――頬を撫でる冷たい風。
嗅ぎ慣れていない濃い緑の香り。
目を開けるも、ぼやけていて何も見えない。緑色の何かしか見えない。
(眼鏡、眼鏡……)
佐藤は身体を動かそうとし、
「あぅ」
全身をを蝕む筋肉痛に顔を顰めた。
「あ、佐藤さんっ起きたんすね!今眼鏡かけます!」
溌溂とした声が自分の名前を呼ぶ。眼鏡が佐藤に装着され、本来の彼が戻ってきた。
身体がゆっくりと起こされ、水を手渡される。
「有難うございます。……君は?」
一口啜すすり、自分を介護してくれている少年を見る。
「
「い、いえ、こちらこそ有難うございます」
ぐいぐい来る少年にたじろぎながら、佐藤は改めて辺りを見回す。
屋上に広がっている景色は、彼の知っているものと違う。
佐藤と葵獅が黒鳥を惨殺しまくった場所など、小さな林の様になってる。
自分の真上にも茂るそれを見て、当然の疑問を投げかけた。
「因幡くん、これは何でしょうか……、」
「自分達にも分からないんす。寝て起きたら生えてました。何もしてこないんで危険ではないと思うっす。……近くにいると何かほんわりして落ち着くんすよね」
枕元に生える一本を見る因幡に、言われてみればと佐藤も同意する。
嗅いだことのないほどに濃い自然の香りは、安らぎと同時に戦意の低下を誘発されている気がする。
もしかしたらこれも自衛手段の一つなのかもしれない。
少し不信が募ったが、やめた。今はあまり頭を使いたくない。
佐藤は彼等の安全だという言葉を信じることにした。
再び目を閉じようとして、一番大事なことを思い出す。
「そうだっ、葵獅さんと凛さん、紗命さんはっ!」
「全員無事っす。葵獅さんと紗命さんは身体が動かないらしくて、それぞれ凜さんと花ちゃん家族が介抱してるっす」
「花ちゃん?」
「優しい女の子っす」
「あぁ、……そうですか、何より三人とも無事で良かったです」
彼は敷かれたコートに再び横になろうとして、腹筋に力が入らず危うく頭を打ちそうになる。
慌てる因幡に笑って誤魔化し、もう少し休むと伝えた。
皆と会うのは、動けるようになってからでいいだろう。
§
――木漏れ日差す森の抱擁が、東条の意識を優しく揺する。
温度を持った静かな光が、若草色に染まり照らしてくる。
腹に圧迫感を感じ、首だけ動かして周りを見た。
(……?)
全方位を木々に囲まれている。
横にはマイホームの証であるハンモックも見えた。
どうやら自分は木の枝にぶら下がっているらしい。
「……っと」
彼はとりあえず起き上がり、枝に腰掛け状況を把握する。
狼に勝ったところまでは覚えている。
そこから記憶がない。
大方これらの木々は、大量の血と死体を求めて集まって来たのだろう。
それで、自分がぶら下がっていた理由だが……、
「共生ってやつか?……まぁ、ありがとさん」
ポンポンと幹を叩く。
確証はないが、頭の良いこいつの事だ。生かしておけば餌にありつけるとでも考えていそうだ。
謎も解け、身体を流す為トイレに向かおうとしたところで、盛大に身震いする。
今気づいたが、やけに寒い気がする。
それも十二月後半の様に。
嫌な予感がして木を上り、天辺ギリギリまで行き葉を掻き分ける。
「……どうりで」
寒いわけだ。
仰ぎ見る先には、久方ぶりの蒼穹が広がっていた。
「なんかお前デカくなったよな」
地面に下りた彼は、一回り大きくなったマイホームを見上げる。既に四m強はありそうだ。
新品のTシャツ二枚を持ち、密集する木々を縫いながら身体の調子を確かめるが、驚くほど良い。むしろ死にかける前より良い。
「――ッいっつ」
しかし左腕を回したところで鋭い痛みが走った。
そこで自分が昨日負った傷を思い出す。
見ると左腕には、二の腕を犯す無数の赤い歯型が生々しく残っていた。
血で張り付いた服をバリバリと剥がし、パンツと靴下と靴という格好で小さな林を抜ける。
「………………は?」
そこでは空の下、集まった人達が普通の営みを送っていた。