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第40話 探偵、始めます。

 何やら腑に落ちないところはあったが、最終的に武蔵の言うことを聞く形になってしまった。というのも刺された傷のせいで1カ月近く、足利邸で療養せざるを得なくなったからだ。痛くて立ち上がることができなかったし、立てるようになってからも、普通に歩いたりしゃがんだりできるようになるまで、時間がかかった。


 病院に行っていれば、抗生物質などを処方されていたのだろう。だけど、足利邸にはそんなものはなく、武蔵と小次郎が作った薬を飲まされていた。独特の匂いと苦味があって決して飲みやすいものではなかったが、信じて飲むことにした。


 意識が戻って真っ先に気になったのは、家族のことだ。僕が失踪したことを心配しているだろう。意識を失っている間に、携帯電話に何度も着信があった。電話しようとすると、武蔵が「刑事が家の電話に張り付いて盗聴しているかもしれないから、やめろ」と言う。古い刑事ドラマの見過ぎではないか。


 仕方がないので手紙を書くことにした。生きて元気にしている(実際にはそうではないのだが)こと、すぐには帰れないこと、あと、申し訳ないけど、職場に辞表を出してほしいと書いた。手紙は小次郎が近くのポストまで持っていってくれた。


 仕事には多少未練はあったが、今こそ潮時だと思った。事件翌日から3日間くらいは会社から携帯に電話がかかってきていたが、その後は着信履歴がない。見限られたのだろう。


 あの動画、知らない人ならばわからないかもしれないけど、四ノ宮さんや葛城さんが見れば、僕だと気づくはずだ。警察は事情を聞こうとするだろう。樺山新報に連絡するはずだ。そして、僕が失踪していることを知る。僕が宗ちゃんの従弟だと当然わかっているだろうし、重要参考人として行方を探すに違いない。自宅にも行っているだろう。


 警察に呼ばれて話を聞かれたところで、どう説明すればいい? 妖刀のことを隠して話せば、僕は日本刀を持って地下鉄車内で暴れただけの頭のおかしいやつになってしまう。宗ちゃんが死んだところは知らないことにしたとして、事件後、どこでどう潜伏していたと説明したらいいだろうか。考えれば考えるほど、嘘で嘘を塗り固めなければならない気持ちになってくる。それならばいっそ、ここで隠れ住んでいた方が気は楽だった。


 「以蔵は神様になったのかなあ」


 足利邸には小さな蔵があり、模造刀や古い日本刀、鎧の一部などが雑多に詰め込まれていた。動けるようになったら稽古を始めようと思って、使えそうなものを探していた。木刀は数振りある。ひび割れなどがないか確認している僕を、隣で武蔵が見ていた。


 「知らん。でも、言い伝え通りなら、なったはずじゃ」


 武蔵は全身が入りそうな大きな木箱の中身を、ゴソゴソと引っ掻き回している。


 あの時、確かに宗ちゃんは「残り3人」と言っていた。だが、僕が今、こうやって生き残っているので、カウントが正しければ1人足りないはずだ。


 「言い伝え通りって、どう言うこと?」


 手を止めて聞く。


 「確かではないと言うことじゃ。綱どのが100人斬って神様になったから妖刀の間でそういう言い伝えがあるだけで、他に100人斬って神様になった妖刀はおらん。少なくとも、わしは知らない。だから、神様になる条件が、本当に100人斬りを達成することなのかどうかも、あやしいものなのじゃ」


 武蔵は木箱から顔を上げて、近づいてきた。髪にほこりがついている。蔵の中には裸電球が一つしかなく、暗い。随分と高いところに明かり取りの隙間があって、そこから差し込んでくる光で、ほこりがキラキラと輝いた。


 「そうなんだ」


 手を伸ばして、ほこりを払ってやった。


 7月に入ったばかりなのに、真夏のような暑さだった。しかし、蔵の中は意外に涼しい。むしろ、ひんやりとしている。


 「神様になると、どうなるの?」


 僕の質問に答えずに、武蔵は近くに積み上げられた木箱によじのぼると「よっ」と言いながら、その上に腰掛けた。僕と視線の高さが同じになる。


 「一番は、人間の手を離れられるということかな」


 僕の方を見て、ニッと笑う。


 着物が嫌だというので、小次郎に頼んで服を買ってきてもらった。飾り気のないTシャツにスウェットの長ズボンという今風のスタイルをいたく気に入って「ありがとう!」と珍しく感謝の言葉を口にした。


