンをとらえた。
あ、これはまずい。
普通の相手なら何も思わないだろうが、生憎ナッシュは普通ではない。
もしかしなくても変な誤解をされた。
「あああああ! お嬢様が! お嬢様が、汚されてしまったーーー!!」
ナッシュはこの世の終わりのような顔をしながらその場に崩れ落ちた。
「旦那様に何と説明すればいいのでしょう!? あの女と私の首を差し出せばこの罪は許されるでしょうか!?」
「待って。落ち着いてちょうだい。あなたの想像しているようなものではないわ」
「ああっ、首なんかで許されるわけがない! そもそも私の首にどれほどの価値があるというのでしょう!」
暴走するナッシュに私の声は届いていないようだった。
昨日からこの男はフルパワーで暴走しっぱなしな気がする。
もしかしてナッシュはローズの前ではいつもこうなのだろうか。
ウェンディルートで見ていた紳士的なところを、少しも見ていない気がする。
「お嬢様……お嬢様を守り切れなかった愚かな私を罰してください……どんな罰でも甘んじて受け入れます……ですがその前に、お嬢様に乱暴を働いたそこの不届き者を斬り伏せる許可をくださいませ……」
この世の終わりのように嘆きながらベッドに近づいてきたナッシュの頬を、ビンタした。
「落ち着きなさい。気持ちが悪いわよ」
そこまでの痛みはなかっただろうが、ナッシュはビンタで我に返ったようだった。
「ハッ!? 私は何を!?」
「こんな朝早くに訪ねてくるなんてどうしたの。しかもあんなに焦った様子で」
我に返ったナッシュは、夜食を食べた形跡やベッドの様子を見て、私たちが女子会をしていただけだと気付いたようだった。
「人が気持ちよく寝ていたところを、こんな形で起こしたのだから、それ相応の理由はあるのよね?」
「は、はい! 緊急事態のため、やってまいりました」
「緊急事態ねえ……その緊急事態は、あなたたちにも関係のある話なのかしら」
私が開いたドアの隙間から覗いている野次馬の生徒たちを睨みつけると、睨まれた野次馬たちはそそくさとその場から退散していった。
あれだけ騒いでいたら部屋を覗くのも仕方がないとは思うが、自室を知らない生徒に覗かれるのは良い気分ではない。
私の視線でドアが開いていることに気付いたナッシュは、急いで部屋のドアを閉めた。
そしてもう一度私の前までやって来て深々と頭を下げる。
「報告が遅れまして申し訳ございません」
ピシッとお辞儀をしてから上げたナッシュの顔は、とても言いづらいことがあるとばかりに歪んでいた。
「お嬢様、驚かずに聞いてください。昨夜、大変なことが起こったのです」
次の言葉に、今度は私が我を失う番だった。
「女子寮の清掃員が何者かに殺されました」