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避難警報が鳴り、非常口から屋上への非難を試みるも、大型の鳥の様な生物の群れにより階段が全壊。
室内に戻るも、下の階から訳のわからない生物が押し寄せてくる。
店内では今、外と同じく人間が逃げ惑う構図ができていた。
「皆さんっ、こちらですッ‼」
八階にいた客を直通の階段で屋上に避難させた後、防火扉を半分閉めて声を張り上げる店員がいた。
彼の人一倍強い優しさは、ギリギリまで逃げてくる人を救おうとしている。
下階の人を何十人も迎え入れ、次の一団に目を向けた時、人に混じって何十匹もの獣が見えた。
「――ッ、っ!?」
彼が迷わずもう半分の扉に手をかけ、勢いよく閉めようとしたところに人の手が挟まった。
「頼むっ‼入れてくれっ‼頼むっ‼――」
こじ開けようとする手が二本、三本と増え、彼が冷汗を滲ませた直後、
叫び声と共に腕がズルズルと引き抜かれ、代わりに狼が頭を捻じ込んだ。
突然のことに腰が引け、あわやという所で、
「引けッ‼」
後ろで見てくれていた客が狼の鼻っ面を蹴り飛ばし、店員に合図を送る。
彼は力いっぱいドアを引き、二匹目が飛びかかってくる寸前でドアを閉め鍵をかけた。
「はぁ、はぁ、ありがとう、ございます、」
「あぁ……」
店員はズレた眼鏡をくいっと上げ、落ち着きを取り戻す。
しかし、直前まで助けを求めていた腕が脳裏をちらつく。
仕方なかったとはいえ、自分が切り捨てた事に変わりはない。
「おい」
「は、はい?」
自分を睨みつける男に一瞬たじろぐ。
確かに、自分のせいで避難した人まで危険にさらした。怒るのも無理はない。
「……あんたはよくやったよ」
「へ?」
思いがけない称賛に虚を突かれ、店員の喉から変な声が出た。
「……俺も上の奴らもあんたに救われた。感謝している」
自分が救った人も大勢いる。自分のしたことは間違っていない。この人はそう言ってくれている。
「有難うございますっ」
「……あぁ」
勢いよく頭を下げる店員に、客の男は照れ臭そうにそっぽを向き屋上への道を歩いていく。
よく見ると男の左上腕、はち切れそうな筋肉も凄いが、服が破れ血が見えていた。
「あのっ、怪我してますけど大丈夫ですか?」
追いかけ横に並ぶが、返ってくるのは気にもしていないという不愛想な返事だけ。
「……あぁ、噛まれただけだ」
「噛まれ…それは、大丈夫なのでしょうか?」
「……あぁ」
強がっているわけではなさそうだ。何より、二mはありそうな体格に、全身がバキバキの筋肉で覆われている男だ。
自分が心配するのも烏滸おこがましいというもの。
気を取り直して、
「私、佐藤 優と申します。よろしくお願いします」
「……
片や素直で責任感の強いヒョロガリ眼鏡、片や寡黙で実直なガチムチゴリマッチョ。
共通していることが心優しいことしかない彼らの並んだ姿は、自然としっくり見えた。
――二人は屋上のドアを閉め、鍵をかけた。