 小次郎は今も相変わらず、着物姿だ。


 「妖刀が妖刀使いを必要とするのは、手入れしてくれる人間が要るというのが一番の理由なのじゃが、それがなくなる。水に濡れても錆びる心配がない。普通の人間と同じように生活できるようになる」


 週に2、3回、武蔵と小次郎のお風呂の世話をしていた。小次郎は刀になって以蔵と戦ったので、背中や足に傷があった。僕が意識不明の間に武蔵が手入れをしてくれたらしいが、妖刀同士では限界があるのか、肌も荒れていた。足利さんに教えられた通りに手拭いで時間をかけて拭ってやると、次第にきれいな肌に戻った。


 「あと、神様というだけあって、神通力みたいなものが使えるようになる。今でも人を操ったり、目眩しをしたりできるけど、その力が強くなる」


 武蔵と小次郎を信用することにしたのは、2人が僕を操っている気配がないからだった。もしかしたら、気がつかないうちに操られているのかもしれない。だけど、少なくとも自分の意思に反したことをさせられている気配はなかった。そう、いつが宗ちゃんをそそのかして、殺人事件を起こしたようなことは。


 「ところで、これからのことなんだがな」


 武蔵は話題を変えてきた。


 そうだ。そろそろ、その話をしなければいけない。僕は仕事がしたかった。体もだいぶ治って、家でじっとしているのが退屈になってきた。お金は足利さんの蓄財が相当あり、それを投資で回していた。タンス貯金も驚くほどあり、普段の生活では小次郎がそれを少しずつ使っていた。だから、生活するのは何も困らなかった。とはいえ庭で木刀を振って、家の周辺を散歩するだけの毎日は退屈だった。


 「うん。僕、仕事がしたいんだけど」


 立ちっぱなしで、お腹が痛くなってきた。木刀を杖代わりにして、寄りかかる。


 「それじゃ、それ。わしと、探偵業を始めないか?」


 武蔵は目を輝かせて、待ってましたとばかりに言った。


 「探偵業? こんな引きこもり生活をしているのに?」


 思わず鼻で笑ってしまった。素性を隠して日雇い労働でもしようかと思っていたのに、武蔵の提案は想像の斜め上を行っていた。


 「お客なんか、絶対来ないじゃん」


 探偵業といえば駅や雑誌なんかに広告を出して、事務所に来てもらうものだ。だけど、ここは目眩しをかけているので、普通の人間はたどり着けない。少なくともここを事務所にして探偵業をするなんて、あり得ない。


 「そうじゃ。普通に考えて、ここには来ないじゃろ。だから、こっちから探しに行くんじゃ」


 武蔵は大真面目な顔で言った。


 「どういうこと?」


 意味がわからない。戸惑っていると、武蔵はお尻の位置を変えて、僕の方に向き直った。


 「こちらから、困っている人を探しに行くんじゃ。お前の従兄のように妖刀に取り憑かれている人や、妖刀を扱いかねている人は、必ずいるはずじゃ。わしはそういう人を見てきたし、実際に扱いきれなくて、わし自身が何年も蔵に放り込まれていたこともある」


 ほうほう、なるほど。


 「妖刀専門の探偵ってこと? 顧客が少なすぎるんじゃないの?」


 そんなに度々、妖刀絡みの事件に遭遇できるとは思えないんだけど。


 「いや、妖刀専門じゃない。あやかし絡みの事件も解決しますって感じかな。それくらい間口を広げておかないと、おそらく客がいない」


 「ああ、なるほど」


 武蔵はポンと木箱から飛び降りた。スタスタと歩いて、目の前にやってくる。


 「社長はわしじゃ。秘書は小次郎。で、アキラは社員。わしが給料をやろう。どうだ、それなら、じじいの遺産を食い潰しているという後ろめたさもないじゃろう? ヒラが嫌なら、専務くらいの肩書きをやってもいいぞ」


 僕のお腹をつつきながら、楽しそうにニヤニヤと笑う。少しムッとした。僕が世話してやらないと困るくせに、何が社長だ。


 「相談役にしてくれるんなら、やってやらないこともないよ」


 言い返すと、少し目を見開いてから、ニッコリと笑った。


 「ほう、アキラも言うようになったのう。相談役でもなんでもいいぞ。探偵業をやるということで、いいんじゃな?」


 武蔵はうれしそうにピョンピョンとその場で飛び上がった。


 「いいよ。だけど、なんで探偵なのさ?」


 そろそろ母屋に戻ろう。僕は木刀を杖代わりにして、歩き出す。武蔵が急いで追いかけてきた。


 「以蔵のように、悪さをする妖刀を事前に見つけて回収したいということもあるが、それ以前に、妖刀の悪用を阻止したいというのがあるのじゃ。悪い妖刀がいるように、悪い人間もたくさんいるからのう」


