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第122話


 ――「どうするよ?今日中にドーム行っちゃう?」


 落陽の光を反射し、淡いオレンジ色に輝く小雨の中を、二人は南に向かって進む。


 今から走れば、陽が落ちるまでには到着できるが。


「ん~疲れた~」


「主に精神的にな」


「おんぶして」


「振り落としてから引き摺り回して良いなら喜んで」


「ぶー」


 駄々をこねるノエルを断固拒否し、飛び乗ってこようとする彼女を幾度となく叩き落とす。


 ここで甘やかしてしまっては碌なモンスターにならない。


 彼女の為を思った愛の鞭なのである。

 決して怠い、めんどくさい等とは思っていない。


「……ドームに温泉ある?」


「ん?あるぞ。めっちゃいい感じの所」


「スーパー?」


「スーパーだ。この前の所よりデカいぞ」


「おー」


 途端に輝きだすノエルの瞳。

 先日の体験で風呂の良さを知ってしまったか。


 スーパー銭湯を所望する辺り自分と似てきているが、良い傾向ではある。


「どうする?」


「競争しよ」


 カメラをしまい、リュックの紐を閉めるノエルが、全身に魔力を漲らせる。


「いいね。荷物よこし、ハンデだ」


「……舐めてると痛い目見る」


 そう言いつつも素直にリュックを渡す彼女。


 きちんと自分と東条の力量を把握してる証拠だ。


「っし。スタートはもう少し行った辺りな。多分ベっさん今帝大だろ」


「ん。わかた」


 先程通ってきた帝大周辺には薄く霧がかかり、見る限りここよりも雨脚が強い。


 雨の降り方に規則性は無いように思えるが、ベヒモスが雨や霧と共に移動している事だけは確かだ。


 帝大には大量のトレントが生えていた。大方飯を求めて歩いているのだろう。

 何をするにしても、なるべく離れておきたいのが本音だ。


 彼等は身体を解ぐしながら、スタート位置まで南下した。




 ――現在地から西に向かって一直線に駆ければ、丁度ドームに当たる。


「cellは禁止。怪我しない様に安全第一で」


「おけ」


 両手を付き、クラウチングの姿勢を作る。


「号令よろしく」


「……よーい」


 最高練度で練り上げられた魔力は、自らの力を誇示しない。


 風一つ起きない空間にはしかし、近寄りがたい静かな覇気が、……二つ。


「ドンッ」「――ッ」


 瞬間、同時に蹴り抜かれた地面が抉り飛んだ。


「――ははっ」


「だはははははッ――」


 徒競走なんていつぶりだろうか。


 風よりも速く空を切る感覚に、腹の底から笑いが漏れてくる。

 たまには何も考えずに身体を動かすのも、気持ちいいものだ!


 途轍もない速度で木々を縫い、枝を飛び越えていく二人。


 障害物が多いせいで、トップギアを出せないことが歯痒い。


 ノエルは小さい身体を生かし、するりするりと抜けていく。


 対する東条はそれなりの身長に加え、バカデカいリュックを背負っている。

 小さめのトレントや蔦状のトレントは、へし折り引き千切り駆けていた。


(クソっ、ハンデなんてつけなきゃよかった!)


 などと心の中で愚痴を吐くも、そうも言っていられない。


 視界に入る東京ドーム。

 施設内に入ればその時点で決着だ。


 そして最悪なことに、


「――っな」


「勝った!」


 東条の前に広がる、渋滞した車と木のバリケード。


 反対車線を走るノエルの前には何もない。



 勝負は見えた。



 ……そんなことを考えているだろうあの小娘に、一泡吹かせてやろうじゃないの‼


「邪魔だゴルァアッッ‼」


「わっ⁉あははははっ」


 態勢を低くし加速する東条は、真正面から衝突。


 全てを蹴散らし、破壊し、暴走したダンプカーの如く突き進む。


 常軌を逸した脳筋さと、車が空を飛ぶ荒唐無稽な光景に、堪らずノエルも吹き出してしまった。


「――ッおっらゴールゥゥゥ‼」


「――っあははっ、負けたー!」


 勢い余って壁と店舗とアトラクションを破壊し、盛大なブレーキ痕を残しガッツポーズする。


 そんな彼の胸に、一瞬遅れてノエルが飛び込んだ。


「結構楽しかったな」


「ん。またやろっ」


「障害物がない場所でな。……頭痛くねぇか?」


「ん。全力じゃないし。余裕」


「言うねぇ」


 ……自分ははっちゃけすぎて少し痛かったりするのだが、言わないでおこう。


 上機嫌で目当てのスーパー銭湯に向かう二人。


 そんな彼等を優しく照らす落陽は、先ほどと殆ど位置が変わっていない。


 それもそのはず。



 彼等は約一・五㎞の距離を、一分以内で爆走したのだから。



 ――「「たのもー!」」


 風呂の扉を勢いよく開け、いるであろう先客に挨拶する。


「「「きゅあ!」」」


 昨日ぶりの愛らしい小動物は、尻尾を上げ彼等を快く歓迎した。


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