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第3話


 少し早めに集合場所に到着すると、まだ酒井は来ておらず、阿久津さんだけが立っていた。

 いつも下ろしている長い髪を一つに縛っているが、触れた方が良いのだろうか。

 それとも彼氏でもない相手に髪型の話をされるのは気持ちが悪いだろうか。

 しかし髪型の話以外で特に阿久津さんと盛り上がるような話題は無い……いや、髪型の話も別に盛り上がりはしないだろうが。

 ただのクラスメイトとしてしか接点のない阿久津さんと何を話せばいいのか分からず困惑していると、集合時間ピッタリに酒井がやってきた。

 沈黙が気まずかったから酒井の到着はありがたい。


「お待たせ。みんな、リンゴ持ってきた?」


「持ってきたよ」


「リュックの中に入っています」


 僕の気まずさなど知りもしない酒井は、陽気な様子で僕たちに話しかけてきた。


「……って、駒田はまたSNSをして。隣に阿久津さんがいるのに失礼でしょ!?」


「あっ、ごめん。つい癖で」


 沈黙の気まずさゆえに、僕は無意識にスマートフォンを弄っていたらしい。


「気にしていませんよ。SNSは私もやっているので気持ちは分かります」


「駒田を甘やかしちゃダメだよ、阿久津さん。駒田のSNS依存は度を越えてるんだから。優しくすると調子に乗ってSNSばっかりするようになっちゃうよ」


 失礼な僕を簡単に許してくれた阿久津さんに酒井が注意をした。

 そんな注意はしなくていいのに。


「ふふっ、では厳しく……山登りの最中はSNS禁止でお願いしますね」


「分かったね、駒田。山登り中のSNSは禁止だからね!」


 酒井の指示に従って僕にSNS禁止を言い渡す阿久津さんに酒井が乗っかった。

 たかがSNSにそんなに目くじらを立てなくてもいいのに。


「危ないから山登り中にスマホは触らないよ」


 とはいえ反論をして怒られるのも嫌なので素直に従うことにした。二対一では分が悪い。


「じゃあ行こっか。しゅっぱーつ!」


 阿久津のかけ声とともに僕たちは山登りを開始した。

 特に観光名所でもないただの山なので、僕たち以外に山登りをしている人はほぼいない。

 途中で一組の老夫婦とすれ違いはしたものの、それ以外で山を登っている人は見つからない。


「山登りなんて小学校の遠足以来だよ」


「あたしはたまに登るよ。この山も紅葉の季節は綺麗なんだ」


 もしかすると紅葉の季節にはここにも登山客が集まるのかもしれない。

 しかし今日の山は緑一色のため景色を楽しむには少し物足りない。

 自然が好きな人にとってはこの緑一色も素晴らしい景色なのだろうが、あいにく僕は自然をありがたがるセンスの持ち主ではない。

 そのため目的のための行程として山道を歩いているようにしか感じられない。


「山登りと聞いて気合いの入った服で来てしまいましたが、お二人ともあまり山登りっぽくない服装ですね」


 言われて気付いたが、阿久津さんは数年前に流行った山ガールと呼ばれるファッションをしている。つまり山登りに適した服装なのだ。対して僕と酒井は、このまま町を歩いてもおかしくないカジュアルな服を着ている。


「この山はそこまで高くないからね。靴にさえ気を付ければ大丈夫」


「僕は家に山登りっぽい服が無かったから。昨日の今日で登ることになったし」


 むしろ昨日の今日で山ガールのファッションをしてきた阿久津さんがすごい。

 もしかすると阿久津さんは普段から山登りが趣味なのかもしれない。

 阿久津さんに対してアウトドアな印象は無かったから少し意外だ。




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