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第35話


「ただしイケメンに限る、ってことを実際にイケメンにやられると、こうも破壊力があるとは」


 寮に帰るなり、私はベッドに倒れ込んだ。

 いきなり抱き締めて頭を撫でる、というのはセクハラで訴えられてもおかしくない行為だ。

 もちろんエドアルド王子はローズの婚約者なわけで何も問題はないのだが。

 だが『私』は、会って数日の人間に、抱き締められて頭を撫でられたのだ。

 それなのに嫌な気持ちになるどころか、これは……。


「アイドルの交流会で過度なファンサをしてもらった気分だわ……それも無料で」


 元の世界にいた頃、アイドルのそういった交流会に行ったことがある。

 そこでは写真集を何冊も買ったお礼に、アイドルに数秒ハグをしてもらった。

 そのときの感覚に似ている。


「どの世界でも、顔の良い男はありがたい存在ね」


 そうやってしばらくエドアルド王子のありがたみを噛み締めてから、起き上がった。

 今後の動きを考えるためにも、ドキドキしている心を落ち着かせるためにも、これからのタスクを整理した方がいいだろう。

 しばらくは『死花事件』が起こらないから平和な学園生活が送れるはずだが、今後のためにやっておくべきことはある。


「さあ。切り替え、切り替え」


 自分にそう声をかけて、頬をペチペチと軽く叩いた。


「何が問題って、ウェンディに対する攻略対象の好感度が上がると困るのよね」


 まずはウェンディに対する攻略対象の好感度が上がることを阻止しておかないと、後々の『死よりの者』退治の障害になってしまう。

 攻略対象との好感度が高いほど『死花事件』発生と同時に、ウェンディに攻略対象との恋愛イベントが起こってしまうからだ。

 だから、今のうちからウェンディの邪魔はしておかないといけない。


 具体的には、以下を行なう必要がある。



エドアルド王子:私がエドアルド王子と一緒にランチを摂ることで、ウェンディと王子が二人きりでランチをすることを阻止する。


ルドガー:クラス内でウェンディとルドガーが会話をしそうになったら、私も無理やり入って二人だけの会話をさせない。


セオ:セオと会う可能性のある、体育倉庫や修練場に備品を取りに行く仕事をウェンディにさせない。厩舎に近づかせない。


ミゲル:まだ出会う時期ではないが、念のためウェンディが外出許可を取ったら私も外出をして、町でのミゲルとの接触を阻止する。



 私はこれからのタスクを紙に書き出していった。


 ナッシュは……ウェンディと接触しないでと言えばその通りにしてくれるからあまり気にしなくていいだろう。

 すでにウェンディからの印象は最悪だろうし。


「はあ。悪役令嬢っぽいタスクね」


 やることを書き出して、ため息が出てしまった。


 主人公の邪魔をするなんて悪役令嬢そのものだ。

 あまり露骨にやるとウェンディに嫌われそうな気がする。

 証拠はゲームをプレイしていた頃の『私』。


「だからと言って、良い性格でも無さそうだったけど」


 夢に出てきたローズは、手放しで褒められる性格をしてはいなかった。

 ……まあ、悪人にまでは見えなかったが。




「んー。久しぶりに屋上でも行くか」


 その後もしばらく今後の動きについて悩んでいたが、一人で考えていても頭を抱えるばかりだ。

 気分転換に風にでもあたりに行った方が良いだろう。


 私はタスクを書いた紙を引き出しにしまうと、部屋を出て屋上へと向かった。

 屋上へ行く途中、廊下でウェンディを見つけた……が、私と目が合ったウェンディはくるりと急に方向転換をして元来た道へと戻ってしまった。


 あれ。

 もしかして私、すでにウェンディに避けられてる?


 確かに、私はウェンディが意地悪をされたと感じるようなことをいくつも行なってしまっている。

 エドアルド王子が図書館の鍵を貸すことに反対して、ウェンディにナッシュをぶつからせて、その上ナッシュはお詫びのディナーで私の話ばっかり。その間に私は部屋を物色して鍵を奪って、夜にウェンディを連れ出して、『死よりの者』を退治させて、これは不可抗力だがウェンディが表彰されないようにした。


 ……うん。私、最低だな!

