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3章〜合流〜

第22話



 ――頬を撫でる冷たい風。


 嗅ぎ慣れていない濃い緑の香り。


 目を開けるも、ぼやけていて何も見えない。緑色の何かしか見えない。


(眼鏡、眼鏡……)


 佐藤は身体を動かそうとし、


「あぅ」


 全身をを蝕む筋肉痛に顔を顰めた。


「あ、佐藤さんっ起きたんすね!今眼鏡かけます!」


 溌溂とした声が自分の名前を呼ぶ。眼鏡が佐藤に装着され、本来の彼が戻ってきた。


 身体がゆっくりと起こされ、水を手渡される。


「有難うございます。……君は?」


 一口啜すすり、自分を介護してくれている少年を見る。


因幡 恭祐いなば きょうすけっす!十七っす!佐藤さんっ、めっちゃかっこよかったっす!あと、今自分がここにいれるのは佐藤さん方のおかげっす!本当に!有難うございましたっ!」


「い、いえ、こちらこそ有難うございます」


 ぐいぐい来る少年にたじろぎながら、佐藤は改めて辺りを見回す。


 屋上に広がっている景色は、彼の知っているものと違う。


 佐藤と葵獅が黒鳥を惨殺しまくった場所など、小さな林の様になってる。


 自分の真上にも茂るそれを見て、当然の疑問を投げかけた。


「因幡くん、これは何でしょうか……、」


「自分達にも分からないんす。寝て起きたら生えてました。何もしてこないんで危険ではないと思うっす。……近くにいると何かほんわりして落ち着くんすよね」


 枕元に生える一本を見る因幡に、言われてみればと佐藤も同意する。


 嗅いだことのないほどに濃い自然の香りは、安らぎと同時に戦意の低下を誘発されている気がする。


 もしかしたらこれも自衛手段の一つなのかもしれない。


 少し不信が募ったが、やめた。今はあまり頭を使いたくない。


 佐藤は彼等の安全だという言葉を信じることにした。


 再び目を閉じようとして、一番大事なことを思い出す。


「そうだっ、葵獅さんと凛さん、紗命さんはっ!」


「全員無事っす。葵獅さんと紗命さんは身体が動かないらしくて、それぞれ凜さんと花ちゃん家族が介抱してるっす」


「花ちゃん?」


「優しい女の子っす」


「あぁ、……そうですか、何より三人とも無事で良かったです」


 彼は敷かれたコートに再び横になろうとして、腹筋に力が入らず危うく頭を打ちそうになる。


 慌てる因幡に笑って誤魔化し、もう少し休むと伝えた。


 皆と会うのは、動けるようになってからでいいだろう。




 §




 ――木漏れ日差す森の抱擁が、東条の意識を優しく揺する。


 温度を持った静かな光が、若草色に染まり照らしてくる。


 腹に圧迫感を感じ、首だけ動かして周りを見た。


(……?)


 全方位を木々に囲まれている。


 横にはマイホームの証であるハンモックも見えた。


 どうやら自分は木の枝にぶら下がっているらしい。


「……っと」


 彼はとりあえず起き上がり、枝に腰掛け状況を把握する。


 狼に勝ったところまでは覚えている。


 そこから記憶がない。


 大方これらの木々は、大量の血と死体を求めて集まって来たのだろう。


 それで、自分がぶら下がっていた理由だが……、


「共生ってやつか?……まぁ、ありがとさん」


 ポンポンと幹を叩く。


 確証はないが、頭の良いこいつの事だ。生かしておけば餌にありつけるとでも考えていそうだ。


 謎も解け、身体を流す為トイレに向かおうとしたところで、盛大に身震いする。


 今気づいたが、やけに寒い気がする。


 それも十二月後半の様に。


 嫌な予感がして木を上り、天辺ギリギリまで行き葉を掻き分ける。


「……どうりで」


 寒いわけだ。


 仰ぎ見る先には、久方ぶりの蒼穹が広がっていた。



「なんかお前デカくなったよな」


 地面に下りた彼は、一回り大きくなったマイホームを見上げる。既に四m強はありそうだ。


 新品のTシャツ二枚を持ち、密集する木々を縫いながら身体の調子を確かめるが、驚くほど良い。むしろ死にかける前より良い。


「――ッいっつ」


 しかし左腕を回したところで鋭い痛みが走った。


 そこで自分が昨日負った傷を思い出す。


 見ると左腕には、二の腕を犯す無数の赤い歯型が生々しく残っていた。


 血で張り付いた服をバリバリと剥がし、パンツと靴下と靴という格好で小さな林を抜ける。



「………………は?」



 そこでは空の下、集まった人達が普通の営みを送っていた。

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