「複数名……?」
「多重人格……?」
アイスを舐めながら、幹と美百合は意見交換をしていた。
最近の戦いの中で、オーサーから感じ取った印象だった。
相反する人格が存在していると、二人共に感じていた。
今日の質疑応答で、その感じをもどかしく伝えたのは美百合も同じだったらしい。
複数名の組織的犯行だとか
多重人格者の単独犯だとか
言いながら、結局どちらもしっくり来ていないのが本当の所だ。
本部でカウンセラーという名の取調官と対峙した後は、いつもこうして、答え合わせをするみたいに、二人で頭を整理する。
取調官に伝えるため、記憶の中から取り出したピースを言語化する作業をやった事で、逆に気付きがあったりするのだ。
誰かに聞かれたりしない場所を選ぼうとして、結局、花京院家の敷地内にあるカフェになってしまった。
スタッフにも気を遣われないよう、屋外の席を選んだ。
デートとか言われて一瞬身構えた幹であったが、ここは今や日常過ぎて安心しかない場所だった。
いつもは公園を歩きながらだったり、花京院家の車の中でこの時間を持つのだが、今日は二人共に、いつもより疲弊してしまっていた。
フル回転した脳味噌を癒してくれるカロリーを欲していたのだ。
効果はテキメン。
濃厚な味わいのアイスが、強ばった脳味噌の緊張を解き、まったりと緩めて行く。
薄暗くなってきた庭園に灯りがともり、ナイショ話をするには打って付けの雰囲気だ。
残念ながら、既に意見もアイデアも出尽くしてしまったけれど。
「もっとピースが必要だね……」
まだ暫くは、霧の中を手探りして行かねばならないだろう。
今出ない答えでも、時間を重ねればいつか辿り着くはずだ。
二人共に、モヤモヤと引っ掛かる何かを感じているのだから。
カフェからはキックボードでゆるっと走り、花京院邸本館まで辿り着く。
「じゃあ、また明日」
「ごきげんよう」
挨拶を交わして、それでも幹は立ち去らず美百合を目で追う。
扉を開けて家に入るまで、ちゃんと見届けずには居られないのだ。
遊園地のバトルで無理をさせて以来、幹の中に過保護の虫が住み着いてしまった。
仮にもリリはA級ファイターである。そこいらの「何かしら」が手出しできるような、カヨワイ女子では決してないのだけれど。
執事の中務が迎えに出て来て、幹にも頭を下げる。
美百合が、バイバイと可愛く手を振って邸内に消えた。
幹は中務に会釈をして、キックボードで自宅の紫陽花館へと走り出す。
ふと、美百合のバイバイに釣られた、笑顔の自分に気付く。
なんだ俺。アホみたいに……
無口で無表情で存在感が無くて--
それを長年デフォルトにして来たはずなのに、最近、表情筋が活発に動き過ぎる。
どこぞのお嬢が、自分のプライベートに関わるようになってから、どうにも調子が狂う。
幹の、笑いを堪えたしかめっ面を、夜風が撫でて行った。
「最近、忙しかったんじゃねぇの?」
「大変そうだなーと思ってさ」
平岡と小野が言う。
教室移動のため、幹は彼らと連れ立って廊下を歩いていた。
「そうだね……反省点も多かったし、まあまあヘコんだりしたよ」
なんだかスラスラと愚痴を吐いてみたりなんかして--
「あら、幹に反省点なんてあって?」
前を歩く女子のグループから、美百合が振り返って首を傾げる。
「あなたはいつだって完璧だわ」
美百合が言い放つと、周りの女の子達がウンウンと頷いた。
今、学校の廊下を歩くという当たり前の日常の中で、七名ものクラスメイトが自分の何でもない話に反応している。
突然その事実に気付いて、幹は軽い目眩を感じた。
ほんの少し前まで、自分がこんなふうに人に囲まれているなど想像だにしなかった。
更に言えば、安心して愚痴を吐ける相手など、居ようはずもなかった。そもそも会話などひとつも無かったのだ。
驚いたり笑ったり、情けなく顔をしかめたり--
表情筋が勝手に動くなど、ぼっちのモブ妖怪には有り得ない事だった。学校内では特に気を付けてもいた。
意外にも観察力のある平岡が、何故だか自分に興味を示したが、それでもパシリ契約程度の関係でしかなかった。
これまでの人生、「友達」という括りに、入れてもらう事も、逆に誰かを招き入れる事もしなかった。
結局これら全て、どこぞのお嬢が、幹のパーソナルスペースに入り込んだ事がきっかけでひっくり返った事だった。
住む家や学校だけでなく、精神的な部分でも、文字通り居場所をくれたのは、美百合なのだろう。
そんな物、欲しいかどうかなど、考える事もしなかった。
自分に問う事を敢えて放棄していた。
今になって思い知る。
いかに孤独であったかという事に。
そして、思い出す。
失う怖さを。
また--
モヤモヤした物が呼び起こされる。
複数名か多重人格者か。
議論になるほど複数の人格を感じているのに、常にどこかに「孤独」というワードが反応する。
深く辿れば辿るほど、そこに確かに「孤独」を感じる。
孤独を生きてきた同類だからこそなのかも知れない。
同類--
心臓が、トクンと鳴った。