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第44話


「次の部屋が、旧校舎で一番奥の教室ね」


 その後もルドガーとウェンディの二人だけの世界を咳払いでぶち壊しているうちに、旧校舎の最奥に到着してしまった。

 一応ルドガーの友人たちの努力を考えて、十秒くらいは二人だけの世界を存続させるようにはしたが、それ以上は無理だった。

 乙女ゲームのヒロインと攻略対象なだけあって、二人とも見た目はとても良い。

 しかし美男美女がイチャイチャしているのは画面の中だからいいのであって、目の前でやられると私の立場が無い。

 何が悲しくて、怖がらせポイントのたびに二人のイチャつき終了を待たねばならないのだ。


「ほら、早く来ないと開けちゃうわよー?」


 いつの間にか、ルドガーの裾を掴みながらゆっくり歩くウェンディと、ウェンディに歩幅を合わせるルドガー、そして二人の前をずんずん歩いていく私、の構図が出来上がっていた。


「どうしてお前は少しも怖がらねえんだよ!?」


「怖がりじゃないって言ったでしょう? それにこの世で最も怖いものは、幽霊でも怪奇現象でもなくて、人間だから」


「妙に生々しいことを言うなよ」


 喋りながらルドガーが私の横まで歩いてきた。

 ルドガーの服の裾を掴んだウェンディも、ルドガーの陰に隠れながらついてきた。


 ここに来るまでには何箇所かのウェンディ怖がらせポイントがあり、そのすべてを食らったウェンディはすっかり怯えてしまっている。

 私はすべての出来事がルドガーの友人たちの仕込みだと知っているから何ともないが、知らないウェンディにとっては恐怖でしかないのだろう。

 あまりにも私の存在を忘れてルドガーとイチャつくものだから、ついイラついて咳払いを連発してしまったが。


「私は平気だけどウェンディさんはものすごく怖いみたいだから、さっさとチョークを持ってここを出ましょう」


 私の言葉にウェンディは反論しなかった。

 怖くなんてないもん!と言っていた当初のウェンディとは別人のようだ。

 片思い中のウェンディにくっつかれているルドガーは肝試しの終わりを名残惜しそうにしているが、私の知ったことではない。

 実は肝試しを通じて私に対するルドガーの好感度も上がったらいいな、なんて思惑があったのだが、まるでその余地はなかった。

 ずっと、イチャつくウェンディ&ルドガーと、一人ぼっちの私だった。切ない。


「さあ開けるわよ!」


 気を取り直して、一切の怯えを見せずに勢いよくドアを開けた。

 怖いわけがない。

 だってこの部屋にいるのは、ウェンディを怖がらせるために隠れていたルドガーの友人…………え?


 私が事態を理解するよりも先に、ルドガーが飛び出した。

 そして教室の真ん中で倒れている友人に駆け寄った。


 教室の中は滅茶苦茶という表現がピッタリな有様だった。あちこちに机や椅子が散乱している。

 これまで見てきた教室は、時の経過で埃が積もってはいるものの、このような状態ではなかった。

 そして何よりも異質なのは、教室の中央だけスペースがあいていて、そこに一人の男子生徒が倒れていることだ。

 心臓から、一本の花を咲かせて。


「おい、何があったんだ!? 返事をしろ! 返事をしてくれ! ……趣味の悪いイタズラはやめろよ……起きろよ……なあ、頼むよ」


 肩を揺すり、息を確かめ、鼓動を確かめ……泣き声の混じった声でルドガーが叫ぶ。

 その声で、倒れている男子生徒の死を確信してしまった。


 こんな出来事は原作ゲームに無かった。

 この教室では、悪霊に扮したルドガーの友人が追いかけてくるはずなのだ。

 そもそも旧校舎での肝試しには『死よりの者』は関わっておらず、死人なんか出ない。

 そのはずだった。


「これは一体どういうこと? 何が起こっているの!?」


 私の言葉で我に返ったらしいルドガーが、腰に下げていた剣を抜いた。


「気を付けろ! まだあいつを殺した犯人が近くにいるかもしれねえ!」


 ルドガーに言われて、私も懐から杖を取り出した。

 まだろくに魔法は使えないが、丸腰よりはマシだろう。


 戦闘態勢を整えた途端、教室の天井から一体の魔物が下りてきた。

 黒一色で構成された身体。コウモリのような羽に、羽に負けないほどの大きな耳、そして六本の腕。


 屋上から落ちた私を助けてくれた、『死よりの者』だ。




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