 果たして今からウェンディと仲良く出来るのだろうか。


「とりあえず屋上に行って頭を冷やそう」


 ウェンディに好かれる作戦はその後で考えよう。

 ウェンディとは仲が良い方が、無理やりランチに同席したり、話に割り込んだりしやすいはずだ。

 ……やっぱり私、最低だな!?


「でもウェンディは優しい子だもの。仲良くしてくれるはず、よね!?」


 私ならこんな奴とは絶対に仲良くしたくないが、ヒロインであるウェンディならきっと、優しい心で包み込んでくれるはず。

 きっとそう!



   *   *   *



 屋上へ行くのは、この世界に来たばかりのあのとき以来だ。

 あのときジェーンに助けられていなかったら、今こうして頭を悩ませることも無かったのだと思うと、何だか感慨深い。

 時間的にはまだ一昨日のことだが。


 屋上へと続くドアを開けようとすると、生徒の話し声が聞こえてきた。

 どうやら先客がいるようだ。


「常にベタベタとくっ付いてまわって、あの人の近くにいればいじめられないとでも思っているの!?」


「そういうわけでは……」


「はあ? 私たちに意見するわけ?」


「勉強しか取り柄が無い癖に、特進科に入れて調子に乗っているのね!?」


 うわあ、いじめだ。

 今、屋上ではいじめが行われている。


 これ以上面倒ごとには関わりたくないが、大人としていじめの現場に居合わせてしまったからには見過ごせない。

 元の世界では全てから逃げていた私だけど、この世界では変わるって決めたから。




「そのいじめ、ちょっと待ったーーー!!」


 屋上のドアを大きく開けながら言い放った。

 広い屋上には、四人の生徒がいた。

 三人の知らない女子生徒と……ジェーン。

 なんとなく、そんな気はしていた。


「ローズ様!? どうしてここに」


「外のいい空気を吸いたい気分だったのよ。それなのに、とっても嫌な空気を吸ってしまったわ!」


 いきなり登場した私に三人の生徒たちは面食らっていたが、すぐに鋭い眼差しを向けてきた。

 そして三人で丸聞こえの内緒話を始めた。


「この人が、いつもジェーンがくっ付いている公爵令嬢ですわ」

「噂の『黒薔薇の令嬢』ですわね。噂と言っても、良い噂は聞いたことが無いですけれど」

「こんな場所までお守りに来たということですの? 面倒くさいですわね」


 憶えてはいなかったが、三人のうち一人は私のクラスメイトらしい。

 私はまだクラスメイトの顔を半分も憶えていないというのに、数日で顔と名前だけではなく、誰と誰が一緒にいるかまで憶えているなんて、素晴らしい記憶力を持っているようだ。


