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第17話 噂

学園に入学して早2週間。そろそろここでの生活にも慣れてきた。


「よ、よぉ。あたしと組もうぜ」


理沙に声を掛けられる。今は午後の訓練の授業中。場所は道場で、内容は体術だ。


「おお、いいぜ」


ストレッチが終わり、今から行うのは組手だった。そのパートナーとして理沙は俺に声を掛けて来たのだ。


「お、なんだなんだ!?皇が竜也をデートに誘ったぞ!」

「うっさい!そんなんじゃないわよ!」


それを見て泰三が茶化す。あの一件以来理沙は俺と砕けて話す様になり、必然、泰三とゆかいな仲間達とも仲良くなっていた。


「原田君。授業中なんだから静かになさい。先生に叱られるわよ」

「ばっかお前、千堂先生がそんな事で怒る訳ないだろ」


委員長が泰三を注意するが、奴にはなしの礫だ。まあ確かに泰三の言う通り、先生はニコニコと此方を見ているだけで注意する様子は全くなかった。


彼女の名は千堂貴美子。武術全般の指導を担当している教員だ。胸は多分F以上はあるだろう。その大きく誇られた胸元に、彼氏募集中のプレートをでかでかと張り付けているおちゃめな先生である。


「はいはい。私語はそこまでよ。決まった所から、組手を始めて頂戴」


先生はパンパンと軽く手を叩く。組手とは言っているが、それは攻めと受けに別れる特殊な物だった。攻める側はプラーナによる強化を一切行わず、攻撃を続ける。受ける側はプラーナを纏いつつ――怪我防止の為――攻撃を捌き続けるという物だ。これを受け攻め入れ替わりながら続けるのが、この授業における組手である。


俺達の組み合わせは俺と理沙。岡部と宇佐田。空条と委員長のペアで決まる。


7人組であるため、必然的に端数――つまり泰三があぶれてしまう。泰三は誰か他の相手を見つけないといけない訳だが……奴は相手を探すそぶりを見せない。


「人数が増えたから、一人溢れちゃったわね」


元々30人だったクラスに俺が加わった事で、31人――奇数だ。その状態で2人1組で組めば、当然余りが出る。


そしてその栄冠は泰三が見事に掴み取っていた。


「じゃあ先生と俺とで!」


泰三は嬉しそうに言う。千堂先生はちょっと年はいっているが結構綺麗だし、何より……胸が大きい。組手となれば、当然それがダイナミックに揺れる事は必定だった。


それを目の前で拝めるのだ。役得以外何者でもないだろう。そう考えると、泰三はわざと組手の相手探しをしなかったのではとさえ思えてきた。いや、もはやそれ以外ありえない。あいつはそういう奴だ。


おのれ泰三め……上手くやりやがって。


「うーん、そうね。じゃあ原田君と皇さんが組んで、私と鏡君で組手を行いましょうか」

「えぇ!?なんでだよ?」


泰三が抗議の声を上げた。まあ気持ちは分かる。ブルンブルンを目の前で拝みたかっただろうからな。けど、なんで俺なんだ?


「鏡君は編入したてで初組手だから、最初は先生が指導してあげた方が良いでしょ」


どうやら初心者が怪我をしない様、気を使ってくれた様だ。まあそんな心配は無用なのだが、折角の気づかいである。喜んでお受けするとしよう。


「竜也……鼻の下伸びてるぞ」


理沙が此方をジト目で見て来る。俺とした事が、顔に出てしまっていた様だ。


「いやいや、そんな事無いって」

「ふん……どうだか。泰三!さっさと始めるよ!」

「えぇ……」


理沙は泰三の襟首を引っ掴み向こうに行ってしまう。どうやら機嫌を損ねてしまった様だ。まあ仕方がない。授業が終わったら、飼育ゾーンにアイスでも持って行って機嫌取りでもするか。


「ふふ。それじゃあ、鏡君はこっちね」


広く開いた場所に千堂先生が移動する。俺はその前に立った。


「よろしくお願いします」


俺が頭を下げて一礼すると――


「氷部ちゃんと四条君を倒したって言う実力、見せて貰うわね」


そう彼女は小さく、俺にだけ聞こえる様に囁く。驚いて下げていた頭を勢いよく上げると、千堂先生は悪戯っ子の様な目で俺を見ていた。


「とんでもない大型新人が現れたって、教員の中じゃ噂になってるわよ」

「……」


別に自分の実力を隠そうとしていた訳ではないが、まさか教師連中に早々に噂になっていようとは……まあ短期間で四天王二人と揉めているのだから、当たり前と言えば当たり前の話か。


「それじゃあ、思いっきり攻撃するから。行くわよ!」


千堂先生はそう宣言すると、拳を構える。そして当たり前の様に、全身にプラーナを駆け巡らせた。


「あの……攻撃側はプラーナの使用禁止じゃ?」

「細かいわねぇ。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」


全然細かくないと思うのだが……まあ別にいいけど。


「もし私の攻撃を捌き切れたら、御褒美にほっぺにチューしてあげるわ」

「……」


少しやる気が出て来る。それは思春期男子にとって最高の御褒美だった。まあ俺は精神的には20歳な訳だが、それでも美人からのほっぺにチューは魅力的だ。


この勝負……負けられないぜ。


俺は腰を深く落とし、攻撃に備えた。

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