「……なんだよ、そりゃぁ」
ノエルを中心にして、大地が緑に染まっていく。コンクリートを貫き若葉が芽吹き、新芽はかえり花となる。
辺り一面が青々とした草原と化した。
東条は眼下に満ちる光景に、自分の目を疑う。
原理は一切不明。しかし、
無から有を創り出す。
それは正に、神の所業である。
「まさー、降りてきてー」
「……やだよっ、罠じゃん!」
「……チっ」
見抜かれたノエルは不満気に、されど気にした風もなく、掌を東条に向けた。
「なん、だッ⁉」
途端、持っていた槍がばらけ身体に巻き付く。絞殺さんとばかりに彼を締め上げた。
「――ッあ⁉」
瞬間石柱が爆散し、中から四本の巨大な植物の根が現れる。
宙に投げ出された東条は、抵抗する間もなく四肢を固定され宙吊りにされてしまった。
「……何だよこの辱めは」
「いい気味」
鼻を鳴らすノエルをジト目で睨む。
確かに根の一本一本が、速く、固く、そして強い。
溜まっていくエネルギー量から察するに、生身だと全身グチャグチャになるくらいには力が籠っている。
東条はぐるりと周りを見て、一つだけ気になったことを問う。
「なぁノエル!この木もお前が生やしたのかっ?」
二日目から突如現れたスカベンジャー。未だ謎だらけの木々を首で指す。
「ん?違う。この子達モンスター。ノエルのは植物」
「あ、やっぱこれモンスターなんだ」
その答えに納得する。
歩いて死肉を漁る木なんて、それはもう木ではない。トレントと命名してやろう。
別段深い意味はない只の質問であったが、謎が一つ解けスッキリした。
「降参?」
見上げるノエルを、しかし東条は快活に笑う。
「冗談っ、本当に俺をこんなので抑えられると思ってんのか?」
「……」
「……おけ、遊びは終わりな」
漆黒の腕が肥大化し、指は鉤爪の様に変形する。
自分の攻撃は触れた傍から打撃に変わってしまうため、斬撃系統の攻撃はできないが……まぁビジュアルは大切だから。
その黒は、あの時一時的に発現したものと同じ。いや、より禍々しさを増して、彼の全身に纏わりついていた。
初めて見る彼の化物染みた姿に、ノエルの頬を冷汗が伝う。
初めて感じる、本物の脅威。
自分の命を脅かし得る、本物の捕食者。
一歩下がりたい気持ちを抑え、グっ、と気合を入れた。
「あん時は完全に呑み込まれちまったけどな、今はもう俺の制御下よ」
軽い口調とは裏腹に、強引に引き千切られる根がブチブチと絶叫を上げる。
彼が纏う漆黒は、言わばエネルギーの超圧縮体である。それは、常時馬鹿げた密度の筋肉を纏っているのと同義。
加えて攻撃を受けるごとにそのパワーは増していく。
生半可な拘束など、彼にとっては餌でしかない。
「おら行くぞッ!」
「――っ」
先の石柱の瓦礫を足場に跳躍。
ノエルは数十本の巨大な根を発現させ迎え撃った。
「伸縮自在で追尾可能。スゲェ根っこだな‼」
四方八方から襲い来る根の上を走り回り、飛び回り、殴り壊し、千切り飛ばし、徐々にノエルへと近づいていく。
「ちょこっ、まかっ」
一方彼女は、獣の様な、人とは思えない動きに翻弄されてしまう。
彼が跳躍を繰り返す毎に、あまりの衝撃に根がへし折れる。
その度に修復と撃墜を繰り返さなければいけないため、進行を止めることが出来ない。
「くっ」
諦めた彼女は全ての根をガードに回し、一度後ろに飛び退く。
「……おいで」
そして大地に手をつき、最後の切り札を呼び起こした。
「うらっ」
バリケードを殴り、粉砕した直後、頭上に影が差す。
「なん――ッ」
見上げるそれは、巨大な拳の形をしていた。
抵抗も許されず地面に押し込まれ、轟音を上げ土煙が舞う。
数秒後、重い動きで退かされる拳の下から現れる東条。
大の字で寝っ転がる彼は、綺麗な青空をホケー、と見つめた。
「……殺す気かよ」
ガードにまわした両腕の武装が強制解除された。エネルギー過多。
彼の周りの大地は無残に抉れている。圧倒的重撃。
こんなもの喰らえば、普通は一撃でお陀仏だ。
彼は起き上がり、ノエルの立っていた場所、に起立する
十五mを超す体躯。
全身が瓦礫やコンクリで武装された、角ばったシルエット。
所々に生える、苔や植物のアクセント。
「……ゴーレムか?」
「ん」
見ればゴーレムの足元、大きく刳り抜かれた地面に、ちょこんと彼女が立っている。息も荒いことから、だいぶ無理をしているようだ。
「トドメ」
「ハハっ……は?」
再度振り被る巨躯の威圧感に笑いが漏れるも、同時に感じる下半身の違和感。
見れば、大地から延びる植物が彼の脚に絡みついていた。
逃がさないつもりだろうか?逃げるわけなどないというのに。
気にする必要も無い、と拳を構える。
上半身の武装を全て右腕に集め、完成する漆黒の巨腕。
ブチブチと脚を引き半身になり、圧し潰さんと迫る隕石を見据える。
「ハハッ」
心底楽しくてしょうがないとでも言うように、彼は天災を正面から迎え撃った。
音も無くぶつかった双方の拳。
瞬間、ゴーレムの腕が根元から弾け飛んだ。
「ハハハッ――、オルァッ」
跳躍し、飛び乗り、駆け上がる。
頭と思しき部位を強引に引き千切ってやった。
「なるほどね。腕とか首とか、関節部には樹木を使って可動域を上げてんのか。よくできてる。――おっと」
構造に感心していると、首なしのゴーレムが、残った腕で東条のいる位置を全力でぶん殴った。
ゴーレムは自分のパンチでふらつき、隣のデパートにぶつかり倒れていく。
「お茶目だな」
「はぁっ、はぁっ、――」
地面に降り立った東条は、限界に近いノエルを拾った枝で指す。
「降参か?」
「はぁっ、ま、だ……ぅぅ」
「おいおい」
一歩踏み出そうとして倒れる彼女を、咄嗟に受け止め、
「無理すん……あ?」
徐々に蛇に戻っていく彼女の身体に唖然とする。しかも、
「お、おいっ、植物生えだしたぞ!大丈夫なのか⁉」
ぴょこぴょこと生えだす苔や枝葉に驚愕する。出所は勿論ノエルの身体だ。
「……ん。ちょっと魔力とcell使いすぎた。……問題ない」
パキリ、と一本折り、東条の顔をぺシぺシ叩く。どうやら痛みは無いらしい。
完全に蛇に戻った彼女を持ち上げ、首にかけ巻いていく。
「終わりでいいな?」
「……シュルル」
東条は悔しそうな大蛇に苦笑し、ホームへと戻っていった。