目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

34.次はお前の親御さんだと思うんだ①

 大葉たいようは自社の勤め先社長で伯父の土井どい恵介けいすけから、羽理うりとのことをすぐに公にはすべきでないと言われた時から、どうすれば社員たちのやっかみから羽理を守ってやれるのか、ずっと考えていた。


 正直最大のライバルだと思っていた倍相ばいしょう岳斗がくとが戦線離脱してくれたのは有難かったが、社内にはまだ五代ごだい懇乃介こんのすけという伏兵がいる。


(あいつは手強いからな)


 早いところ羽理の左手薬指に自分のものだという分かりやすい婚約指輪めじるしをつけて、その指輪を贈ったのは俺だから! と全世界に知らしめたい。


 実際問題「俺の!」と主張することはすぐには叶わないにせよ、とりあえずはそうやって〝荒木羽理この女性にはすでに相手がいます〟と周りを牽制けんせいした上で、他の問題をじっくり片付けたいのだ。


(そうしとかねぇと気が気じゃねぇからな、俺が!)


 それにはまず――。



***



「なぁ羽理うり、お前の親御さんにちゃんと挨拶しに行きてぇんだけど」


 フライパンにたっぷりのバターを溶かして塩コショウで下味をつけた卵液を流し込みながら、大葉たいようは眠いのか、ホワホワとした様子でリビングにいる羽理へ声をかけた。

 卵が熱で固まらないうち、六枚切り食パンを卵液に浸して素早く裏返しつつチラリと羽理を見遣ったら「挨拶……ですか?」と、こちらの真意が分かっているんだかいないんだか、判断のつかない表情かおをする。


「うちの親たちには会っただろ? 次はお前の親御さんだと思うんだ」


 食パンの上に蕩けるスライスチーズを乗っけて、そこへケチャップを手早く塗り込むと少量の蜂蜜をタラリと回し掛ける。


 バターの焼ける香ばしいかおりを漂わせるフライパン上で、ジューッといい音がしているのを見詰めながら、大葉たいようは羽理の返答を待った。


「うち、大葉たいようのご実家ほど近くない……です、よ?」


 羽理うりの話では新幹線の各駅停車で一時間くらいの距離だという。車なら高速を飛ばして二時間前後と言ったところか。


「結婚の挨拶しに行くのに距離は関係ないだろ」


 フライ返しで食パンの周りに広がった卵を、パンを包み込むように折り畳みながら問い掛けたら、羽理が「いいんですか?」と小首をかしげる。


「いや、いいも何も……そこすっ飛ばしてお前を嫁に貰うわけにはいかねぇし……何より同棲の許しも取り付けたいんだよ、俺は」


 焼けたものを二つ折りにして皿へ載せると、付け合わせにミニトマトとキュウリをトッピングする。

 同じものを手早くもうひとつ作ってから、ナイフとフォーク、それから果汁一〇〇%のオレンジジュースを注いだグラスと一緒にトレイへ載せて羽理の元へ行けば、羽理が目をキラキラと輝かせた。


「お待ちどおさま」


「いつものことながら至れり尽くせりですね」


「俺と一緒に住めば毎日朝昼晩、美味いモン食わしてやるぞ」


 もちろん、今日会社で羽理が食べられるよう、弁当だってしっかり作ってある。

 羽理が自分と一緒にいることで感じる付加価値は、多ければ多いほどいい。


「きゃー、太っちゃいそうでちょっと怖いですっ」


 言いながらもとても嬉しげ。「いただきます」と、いそいそと手を合わせる羽理に、大葉たいようはホント作り甲斐があるな、と思いながら口の端に笑みを浮かべる。


「ま、その分運動すれば問題ないだろ?」


 クスクス笑いながら言ったら、羽理が手にしていたミニトマトをポロリと皿の上へ落とした。


「せめて……週末限定でお願いしますっ」


 真っ赤になってモニョモニョ言う羽理うりが可愛くて、もっといじめてやりたくなってしまう。それでわざとらしく「それだとカロリー消費が追い付きませんよ?」と追い打ちを掛けたら、羽理が泣きそうに情けない顔で大葉たいようを見詰めてきて。その表情の余りの愛おしさに、大葉たいようは心の底から幸せだ! と実感させられた。



「で、冗談はさておき、さっきの話なんだがな」


 何だかんだで中途半端に頓挫とんざしてしまった羽理の実家訪問に話を戻せば、羽理がパンを切る手を止めて大葉たいようを見詰めてきた。


「うち、元々父親不在の母子家庭なんですけど……その、問題ありませんか?」


 自分が婚外子なことを気にしているんだろう。今更なことを言って不安そうに瞳を揺らせる羽理に、大葉たいようはナイフとフォークを皿に置いて羽理を真正面から見据えた。


「俺としちゃあ、挨拶出来るお母様がご健在なだけで有難ぇんだけど?」


 世の中には家族との縁に恵まれない人間なんてざらにいるのだ。

 たまたま大葉たいようには両親や姉達きょうだい、それから祖父母らやお節介な伯父に至るまで皆健在で、尚且つやたらと密な関係を築いているけれど、そうじゃない人だっていて当然だと心得ている。


「羽理はおふくろさんとの仲……」


「悪くないと思います」


 おじい様はもう鬼籍に入ってしまっているらしいのだが、それを機におばあ様と同居を始めた羽理の母親は、ペットOKな住まいに移り住めたのをいいことに、猫を飼い始めたのだとか。


「実家に帰るたび、毛皮の猫吸いしまくってます」


「毛皮の猫吸い?」


 頓珍漢なワードに大葉たいようが首をかしげたら、

「あ、『毛皮』は猫の名前なんですけどね、その子のお腹とかに顔を埋めてスンスンにおいを嗅ぐんです」

 羽理が嬉しそうに説明をしてくれた。


 ちなみにそんな羽理一番のおススメは、肉球の香りらしい。

「何ていうんですかね。なんとも言えない香ばしいにおいがするんですよ♪」

 その香りを思い出したのか、うっとりする羽理を横目に、大葉たいようは切り分けたハニーケチャップチーズトーストを口に放り込む。


 確かに言われてみれば、自分もウリちゃんの肉球の香りは嫌いじゃないなと思いつつ。(あの匂いは例えるならポップコーンかな?)とか考えていたら、「おかきとかお煎餅せんべいに近いにおいかも知れません」と、羽理が自分と同じように食べものに例えてくる。


(おかきや煎餅か。なら多分俺も嫌いじゃないな)


 そこでふと、すぐ横に大人しくお座りしている愛犬キュウリに視線を移すと、愛らしく小首をかしげられた。

(ウリちゃんの肉球のかおりが一番でちゅからね!?)

 愛娘のあざとい仕草に心臓を撃ち抜かれつつ、

「じゃあ近いうち、お前の実家へ猫吸いしに行くか」

 と提案した大葉たいようである。


 その時は、ウリちゃんは柚子ゆずに預かってもらって……と頭の中で算段をしながら言ったら、羽理が嬉しそうに「わー、めっちゃ楽しみです! じゃあ私、お昼休みにでも早速お母さんに電話してみますね♪」と微笑んでくれた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?