 蔵の扉を開けると、夕方のムッとした熱気が押し寄せてきた。ここは西向きなので、なおさら暑い。だが、少しの辛抱だ。母家に戻れば、クーラーが効いている。


 「妖刀を悪用する人間なんているの?」


 サンダルを突っかけて、庭を斜めに横切って母屋に向かう。縁側を歩いてきた小次郎と目があった。洗濯済みの衣類を仕舞ってきたところだろうか。小次郎は僕に会釈して、ニコッと笑った。


 「いるとも。たくさんいるぞ。妖刀の存在を知っている人間は、妖刀を狩り集めにくるからな。それで強運の金持ちになって、やりたい放題じゃ。ろくに手入れもせずにな。あわれ犠牲になった妖刀は、倉庫で朽ち果てていくのみじゃ」


 そういえば、そんな人間がいると以前、武蔵から聞いた記憶があるな。


 縁側にはガラス戸がついている。毎日、小次郎がピカピカに磨き上げているので、古い家とは思えないほどきれいだ。それを引き開けて縁側に上がると、気持ちのいい冷気に包まれて汗がスッと引くのを感じた。


 「武蔵がそんなに正義感が強いとは、知らなかったな」


 皮肉で言ったつもりはなかったが、なんだか言い方がそんな感じになってしまった。これは、武蔵を怒らせたのではないか?


 「そうじゃない。宮本武蔵として、そういうことが許せないだけじゃ」


 プンスカした声が返ってくると思っていたので、想像以上に沈んだ声に驚いた。思わず振り返ると、武蔵は少し目を伏せていた。


 「武蔵……」


 立ち止まって、武蔵の方を向く。


 「アキラ。わしは長いこと生きてきて、自分が日本一の剣豪に祭り上げられていくのをこの目で見てきた。実際には、そんな大した剣術家ではなかったのにな」


 武蔵は意外なことを話し始めた。


 「みんなの期待に応えたいと言えばなんだかこそばゆいが、史上最強の剣豪と言われるようになってしまった以上、わしがいろいろ妖刀にまつわる悪事を見逃しておくわけにはいかないと思うのじゃ。特に今回の以蔵の件では、そう思った。ちょっと反省しておる」


 シャツのお腹のあたりといじりながら、殊勝なことを言った。


 「アキラの従兄を助けてやれなくて、本当にすまなかった。ああいうのは二度とゴメンだ。だから、アキラ。一緒に妖刀を探してくれ。また不幸を撒き散らす前に、わしがなんとかしてやりたいのじゃ」


 武蔵は目を上げた。涙なのか、それともヤル気なのか。瞳がキラキラしている。この生意気な小娘は、そんなことを考えていたのか。武蔵の胸中を聞いて、ちょっと感心した。


 「わかった。その思いは、僕も一緒だ」


 僕は武蔵に手を差し出した。


 「やるよ。妖刀探偵だな」


 武蔵はパッと表情を明るくした。ニコッと笑って、僕の手を握る。


 「ありがとう。じゃが、妖刀探偵という名称はダサすぎる。却下じゃ」


 僕は武蔵の手を握り返した。


 なんでこんなことになったんだろう。ほんの数カ月前は、ただの新聞記者だったのに。だけど、悪くない。これから先は全く見通せないけど、今からやろうとしていることには、僕は不安よりもワクワクしかなかった。そうだ。新聞記者のように、事件をそばで見ているだけの人ではなくなるのだ。直接、かかわって、人助けをするのだ。


 それって、素晴らしいことじゃない?


 台所の方で、小次郎が「そろそろ晩ごはんですよ〜」と呼んでいる声がする。今夜のおかずには、揚げ出しなすがあるな。油と出汁のいい香りがする。小次郎の得意料理だ。


 「じゃあ、何かいい名前を考えないと。晩飯を食べながら考えよう」


 僕はそのまま武蔵の手を引くと、台所に向かって歩き始めた。武蔵のくせっ毛が揺れている。そこにガラス戸越しに夕陽が当たって、オレンジ色に輝いていた。

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