「ねえ、『黒薔薇の令嬢』さん? 私たちは中学からのお友だちと談笑していただけですわ。部外者は帰ってくださる?」


「へえ。三人がかりで一人を取り囲んで文句をぶつけるのを談笑って呼ぶのね。知らなかったわ」


 嫌味を言いながらゆっくりと彼女たちに近づいていく。

 元の世界の私だったら絶対にこんなことはしない……出来なかっただろう。

 でも、人間、吹っ切れると案外何でも出来るらしい。


「公爵令嬢だからって偉そうにしていますけれど、この学園では外での地位は関係ありませんわよ!?」


「そうですわ。あなたもただの一生徒ですのよ!?」


「何の力も無いことは分かっていらして!?」


 今朝も思ったが、この学園に通う生徒の多くはいいところの令嬢なのに、血の気が多い。

 その方がトラブルが起こりやすくてゲーム的には都合がいいのかもしれないが、極力トラブルを起こしたくない私としては、みんなにはもっとお淑やかに過ごしてほしい。


「しかもローズさん、今日のホームルームで聖女様のことを睨んでいたでしょう!?」


 睨んでなんか……そういえば暇だからと窓の方を見ていたら、窓際の席に座るウェンディと目が合ったような気もする。

 もしかして、そのことを言っているのだろうか。

 私としては偶然目が合っただけのつもりだったが、涼し気な目をしたローズだから、睨んでいるように見えてしまったのかもしれない。


「ローズ……あっ! 私、職員室の前で聞きましたわ。ローズという方が、昨夜、落とし物を探すために無理やり聖女様を同行させたと話していましたの。きっと魔物に襲われた場合に聖女様を盾にするつもりで連れまわしたのよ!」


 無理やりではない……が、それ以外は事実だ。

 正確には盾にするというか倒してもらおうと思ったのだが、ウェンディに戦わせようとしたことには変わりない。


「きっと婚約者のエドアルド王子殿下が聖女様に興味をお持ちになったから、嫉妬で意地悪をしているのですわ!」

「そうに違いありませんわ」

「なんて嫌な人なのでしょう」


 噂というのは、こういう勝手な主観や連想ゲームから生まれるのだろう。

 私としては、ウェンディのことを睨んだつもりも、盾にしたつもりも、嫉妬も意地悪もしていないのに。

 ナッシュをぶつからせて、勝手に部屋に侵入して盗みを働いて、表彰の機会を奪っただけなのに。

 これからはあまり他人の噂を信じないようにしよう。


 ただ、困ったことになった。

 主人公をいじめない悪役令嬢になろうとしていたのに、これでは台無しだ。


「ねえ、みんな。それは勘違いよ。私はウェンディさんのことを好ましく思っているわ」


「「「嘘ですわ!!!」」」


 即座に否定されてしまった。


「嘘じゃないのよ。私たち、話せば分かり合えると思うの。ねえ、私とじっくりお話しましょう?」


 そう言いながら、思いっきり口角を釣り上げて笑顔を作った。

 上手いこと彼女たちを言い包めて、私がウェンディをいじめているなんて噂を流されないようにしなければ。


 笑顔の私が三人の生徒たちにじりじりと近づくと、なぜか彼女たちは後ずさりをしていった。


「よーく話し合いましょう。ね?」


「みなさんお気を付けて! あの人、私たちのことを魔法で簡単に床に叩きつけられますのよ!」


 私と同じクラスの生徒は、魔法の授業で私が粘土を自由自在に動かしたことを言っているのだろう。

 そんなに心配しなくても、粘土では出来てもさすがに人間をあんな風に動かせるはずがない。

 ……いや、本物のローズの実力なら出来るのかもしれないが。

 少なくとも今の『私』には無理だ。


「そんなことはしないわよ。ほら、仲良くしましょう?」


「ひいっ!?」


 生徒のうちの一人が、怯えによってパニックに陥ったようだった。

 私から逃げようと屋上の柵にしがみついている。


「ちょっと!? そんなことをしたら危な……」


「え…………?」


 予想通りの展開というかなんというか。

 ハーマナス学園は歴史ある学園だから、設備が古くなっていたのかもしれない。

 彼女の重みに耐えきれなかった屋上の柵が、外れた。

 そして柵と彼女は、空中に投げ出されてしまった。


「きゃあああーーー!!」


「こんのっ!」


 自分のどこにそんな運動神経があったのかと聞きたくなるほどに私の行動は素早かった。

 屋上から柵ごと落ちそうになった生徒の腕を掴んで無理やり引っ張る。

 当然のことながらその反動で私は柵と一緒に落ちるが……ただ死ぬ予定だった私が、女子高生の命を助けて死ぬのなら上出来だ。


 今となってはジェーンや今後の事件の被害者のことが心残りだが、もうどうしようもない。

 せっかくみんなを助ける自分に変わろうと思ったのに、こんなところで終わりだなんて。


 ごめんね、ジェーン。

 あのときは、助けてくれてありがとう。




――――――ガチャリ。




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