宿に到着した私たちは、ベッドの二つ置かれた部屋に案内された。
私とミゲルは串焼きを手に持っているため、ベッドではなく椅子に座ることにした。
椅子も二つしかないため、セオは立ったままだ。
「これから昼夜逆転生活になりますから、腹ごしらえを終えたら、たっぷり睡眠をとってくださいね。寝たとは言っても、移動しながらでは身体が休まっていないでしょうから」
「分かった!」
セオの言葉とは裏腹に、ミゲルは元気いっぱいな返事をした。
「ミゲル君は……ちょっと寝すぎていて、もう眠れないかもしれませんね。羨ましい限りです」
「セオさんはどうするんですか?」
誰よりも疲れているのは、徹夜をしたセオのはずだ。
ちなみに『死よりの者』は、すでに町の外にある森の中で眠っている。
「自分は町でミゲル君の衣服を調達して来ます。ミゲル君、服の好みはありますか?」
「着られる物なら何でもいい……けど、御貴族様みたいにゴテゴテしてるのは嫌だな。おれには似合わないだろうし」
「では夜空に紛れられるようなシンプルな衣服を買ってきますね」
ミゲルの服を買ってくることくらい、私にも出来る。
よりにもよって一番疲れているセオが行く必要は無いはずだ。
「セオさんは一睡もしてませんよね? 私が買って来ましょうか?」
私の発言を聞いたミゲルが、信じられない言葉を聞いたと言わんばかりの視線を向けてきた。
「なによ」
「あんたが一人で買い物に行くことがどれだけ危険か、子どものおれでも分かるのに、あんたは分かんないのか? あんた、さらったら金になりそうな匂いをプンプンさせてるぞ」
ローズの外見があまりにも貴族令嬢だ、とミゲルは言いたいのだろう。
地味な服を選んで着てきたつもりだが、地味な服を着ても、中に一般人の『私』が入っていても、貴族令嬢の気品を漂わせるなんて。
ローズはどこまでも貴族令嬢のようだ。
「一人で呑気に買い物なんてしてたら、さらってくれと言ってるようなもんだ。やめておけよ」
「そういうことです。サッと買って帰って来ますから、宿でお休みになっていてください」
セオとミゲルの二人に言われては、従うしかない。
ここは素直に従って言い合いの時間を節約した方が、セオの睡眠時間が多く確保できるはずだ。
「そうそう。あんたは、おれとのんびり寝てればいいんだよ」
ミゲルがベッドを指差したが、この部屋にベッドは二つしかない。
「でもこの部屋にはベッドが二つしかないですよ? 帰ってきたセオさんはどうするんですか?」
私に尋ねられたセオは、滅相もございませんと慌てて両手を振った。
「ローズ様を野郎と一緒の部屋にはしませんよ。隣の部屋も取ってありますから、ローズ様はそちらでお休みください。これが隣の部屋の鍵です」
セオから鍵を受け取る。
どうやら私は一人部屋らしい。
「じゃあおれも寝に行こうっと」
私について来ようとするミゲルの腕を、セオが掴んだ。
「ミゲル君は自分と一緒の部屋です」
「でもあんたとおれの二人って気まずいだろ。初対面なわけだし」
「気まずくならないように、この機会に親交を深めるのもいいでしょう。まあ、自分は帰って来たらまずは寝ますが」
セオは部屋の鍵を持って町へ行き、私は一人で隣の部屋へ行き、ミゲルは部屋に残ってベッドの上で元気に飛び跳ねていた。
* * *
「ローズ様。そろそろ出発のお時間ですが、準備はお済みですか?」
「はい。今行きまーす」
セオに部屋をノックされた私は、用意しておいた荷物を持って部屋を出た。
出発時間になるまでに、しっかりと睡眠をとってシャワーを浴びて着替えも済ませたから、スッキリ爽快だ。
「さあ行きましょうか……あら、ミゲル。ずいぶんと見違えたじゃない」
部屋を出ると、セオの隣には新品の衣服に身を包んだミゲルが立っていた。
ミゲルの着ている服は、ミゲルの要望通りのシンプルなもので、ミゲルによく似合っている。
それにミゲルはセオによって念入りに洗われたのか、今朝よりも肌がツヤツヤとしている。
「新品の服なんて似合わないって言いたいんだろ」
「逆よ。とても似合っているわ。今のミゲルを見て、盗賊団だなんて誰も思わないわよ」
「なっ!? お前、何を知って……!?」
ミゲルの顔が青褪めていく。
そういえばミゲルが盗賊団だという話は、私が原作ゲームをプレイしているから知っているだけで、まだ本人からは聞かされていなかった。
「おれのことを調べたのか!?」
「えーっと……そう、友だちにね、美少年に詳しい子がいるのよ。その子が言っていた盗賊団のリーダーの特徴とミゲルの姿がそっくりだから、もしかしたらそうなのかなーと思っただけよ。当たっちゃった?」
ミゲルは釈然としない顔をしているが、そこにセオの言葉が飛んでくる。
「ローズ様。まさかとは思いますが、ミゲル君は盗賊なのですか? もしそうなら、さすがに自分は無視できる立場ではありません」
「ううん、私が勝手にそうなのかなって思っただけです。でも実際には違うわよね。ミゲルは良い子だものね。ねえ、ミゲル?」
私に問われたミゲルは、この状況では頷くしかないと判断したようで、私のことをにらみながら頷いた。
私はミゲルの視線に気付かないフリをして、手をパンと叩いた。
「やっぱり違ったようです! 薄々違うとは思っていたんです。だってもしミゲルが盗賊なら、私を脅迫しないはずがありませんから。私は、お金の匂いをプンプンさせているんでしょう?」
セオはミゲルと私を見比べていたが、やがて何事も無かったかのように再び出発を促した。