今日も今日とてSNSに日常を記す。
煌びやかな日常でもなければ、ネタになるような日常でもない。凝った言い回しも無く、ただただ記す。日記どころかただの記録。記されるのは、どこにでもある面白みの欠片も無い僕の生活。
誰も求めていないだろうその記録を、僕は今日も全世界に向けて発信する。
「……って、うわっ!? ビックリした」
スマートフォンを見ていた僕の視界に、突如として顔が飛び込んできた。
僕とスマートフォンとの間に顔を差し込まれたのだという事実に気付く前に心臓が飛び跳ねる。
バクバクと脈打つ胸を押さえていると、視界に飛び込んできた顔が口を動かした。
「こら、駒田。まーたSNSをやってるな?」
非難するような口調ながら、彼女が本気で怒っているわけではないことを、僕は知っている。
「僕だけじゃなくてSNSはみんなやってるよ」
「限度があるでしょ。休憩時間のたびに呟いちゃってさ」
姿勢を正して声の主に向き直ると、声の主である酒井も僕を覗き込む体勢をやめてお喋りモードになった。
「授業中じゃないんだから別にいいだろ」
「よくない! 隣の席にこんなに可愛い幼馴染がいるんだから、もっと構いなさいよ!?」
酒井がプリプリとしながら腰に手を当てて文句を言った。
家が近所のため、酒井とは幼稚園も小学校も中学校も同じだ。
おまけに家から一番近い高校を受験したからか高校まで同じ学校だ。
だから幼馴染というところは否定しないが、可愛いという部分には賛成しかねる。
昔は可愛かった印象があるが、年を重ねるにつれて酒井からは子どもならではの可愛さが薄れてしまった気がする。
それに昔は僕といつも一緒に遊んでいたが、最近ではそういうこともなくなった。
酒井は他の女子と一緒にいることが多くなり、中学生になった頃から幼馴染の僕のことを下の名前ではなく名字で呼ぶようになった。中学校ではお互いのことを苗字で呼ぶ生徒が多かったからだろう。
だから僕も酒井に合わせて、下の名前で呼ぶことをやめて苗字呼びに変えた。
少し寂しく感じることもあるが、男女の幼馴染なんてそんなものだ。
だんだんと関係性が変わっていく。それでも幼馴染という事実だけは変わらないが。
「もう、スマホ没収!」
「おい!?」
僕が考えに耽っていると、酒井が僕の手からスマートフォンをひったくった。
「どうしてそんなにSNSをやるわけ。駒田ってそんなに承認欲求が強いタイプだったっけ?」
承認欲求は……どうだろう。
僕は他人に僕のことを価値のある存在だと思われたいわけではない。何の特徴も無いつまらないやつと思われていても一向に構わない。
それでも、僕がここにいる事実は認めてほしい。覚えていてほしい。
この気持ちを何と表現すればいいのだろう。
ただ一つ言えることは。
「承認欲求とは少し違うかも」
「じゃあ何でそんなにSNSをやるのよ」
「僕はきっと、生きていた記録を残したいんだ」
「……もしかして駒田、余命宣告されてたりする?」
僕の言葉を聞いた酒井が眉を下げながら真剣な口調で聞いてきた。
昔よりも距離が出来てしまったとはいえ、酒井は幼馴染の僕のことをそれなりに大事には思ってくれているのだろう。
しかし酒井の予想は的外れだ。
「僕は健康そのものだよ。ただ……何を聞いても笑わない?」
「笑うかは内容による」
それはそうだ。
我ながら意味の無い質問をしてしまった。僕は笑われる覚悟をした上で、言葉を紡ぐ。
「異世界転移のウワサがあるだろ」
「ああ、都市伝説的なアレね」
何の話だと聞き返されるだろう突拍子もない切り出しだと思っていたから、こうもすんなりと話が通ると逆にこちらが驚いてしまう。
驚きで言葉が出なくなっている僕に、酒井は笑うことなく言葉を続けた。
「少し前に友だちから聞いた気がする。この世界ではひそかに異世界転移が起こっていて、異世界転移をした人間はこの世界で生きていた痕跡が消える、って都市伝説のウワサ」
「そう、何事も無かったかのように痕跡が消える。僕はそれが怖いんだ。誰の記憶からも僕が消えるなんて、この世界で生きてきたこれまでが無かったことになるなんて、そんなのは最低だ。だから僕はSNSに日常を書き込むことで抵抗してる。少しでも生きてきた痕跡を残せるように」
「ふーん」
笑われると思って述べた言葉は、昨日の夕飯を告げた際の返事のような、ただありのままを飲み込んだ感嘆詞として返ってきた。
「笑わないの?」
「その都市伝説にはあたしも思うところがあるんだよね。異世界転移をした後に、この世界で生きてきた痕跡を消すアフターフォローはノーサンキューってね」
酒井は笑う様子を一切見せずに僕の話に乗ってきた。予想外過ぎる反応だ。
「都市伝説を信じてることを笑われると思ってた」
「なんで? 面白いじゃん、都市伝説」
「……酒井っていいやつだよな」
「よく言われる」
冗談なのか本気なのか、そう言って酒井が白い歯を見せた。
「僕自身もだけど、酒井も異世界転移に巻き込まれないと良いな」
これは僕の本心だ。自分が異世界転移に巻き込まれて生きてきた痕跡が消えてしまうことも嫌だが、こうやって僕の話を真面目に聞いてくれる幼馴染の存在が跡形もなく消え去ってしまうことも嫌だ。どんなに時が経って距離が離れたとしても、幼馴染は死ぬまで幼馴染なのだ。その事実は忘れたくない。
あの異世界転移の都市伝説が嘘だったらいいのに。
そう思いながら、僕は毎日SNSに僕の生きてきた痕跡を残している。
「そうだ! 異世界転移に巻き込まれない方法を思い付いた!」
会話が終わったと思ったところで、酒井がパンと手を叩いて明るい声を出した。
「都市伝説には都市伝説をぶつければいいんだよ!」