深夜の静寂がヴァレンタイン邸を包み込んでいた。豪華な屋敷は、月明かりに照らされ、庭園の薔薇がその優雅な姿を誇っていた。しかし、その美しさとは裏腹に、邸内には冷たい空気が漂っていた。幼いリリス・ヴァレンタインは、広大な書斎の一隅に佇み、窓の外に広がる星空を見つめていた。
リリスの両親は、彼女がわずか六歳の時に不慮の事故で命を落とした。彼女にとって、その日から世界は一変した。優雅な貴族社会の中で育つことを期待されていた彼女だったが、心の奥底には深い孤独と喪失感が渦巻いていた。叔母のアレクサンドラ夫人は、リリスを愛情深く育てようと努めていたが、リリスの心は満たされることがなかった。
「リリス、もう寝る時間よ。」優雅な声が書斎の扉から響いた。アレクサンドラ夫人が静かに部屋に入ってきた。彼女の姿は常に完璧に整えられており、優美なドレスが彼女の気品を一層引き立てていた。
「はい、アレクサンドラ夫人。」リリスは小さな声で答え、そっと目を閉じた。しかし、彼女の心は安らぐことなく、窓の外に広がる無限の夜空に吸い寄せられるように思いを馳せていた。
幼少期の記憶は、リリスにとってかけがえのない宝物であった。両親と過ごした幸せな日々、暖かな笑顔、そして無条件の愛情。しかし、そのすべてが彼女の心に深い傷を残し、彼女を孤独へと追いやった。アレクサンドラ夫人はリリスの孤独を埋めようと様々な手段を講じたが、リリスの心の隙間を完全に埋めることはできなかった。
「アレクサンドラ夫人、私、寂しいです。」リリスは突然、静かな声でつぶやいた。その言葉は、これまで誰にも言ったことがなかった。
「リリス、あなたがそう感じるのは当然よ。おばさんも、あなたの気持ちを理解しようとしているわ。」アレクサンドラ夫人は優しくリリスの肩に手を置いた。「でも、あなたは強い子よ。これからも一緒に頑張りましょう。」
リリスはうなずいたが、その瞳にはまだ涙の跡が残っていた。彼女は自分でも理解できない感情に苛まれていた。他者への過剰な愛情、それは時に抑えきれない執着へと変わり、彼女自身もその変化に戸惑っていた。
ある晩、リリスは屋敷の広い庭園を一人で歩いていた。満開の薔薇が香り高く香り、月光がその花びらを銀色に照らしていた。彼女は薔薇の一本一本に手を伸ばし、その繊細な美しさに心を奪われた。
「こんなに美しい花が咲いているのに、私には誰もいない。」リリスは呟いた。彼女の声には、深い悲しみと孤独が滲んでいた。
その時、庭園の隅に現れた一人の少年が彼女の前に立った。彼の名はエリオット・サンダース。隣国の貴族として招かれた舞踏会の青年であり、彼もまた孤独を抱えていた。エリオットの瞳は深い青色で、どこか哀しげな光を宿していた。
「こんな夜に、あなたは何をしているのですか?」エリオットの声は柔らかく、しかしどこか切実な響きを持っていた。
リリスは一瞬驚いたが、すぐに微笑みを浮かべた。「私はただ、この美しい庭園を眺めていたのです。あなたは?」
「私も同じです。夜の静けさが心を落ち着かせてくれますから。」エリオットは少し緊張した様子で答えた。
二人はしばらく無言で歩きながら、互いの存在に安心感を覚えた。リリスにとって、この出会いは新たな孤独の始まりであり、同時に新たな希望の兆しでもあった。エリオットの存在は、彼女の心に新たな感情を芽生えさせ、その後の彼女の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
「リリスさん、もしよろしければ、これからも一緒に歩きませんか?」エリオットが提案した。
「もちろんです。あなたと一緒にいると、少し心が軽くなる気がします。」リリスは笑顔で答えた。
その夜、二人は星空の下で語り合い、互いの孤独を共有した。リリスの心には、エリオットへの強い執着心が芽生え始めていた。彼女にとって、この出会いは単なる偶然ではなく、運命が導いたものだと感じていた。
しかし、その後の出来事がリリスの心をさらに深い闇へと誘っていくことになる。彼女の愛情は次第に執着へと変わり、エリオットに対する強い欲望が彼女の行動を支配し始める。そして、リリスの孤独と執着は、彼女自身と周囲の人々に計り知れない影響を与えることとなるのであった。