――「どうするよ?今日中にドーム行っちゃう?」
落陽の光を反射し、淡いオレンジ色に輝く小雨の中を、二人は南に向かって進む。
今から走れば、陽が落ちるまでには到着できるが。
「ん~疲れた~」
「主に精神的にな」
「おんぶして」
「振り落としてから引き摺り回して良いなら喜んで」
「ぶー」
駄々をこねるノエルを断固拒否し、飛び乗ってこようとする彼女を幾度となく叩き落とす。
ここで甘やかしてしまっては碌なモンスターにならない。
彼女の為を思った愛の鞭なのである。
決して怠い、めんどくさい等とは思っていない。
「……ドームに温泉ある?」
「ん?あるぞ。めっちゃいい感じの所」
「スーパー?」
「スーパーだ。この前の所よりデカいぞ」
「おー」
途端に輝きだすノエルの瞳。
先日の体験で風呂の良さを知ってしまったか。
スーパー銭湯を所望する辺り自分と似てきているが、良い傾向ではある。
「どうする?」
「競争しよ」
カメラをしまい、リュックの紐を閉めるノエルが、全身に魔力を漲らせる。
「いいね。荷物よこし、ハンデだ」
「……舐めてると痛い目見る」
そう言いつつも素直にリュックを渡す彼女。
きちんと自分と東条の力量を把握してる証拠だ。
「っし。スタートはもう少し行った辺りな。多分ベっさん今帝大だろ」
「ん。わかた」
先程通ってきた帝大周辺には薄く霧がかかり、見る限りここよりも雨脚が強い。
雨の降り方に規則性は無いように思えるが、ベヒモスが雨や霧と共に移動している事だけは確かだ。
帝大には大量のトレントが生えていた。大方飯を求めて歩いているのだろう。
何をするにしても、なるべく離れておきたいのが本音だ。
彼等は身体を解ぐしながら、スタート位置まで南下した。
――現在地から西に向かって一直線に駆ければ、丁度ドームに当たる。
「cellは禁止。怪我しない様に安全第一で」
「おけ」
両手を付き、クラウチングの姿勢を作る。
「号令よろしく」
「……よーい」
最高練度で練り上げられた魔力は、自らの力を誇示しない。
風一つ起きない空間にはしかし、近寄りがたい静かな覇気が、……二つ。
「ドンッ」「――ッ」
瞬間、同時に蹴り抜かれた地面が抉り飛んだ。
「――ははっ」
「だはははははッ――」
徒競走なんていつぶりだろうか。
風よりも速く空を切る感覚に、腹の底から笑いが漏れてくる。
たまには何も考えずに身体を動かすのも、気持ちいいものだ!
途轍もない速度で木々を縫い、枝を飛び越えていく二人。
障害物が多いせいで、トップギアを出せないことが歯痒い。
ノエルは小さい身体を生かし、するりするりと抜けていく。
対する東条はそれなりの身長に加え、バカデカいリュックを背負っている。
小さめのトレントや蔦状のトレントは、へし折り引き千切り駆けていた。
(クソっ、ハンデなんてつけなきゃよかった!)
などと心の中で愚痴を吐くも、そうも言っていられない。
視界に入る東京ドーム。
施設内に入ればその時点で決着だ。
そして最悪なことに、
「――っな」
「勝った!」
東条の前に広がる、渋滞した車と木のバリケード。
反対車線を走るノエルの前には何もない。
勝負は見えた。
……そんなことを考えているだろうあの小娘に、一泡吹かせてやろうじゃないの‼
「邪魔だゴルァアッッ‼」
「わっ⁉あははははっ」
態勢を低くし加速する東条は、真正面から衝突。
全てを蹴散らし、破壊し、暴走したダンプカーの如く突き進む。
常軌を逸した脳筋さと、車が空を飛ぶ荒唐無稽な光景に、堪らずノエルも吹き出してしまった。
「――ッおっらゴールゥゥゥ‼」
「――っあははっ、負けたー!」
勢い余って壁と店舗とアトラクションを破壊し、盛大なブレーキ痕を残しガッツポーズする。
そんな彼の胸に、一瞬遅れてノエルが飛び込んだ。
「結構楽しかったな」
「ん。またやろっ」
「障害物がない場所でな。……頭痛くねぇか?」
「ん。全力じゃないし。余裕」
「言うねぇ」
……自分ははっちゃけすぎて少し痛かったりするのだが、言わないでおこう。
上機嫌で目当てのスーパー銭湯に向かう二人。
そんな彼等を優しく照らす落陽は、先ほどと殆ど位置が変わっていない。
それもそのはず。
彼等は約一・五㎞の距離を、一分以内で爆走したのだから。
――「「たのもー!」」
風呂の扉を勢いよく開け、いるであろう先客に挨拶する。
「「「きゅあ!」」」
昨日ぶりの愛らしい小動物は、尻尾を上げ彼等を快く歓迎した。