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第91話


 宿に到着した私たちは、ベッドの二つ置かれた部屋に案内された。

 私とミゲルは串焼きを手に持っているため、ベッドではなく椅子に座ることにした。

 椅子も二つしかないため、セオは立ったままだ。


「これから昼夜逆転生活になりますから、腹ごしらえを終えたら、たっぷり睡眠をとってくださいね。寝たとは言っても、移動しながらでは身体が休まっていないでしょうから」


「分かった!」


 セオの言葉とは裏腹に、ミゲルは元気いっぱいな返事をした。


「ミゲル君は……ちょっと寝すぎていて、もう眠れないかもしれませんね。羨ましい限りです」


「セオさんはどうするんですか?」


 誰よりも疲れているのは、徹夜をしたセオのはずだ。

 ちなみに『死よりの者』は、すでに町の外にある森の中で眠っている。


「自分は町でミゲル君の衣服を調達して来ます。ミゲル君、服の好みはありますか?」


「着られる物なら何でもいい……けど、御貴族様みたいにゴテゴテしてるのは嫌だな。おれには似合わないだろうし」


「では夜空に紛れられるようなシンプルな衣服を買ってきますね」


 ミゲルの服を買ってくることくらい、私にも出来る。

 よりにもよって一番疲れているセオが行く必要は無いはずだ。


「セオさんは一睡もしてませんよね? 私が買って来ましょうか?」


 私の発言を聞いたミゲルが、信じられない言葉を聞いたと言わんばかりの視線を向けてきた。


「なによ」


「あんたが一人で買い物に行くことがどれだけ危険か、子どものおれでも分かるのに、あんたは分かんないのか? あんた、さらったら金になりそうな匂いをプンプンさせてるぞ」


 ローズの外見があまりにも貴族令嬢だ、とミゲルは言いたいのだろう。

 地味な服を選んで着てきたつもりだが、地味な服を着ても、中に一般人の『私』が入っていても、貴族令嬢の気品を漂わせるなんて。

 ローズはどこまでも貴族令嬢のようだ。


「一人で呑気に買い物なんてしてたら、さらってくれと言ってるようなもんだ。やめておけよ」


「そういうことです。サッと買って帰って来ますから、宿でお休みになっていてください」


 セオとミゲルの二人に言われては、従うしかない。

 ここは素直に従って言い合いの時間を節約した方が、セオの睡眠時間が多く確保できるはずだ。


「そうそう。あんたは、おれとのんびり寝てればいいんだよ」


 ミゲルがベッドを指差したが、この部屋にベッドは二つしかない。


「でもこの部屋にはベッドが二つしかないですよ? 帰ってきたセオさんはどうするんですか?」


 私に尋ねられたセオは、滅相もございませんと慌てて両手を振った。


「ローズ様を野郎と一緒の部屋にはしませんよ。隣の部屋も取ってありますから、ローズ様はそちらでお休みください。これが隣の部屋の鍵です」


 セオから鍵を受け取る。

 どうやら私は一人部屋らしい。


「じゃあおれも寝に行こうっと」


 私について来ようとするミゲルの腕を、セオが掴んだ。


「ミゲル君は自分と一緒の部屋です」


「でもあんたとおれの二人って気まずいだろ。初対面なわけだし」


「気まずくならないように、この機会に親交を深めるのもいいでしょう。まあ、自分は帰って来たらまずは寝ますが」


 セオは部屋の鍵を持って町へ行き、私は一人で隣の部屋へ行き、ミゲルは部屋に残ってベッドの上で元気に飛び跳ねていた。



   *   *   *



「ローズ様。そろそろ出発のお時間ですが、準備はお済みですか?」


「はい。今行きまーす」


 セオに部屋をノックされた私は、用意しておいた荷物を持って部屋を出た。

 出発時間になるまでに、しっかりと睡眠をとってシャワーを浴びて着替えも済ませたから、スッキリ爽快だ。


「さあ行きましょうか……あら、ミゲル。ずいぶんと見違えたじゃない」


 部屋を出ると、セオの隣には新品の衣服に身を包んだミゲルが立っていた。

 ミゲルの着ている服は、ミゲルの要望通りのシンプルなもので、ミゲルによく似合っている。

 それにミゲルはセオによって念入りに洗われたのか、今朝よりも肌がツヤツヤとしている。


「新品の服なんて似合わないって言いたいんだろ」


「逆よ。とても似合っているわ。今のミゲルを見て、盗賊団だなんて誰も思わないわよ」


「なっ!? お前、何を知って……!?」


 ミゲルの顔が青褪めていく。

 そういえばミゲルが盗賊団だという話は、私が原作ゲームをプレイしているから知っているだけで、まだ本人からは聞かされていなかった。


「おれのことを調べたのか!?」


「えーっと……そう、友だちにね、美少年に詳しい子がいるのよ。その子が言っていた盗賊団のリーダーの特徴とミゲルの姿がそっくりだから、もしかしたらそうなのかなーと思っただけよ。当たっちゃった?」


 ミゲルは釈然としない顔をしているが、そこにセオの言葉が飛んでくる。


「ローズ様。まさかとは思いますが、ミゲル君は盗賊なのですか? もしそうなら、さすがに自分は無視できる立場ではありません」


「ううん、私が勝手にそうなのかなって思っただけです。でも実際には違うわよね。ミゲルは良い子だものね。ねえ、ミゲル?」


 私に問われたミゲルは、この状況では頷くしかないと判断したようで、私のことをにらみながら頷いた。

 私はミゲルの視線に気付かないフリをして、手をパンと叩いた。


「やっぱり違ったようです! 薄々違うとは思っていたんです。だってもしミゲルが盗賊なら、私を脅迫しないはずがありませんから。私は、お金の匂いをプンプンさせているんでしょう?」


 セオはミゲルと私を見比べていたが、やがて何事も無かったかのように再び出発を促した。




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