雑貨店を出た私たちは、喫茶店に向かって歩いていた。
これから行く予定の喫茶店では、季節の果物を使ったデザートを出しているらしい。
貴族も通っているハーマナス学園で出される料理は洗練されていて美味しいが、町での料理にも興味がある。
もしかすると、町民の食べる料理の方が『私』の舌には合うかもしれない。
しかし、喫茶店でデザートを食べることは叶わなかった。
「キャーーーーー!!」
どこかから女性の悲鳴が聞こえてきた。
そしてすぐに半狂乱の女性が飛び出してくる。
「スリか強姦かな」
平然とそんなことを言うミゲルにも驚いたが、どちらの予想も外れていた。
女の後ろから、真っ黒な魔物が追いかけてきたからだ。
「どうしてこの時期、町に……」
この色彩の無い見た目をした魔物は、間違いなく『死よりの者』だ。
「お嬢様、逃げましょう」
「でも……」
「私は自分の能力を把握しています。私には、お嬢様を守りつつ、あの魔物を退治することは出来ません。それならば、お嬢様を守る方を優先させていただきます」
「逃げるなら、おれについてきて。追手から逃げるのは得意だから」
ナッシュがこの場から逃げる案を出すと、すぐにミゲルが提案した。
盗賊団として逃げ回ることが得意なミゲルにとっては、魔物から逃げるのは造作もないことなのだろう。
しかし。
≪ “扉”だ。聞いていた通り、“扉”がいる。“扉”と話がしたい。 ≫
私に気付いた『死よりの者』が、とんでもないことを言い出した。
町の真ん中で『死よりの者』と会話なんかしたら、この場にいる人たちに私が『死よりの者』の仲間だと誤解されてしまう。
その誤解はきっと、ローズの処刑に繋がる。
だから、今ここで『死よりの者』と会話をすることも、話す素振りを見せることさえ、してはいけない。
「お願いミゲル。逃げ道を教えて」
私の言葉を聞いたミゲルは、私の手を引いて走り出した。
右へ左へ、くねくねと細い道を抜けて、町を走り抜ける。
しかし完全に私に狙いを定めた『死よりの者』は、どこまでも追いかけてくる。
「ナッシュ、お願いがあるの」
私は『死よりの者』から逃げながら、ナッシュに話しかけた。
「こんなときにお願いですか」
「さっきのレストランへ行って、ウェンディさんを連れて来て。ウェンディさんならこの魔物を倒せるはずだから!」
この状況を打破できるのは、ウェンディだけだ。
この世界で『死よりの者』を浄化できるのは、ウェンディただ一人なのだから。
「私にはお嬢様を守る義務があります。こんな状況で、お嬢様の傍を離れるわけにはいきません」
ナッシュは首を縦には振らなかった。
彼の役職を考えると、それも当然のことだろう。
しかし、誰かがウェンディを『死よりの者』のもとへ連れて来ないことには、この危機は終わらない。
「このまま逃げ続けていてもジリ貧よ。ナッシュだって自分ではあの魔物を倒せないことが分かっているでしょう!?」
「ですが、私でもお嬢様が逃げる時間を稼ぐくらいなら……」
「逃げたところでまた追われるわ。この魔物はウェンディさんに倒してもらうしかないのよ!」
なおも悩んでいるナッシュに、私たちの話を聞いていたミゲルが声をかけた。
「ルドガー……じゃないお兄ちゃん、このお嬢様を魔物から守れたら、お金を多めにくれる?」
この機に及んで金銭の催促とはたくましい。
「もちろんです」
「それならまかせて。魔物を倒せる気はしないけど、応援が来るまで逃げ切ればいいんでしょ? そのくらいなら出来るよ!」
ミゲルは断言した。
盗賊団のリーダーとしてこれまで逃げ切れている実績から、町で追手に捕まることはないと考えているのだろう。
ミゲルがあまりにも自信満々なおかげか、ようやくナッシュが折れた。
「初対面の少年にお嬢様をまかせるのは不安ですが……状況が状況です。お嬢様をお願いします」
「まかせて!」
話のまとまった私たちは、二手に分かれた。
ウェンディを呼びに行くナッシュと、逃げ続ける私とミゲル。
『死よりの者』はもちろん、私たちを追ってきた。
「たぶんマーガレットじゃないお姉ちゃん、さっきよりも歩きにくい裏道を使うから、覚悟してね!」
ナッシュの名前が名乗りと違うことで、私の名前も偽名だと踏んだミゲルが、妙な呼び方をした。
「たぶんマーガレットじゃないお姉ちゃん、ではないわ。私の名前は、ローズ・ナミュリーよ!」