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第3話 致命的な罠

私たちが向かったのは、市街地から車で3時間ほどの美瑛町という観光地だった。

今の季節、美瑛町はまるで絵本のような花畑が広がり、心が洗われるような美しさだ。

悠人が選んだのは、山間にひっそりと佇む一軒家のコテージ。周囲には人の気配すら感じられない。


「静かでいいだろ?」


悠人はそう言ったが、私は内心、旅行気分どころではなかった。

心の奥に張り詰めた不安があるせいで、どこかに集中することもできない。

それでも、部屋が清潔で整っているのを確認して、特に何も文句を言わなかった。


しかし、車のトランクを開けて荷物を出そうとしたとき、あるものが目に入った。それは、金属の光を放つ手術用具のセットだった。


「……これ、何?」

しばらく凝視していた私に気づいたのか、悠人が何でもないように答えた。


「妊娠中だし、何があるかわからないだろ。備えあれば憂いなしってやつだよ。」

その言葉に、私は一瞬、胸のつかえが和らぐのを感じた。


――もしかして、あの書斎の件は私の思い過ごしだったのか?

ネットでの軽い遊びに過ぎなかったのかもしれない。妊娠中の体には余計な負担をかけたくない、そう自分に言い聞かせて、私は疑念を飲み込んだ。


「……これでよかったよね。」

そう思いながら、私は目を閉じた。


その夜、私たちは美瑛町を軽く散歩して、夕食を取ってから宿に戻った。

美瑛町の気温は市街地より少し低く、薄手のマタニティワンピースだけの私は鼻が詰まり始めていた。

「風邪っぽいな。これ、飲んでおけよ。」

悠人が薬箱を取り出し、白い錠剤を2粒差し出してきた。

「……これ、妊婦でも平気?」

「大丈夫だ。一応専門家だ、安心しろ。」

悠人はそう言って、水を入れたコップを持ってきた。薬を手渡す姿は、どこかぎこちなく、そして妙に優しげだった。


それでも少し不安を覚えながら薬を飲むと、急に強烈な眠気が襲ってきた。

「……眠い……」

体の重さに逆らえず、私はそのまま意識を手放した。


次に目を覚ましたとき、激しい痛みが腹を引き裂くように襲ってきた。

「う……うっ……何……?」

辺りは真っ暗で、視界はほとんどない。それでも薄ぼんやりとした月明かりがカーテン越しに差し込んでいる。

「悠人……?」

隣に手を伸ばしたが、そこには誰もいなかった。


痛みに耐えながら体を起こそうとしたが、足に何かが絡みついていることに気づいた。

――縄……?縛られてる……!?

全身が冷たい恐怖に覆われ、心臓が早鐘のように打ち始める。


そのとき、廊下の方からゆっくりとした足音が近づいてきた。

「……っ!」

そして、月明かりの下に姿を現したのは――悠人だった。

白い手袋をはめ、片手には鈍く光る注射器を持っている。


「悠人、何を……してるの……?」

恐怖に震える声で問いかけると、彼は何の感情も宿さない冷たい目でこちらを見下ろした。


「洋子……俺たち、もう終わりにしよう。この子は産めない。悪く思うなよ。」

「は……?何言ってるの?この子は……あなたの子供なのよ!」

必死に訴えかけたが、悠人は構わず注射器を手に近づいてくる。


「心配するな。俺の技術を信じてくれ。完璧にやる。」

その言葉に、私の中で何かが崩れ落ちた。


「やめて!悠人、お願いだから!この子はあなたの子よ!」

必死に叫び、縛られた体をもがくが、全く抜け出せない。

悠人はまるで感情を捨て去ったかのように無表情で手術の準備を進めていた。


「誰か……助けて……!」

全力で叫び続けても、彼の冷たい言葉が返ってくるだけだった。


「無駄だ。ここには誰も来ない。」


――もうダメだ。そう思った瞬間、枕の下に隠していた携帯を思い出した。

「……っ!」

震える手で掴み、すぐに結衣の番号を押す。


コール音が鳴り、2回目で通話が繋がった。

「……洋子?」

電話越しに聞こえた結衣の声は、眠そうだった。


「助けて……!」

私は喉が裂けるほどの声で叫んだ――。

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