目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
雨上がり、ふたり
雨上がり、ふたり
高見もや
恋愛現代恋愛
2025年05月14日
公開日
6,918字
完結済
 「雨上がり、ふたり」 は、 生徒会長の千尋と後輩の玲奈が、友情と恋の狭間で揺れ動く、繊細で切ない百合ラブストーリー です。  二人が共有する「秘密の屋上」。そこは、心を隠しながらも素直になれる特別な場所でした。玲奈の転校をきっかけに、千尋は自分の気持ちと向き合うことになります。  雨の夜にすれ違い、心の奥に秘めた想いが交錯する中、千尋は問いかけられます—— 「それは恋ですか?」  答えられない千尋。しかし、玲奈がいなくなることだけは耐えられなかった。  雨上がりの屋上で、初めて心が重なったふたり。そして訪れる「あと半年」という限られた時間。  友情でもない、恋でもない。けれど、かけがえのない想い——。  「あと半年、私のそばにいてくれますか?」  「もちろん」  雨の向こうに、ふたりだけの物語が続いていく。

第1話

 雨の匂いが空気に溶け込んでいた。灰色の雲が低く垂れこめた空の下、生徒会長綾瀬千尋は静かに屋上の扉を押し開けた。




 濡れたコンクリートの上、制服の裾を揺らしながらひとりの少女が佇んでいる。橘玲奈――彼女はフェンスに寄りかかり、しとしとと降る雨をじっと見つめていた。




「……校則違反よ、橘さん」




 千尋の声に、玲奈はゆっくりと振り返る。濡れた前髪の隙間から覗く瞳が、どこか寂しげに揺れていた。




「見つかっちゃいましたね、生徒会長」




 玲奈は悪びれる様子もなく微笑んだ。その無邪気さが千尋を困惑させる。




「ここは私の秘密の場所なんです」




 玲奈が手を広げると、雨粒がその指先に溶けて消えた。千尋は思わず息をのむ。屋上の冷たい空気が、なぜか熱を帯びたように感じた。




「……早く戻りなさい」




「生徒会長も、私を咎めるだけで帰っちゃうんですか?」




 玲奈の瞳が千尋を捉える。逃げられない。千尋は理由のわからない鼓動を抑えながら、玲奈のそばへと歩み寄った。雨が、ふたりの距離を縮めるように降り続けていた。




「橘さん、次の書類を整理しておいて」




 生徒会室で千尋が指示を出すと、玲奈は「はいっ」と元気よく返事をした。周囲の生徒たちが「さすが玲奈、仕事が早い」と笑う中、彼女は軽やかに動き、柔らかく微笑んでいた。




 ――本当に、あの屋上にいた子と同じ人間なのだろうか?




 千尋は、ふと視線を彷徨わせる。玲奈はいつも明るく、誰とでも親しく接している。しかし、千尋が見たのは違う顔だった。冷たい雨に濡れた寂しげな横顔。




 気のせいだろうか。




 「先輩?」




 玲奈の声が近くで響く。気づけば目が合っていた。千尋は咄嗟に目を逸らし、視線を書類へ落とした。




 放課後の廊下、人波の間を縫うように歩くと、不意に玲奈とすれ違った。




 「……!」




 指先が、かすかに触れた。ほんの一瞬、玲奈のぬくもりが千尋の肌に残る。振り返ると、玲奈は微笑んでいた。だが、その瞳の奥には、やはり何かが隠れていた。




 夜の帳が降りる前、千尋は無意識に屋上への階段を上がっていた。扉を押し開けると、そこにはすでに玲奈の姿があった。




「やっぱり来ましたね、生徒会長」




 フェンスに寄りかかりながら、玲奈は微笑む。その表情はどこか嬉しそうで、千尋は言葉を失う。




「どうしてここに?」




「ふふ……先輩なら、また来ると思っていました」




 玲奈は軽やかに言うと、傍らのコンクリートに腰を下ろした。千尋は一瞬迷ったが、その隣に立つ。




「この場所、好きなんです。風が気持ちよくて、誰もいなくて。……まるで世界にひとりきりみたいで」




「そんな風に思うなんて……寂しくない?」




 千尋の問いに、玲奈は少しだけ視線を落とした。




「……昔から、ひとりの時間が長かったんです。母が忙しくて、家に帰っても誰もいないことが多くて」




 ぽつりとこぼれた玲奈の言葉に、千尋は胸が詰まる。




「それで、転校の話が出たときも、別に驚かなかった」




 玲奈の声は、あまりにも静かだった。




「転校……?」




「まだ決まったわけじゃないんです。でも、そうなったら……ここも、私だけの秘密の場所じゃなくなりますね」




 千尋は言葉を飲み込んだ。玲奈の言葉の端々に、どこか諦めのような響きを感じた。




 「……それなら、今日からここは、私たちの場所にしない?」




 不意に、玲奈の目が丸くなる。そして、ゆっくりと微笑んだ。




「先輩がそう言うなら……秘密を共有ですね」




 その笑顔が、雨に濡れた屋上の風景よりも、ずっと儚く、愛おしく感じられた。




 放課後の教室、窓の外には朱色の夕焼けが広がっていた。千尋はペンを走らせながらも、ふと手を止める。机に頬杖をつき、思い出してしまう。




 玲奈の微笑み、風に揺れる髪、指先がかすかに触れたあの瞬間。




「……何を考えてるの、私」




 小さく息を吐き、ペンを握り直す。それなのに、視線の端に玲奈の姿を探してしまう。




 翌朝、校門で玲奈を見つけた。明るく笑いながら友人と話す姿が、妙に眩しく見える。




「おはようございます、生徒会長」




 玲奈が千尋を見つけ、駆け寄る。その瞳がまっすぐで、千尋の胸がざわついた。




「……おはよう」




 いつも通りに返したはずなのに、どこかぎこちない。玲奈は不思議そうに首をかしげる。




 授業中、玲奈の横顔を盗み見るたびに、千尋は自分が何を求めているのかわからなくなる。友達以上の気持ち? でも、恋とは違うはず――。




 けれど、玲奈が誰かと楽しそうに笑うたび、胸の奥が苦しくなるのは、どうしてだろう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?